第34話
カズにもさすがに情はあったのか、下段のダンボールには手を出さず、男はそのまま、先ほどと同じペースで台車を押し、路地の奥へと去っていった。
男の姿が見えなくなるやいなや、ユノが真っ先に駆けつけてカズの胸を拳で軽く叩き、しきりにカズのことを褒めだした。
わたしも「すごいな」と声をかけ、カズは「そうだろ」と自慢げに答えてくれたが、わたしの心中は晴れやかでなかった。
ダンボール箱の中身を検分しはじめたユノとカズを尻目に、祐一はわたしに向けて言った。
「ここにいると、これに慣れてくるんだ。まだ胸がつっかえるような気分にはなるけど、やっちゃいけないことだって気持ちはだいぶ薄れてくる」
わたしも自分の中のなにかがこの状況に慣らされていくのを感じていた。
罪悪感がないわけではない。
けれども、カズを止めようという気さえ起こらなかったし、空腹のせいか箱の中身も気になる。
狩猟現場を目の前にして、少し興奮を覚えているのも確かだった。
わたし、ユノ、祐一の三人はいったん駐車場に戻り、自転車を押して路地へ集合した。
カズは鞄から青色のビニール紐を取り出し、慣れた手つきで自転車の荷台にダンボールを括りつけていく。
「行くぞ」というユノの号令と共にわたしたちは出発した。
ケーキ屋を横目に路地を抜け出し、元の道に戻る。
わたしの家がある方向とは逆側へ、さらに加速していく。
百貨店を出る頃にはかなりの湿度をはらんでいた風も、額の汗を乾かすくらいには涼しくなっていた。
少しずつ興奮が引いてきたわたしは、ユノと並走するよう自転車を寄せ、大声でユノに話しかけた。
「どこにまで行くの?」
「あれを食べる場所にだよ。山の方に小屋があるんだ」
ユノも声を張り上げて答える。
「……ユノと祐一と最初に会った場所?」
「そういえば、そうだったかもな」
祐一によると、その小屋は山の麓にある。
夕風にあてられたからか、このままどこまでも行ってしまうことに、わたしの中の冷静な部分が恐怖と罪悪感を訴えてきた。
わたしは深く息を吸い込み、ユノに叫ぶ。
「さっき、あんなことまでしなくても、店の人に頼んで、余ってるのを貰えばよかったんじゃない?」
風に負けないよう途切れ途切れになった言葉だったが、ユノには瑕疵なく伝わったようで、ユノも大げさな素振りで息を吸い込んだ。
「それは前にやってみた。でも、あれはああいうの人のために、特別にやってることで、ほんとは、捨てるやつを誰かにあげるのは、ダメなんだってさ」
だから、その人から奪おうというのがユノとカズの発想というわけだ。




