第6話
わたしは彼を追いかけて受験対策本が並ぶ通路に出た。
彼は棚の方に向き、まさにその本を肩掛け鞄にしまおうとするところだった。
彼のいる通路に飛びだしたわたしとの距離は四、五歩分。
気配を察した彼はわたしの方を向き、目が合った瞬間、彼は本を鞄に強く押しこんで駆けだした。
わたしは逃げる彼を見て、追いかけなければならないという衝動が内から湧き上がってくるのを感じた。
楽しみを奪われた怒りと、非日常的な事件に巻き込まれる面白さが、わたしを興奮させていた。
その興奮は、小学生の足を動かすのに十分だった。
彼はレジのそばを通り抜け、エスカレーターを前のめりに駆け下っていった。
同じようにして、わたしも後を追った。
レジのおばさんも、初老の夫婦も、親子連れも、わたしたちを見て迷惑そうに顔をしかめた。
一階に着いても、彼は速度を維持したまま玄関に突進していった。
わたしはもう疲労困憊だったけれども、意地になって後を追いかけた。
彼は玄関を出ると右折し、信号機付きの横断歩道を横切って住宅街へと入っていった。
信号は既に点滅しはじめていて、わたしは最後の力をふりしぼって速度を上げ、なんとか車が走り出す前に渡りきった。
しかし、彼の姿はもう見えなくなっていた。
初夏の陽ざしに照らされたアスファルトの上で、わたしは茫然と立ちつくしていた。
わたしはなおも諦めきれず、住宅街の道を直進する。
疲労がどっと押し寄せ、汗が全身から噴き出ていた。
そして、十字路にさしかかると、左前方に広い公園が見えた。
入口以外は背の低い生垣に囲われていたが、園内を覗くのに支障はない。
当時のわたしより二、三歳年下の子供たちが、ジャングルジムに登ったりドッジボールをしたりしていた。
わたしは諦めて踵を返し、百貨店の方に向いて歩きはじめた。
「おい、待てよ」
しかし、二、三歩進んだとき、後方からそう声をかけられた。
条件反射でわたしは振り向く。
先ほどまでわたしが立っていた公園の入り口に、三人の男の子が横一列に並んでいた。
背格好にある程度のばらつきはあるが、概ねわたしと同じくらいの年齢に見える。
右側に立っていたのは、わたしが追いかけていた男の子だった。
「もう追いかけっこは終わりか?」
わたしを呼び止めたのと同じ声。
真ん中の男の子が挑発的な口調で話しかけてきた。
半袖のシャツと膝丈のジーパン。
背はわたしより少し小さく、色も白いが、運動神経の良さそうな身体つきと、度胸の塊のような声色をしていた。