第5話
妬み、嫉み、無意味な牽制。
少なくとも、わたしたちの視点からは、藤本さんがそういったものとは無縁に思えていた。
しかし、きっと、巧みに捌いていただけなのだろう。
わたしは自分が藤本さんの容姿を好きなのだと思い込んでいたが、いまは確信できる。
そういった素直さや柔軟さ、賢さが好きだったのだ。
それが、自分にはないものだったから。
わたしは家に帰ると、即座に自室へ向かった。
テニスバッグから、割れないようタオルに包んで入れておいた贈り物を取り出す。
袋を開き、丁寧に一枚を手に取った。
小さく齧ってみると、舌先で砂糖の甘味がほんのりと感じられる。
そして、次の動作で、わたしは残りの部分を全て口に含んだ。
長い睫毛が強調される上目遣いや、テニスウェアの胸のふくらみや、細い足のラインを思い出して、わたしは藤本さんを可愛いと思った。
事件の発端は次の日の夕方、両親に連れられて来ていた駅前の百貨店での出来事だった。
わたしは両親と共に地下一階、食料品売り場にいた。
いつものように、両親は逐一わたしになにが食べたいかを訊き、着々と買い物カゴの積載を増やしていく。
わたしの顔はかなり青ざめていただろうし、背筋に冷や汗が流れる感触が気持ち悪く吐き気も堪えていたが、わたしは両親の感情がある程度満たされるまで付き合い、頃合を見て本屋に行くことを告げた。
エスカレーターを早足に上り、わたしは最上階の本屋へと急ぐ。
テニススクールと塾、その両方に通うようになってから、本屋へ寄る機会は貴重なものになっていた。
わたしはすぐさま児童書のコーナーに向かった。
海外の作家が書いているファンタジー小説の新刊を読みにいくためだ。
何年も前から読んでいるシリーズだが、ハードカバーの本をすぐに買えるほどのお小遣いがあるわけでもなく、近くの図書館にもしばらく入らないため、すぐ読むには本屋での立ち読みしかない。
有名な賞を獲った作品が平積みされている横を通り抜け、雑誌を読んでいる大人たちをかわして進む。
奥の通路に入ると、目当てのシリーズが並べられている棚の前に、同級生くらいの男の子がぽつりと立っているのが見えた。
彼はおもむろに手を伸ばすと、その最新刊を抜き取った。
そのまま角を曲がり、奥の受験対策本コーナーへと消えていく。
慌てて彼の立っていた場所まで行くと、案の定、既刊が一冊ずつ置いてあるだけになっている。
売れ筋の作品ではないため、棚に置かれる新刊は一冊だけだ。