第4話
しかし、同じく男子小学生として、安易な同意という選択肢はわたしに与えられていない。
「ショウ、変な女に騙されるなよ」
わたしはある小説の台詞を引用してそう警告した。
「正直、自分でも将来騙されそうだと思う」
彰はそう答えてため息をつく。
その瞬間、目の前のコートでひときわ大きな雄叫びが上がった。
これで今日の練習は終わりだろう。
それから、コーチの退屈な訓示を聞いたあと、わたしは彰と夕暮れの帰路を共にした。
わたしは二つの理由から、彰と話すのが好きだった。
一つ目は、彰の夢だ。
その夢は単純明快、プロのテニス選手になることだった。
彰はこのテニススクールでさえ最上位の選手ではなかったが、熱意は人一倍だった。
テニス関連の本や雑誌に必ず目を通し、深夜に放映している試合を録画して視聴し、練習には誰よりも早く来て独自の練習メニューをこなしていた。
彰はよく、憧れの選手たちの話をしてくれた。
テニススクールには親に通わさせられているだけのわたしにとって、選手の華麗なプレーの話は退屈だった。
けれども、彼らの生い立ちの話となると別だ。
大国の大富豪の息子。
物理学を大学で専攻していた筋骨隆々の秀才。
東欧の紛争地域出身のスター選手。
彼らがなにを思ってテニスを続けてきたのか。
彰の語り口は本当に達者で、まるで彰自身がその選手であるかのように話した。
だから、わたしは偉人の伝記を読んでいるときと同じ感覚でそれを楽しむことができた。
二つ目の理由は、藤本さんについての話だ。
わたしが本心をひた隠しにしてしまうのとは対照的に、彰は藤本さんを好きだと公言し、それでいて藤本さんに対して素直でいられて、わたしへの嫉妬をわたしの前で表明することができて、つくられた媚びでもいいんだと開き直れる人物だった。
そんな姿勢が、気取って興味のないふりをすることよりもかっこいいものだとわたしが気付くのは、やはりずいぶん後になってからだった。
少なくとも、この時のわたしは、藤本さんへの好意を隠すことで虚栄の自尊心を保っていたし、そうすることで、彰に対して精神的優位に立てていると思い込んでいた。
そして、藤本さんも、彼女自身や、周囲の人々のことをよくわかっていた。
未熟な男子が女子に反発するのと同様、大人になったつもりの女子もまた男子を見下し、つきあいを避ける時期だったが、藤本さんは成熟していた。
何事にも素直で一生懸命だが、規律に縛られない柔軟性を持っていて、わたしたちと交流を持ちながらも、女子のグループ内で上手く立ち回っているようだった。