第9話
ユノの挑発的な態度に負けないよう、わたしは語気を強める。
「そうだったっけ……そうそう、わざわざ祐一を追いかけるのはどんなやつだろうと思ったんだった。ここではみんな渾名で呼び合うから、ヒロもそうしてくれよ。俺はユノで、そこに座ってるのがカズ。祐一は祐一。ヒロの渾名は祐一に教えてもらった」
カズと呼ばれた、ゲームを再開していた大柄な男の子が「よろしくな」と顔を上げずに言った。
渾名といいつつも、祐一だけ「ユウ」ではなく「祐一」なのが不思議だったが、わたしも交流があったときにはそう呼んでいたので不自然ではなかったし、そんな些末なことをあえて訊こうとも思わなかった。
「そんなこと言われたって、もう来るつもりはないから」
と言って、わたしは自転車のハンドルに手をかけた。
そう、勝手に仲間入りを決められても困るのだ。
普通に考えて、万引き犯罪集団に関わり続けるなんてことはできない。
しかし、わたしの帰ろうとする素振りを見て、ユノは少し媚びた口調になった。
「そう言うなよ。今日は朝から待ってたんだから」
「朝から? 学校は?」
「あんまり行ってない。学校、面白い?」
正直なところ、そう言われると答えに窮してしまう。
わたしがしばらく答えられないでいると、ユノはにやけながら、わたしの肩を正面から軽く叩いた。
「でも、待ってた甲斐があった。行こうぜ。ちょっと見せたいところがあるんだ」
わたしは静かに首を振る。
「ごめん、今日は塾があるから」
わたしの言葉を聞くと、ユノはにやけた表情のまま鼻を鳴らした。
「塾」という言い訳が急に恥ずかしくなって、わたしは耳が熱くなるのを感じながら俯いた。
「じゃあ、明日も待ってるよ。ヒロを待つのは明日までだからな」
「……わかった。じゃあ」
わたしはなぜだかとても悔しい気持ちだった。
面白くもない学校や塾、テニススクールに惰性で通っているわたしは、彼らにひどく負けている気がした。
不快な気持ちを少しでも晴らすため、わたしは塾に向けて自転車を全力で漕いだ。
けれども、途中、授業の開始時間にはまだ少し早いことに思い至り、道中にある本屋へと寄ってみることにした。
やはり、その小説は一冊だけ入荷されていて、わたしは気持ちを紛らわすため、貪るようにそれを読んだ。
そして、たった一分だったが、その日、わたしは初めて塾の授業に遅刻した。
この頃、わたしが日常で最も苦慮していたのは、両親とどう付き合うかということである。
わたしが塾から帰宅する時間には、たいてい、母と父がダイニングテーブルで夕食を摂っていた。