第30話
しかし、二人の返答はそこも含んだものだった。
いわく、ユノは母子家庭で、母は常に働きに出ているため、ユノがなにをしていようが関心を払わないらしい。
以前は教師が頻繁に家を訪れていたそうだが、次第に来なくなったとユノは言った。
おそらく、そんな親やユノとの交渉を諦めてしまったのだろう。
カズについては、兄が高校を中退して働き、姉も妊娠をきっかけに中退しているため、自分もいずれそのようになると言っていた。
どうせそうなるのならば、学校に行く意味などなく、働ける年齢になるまでは自由にしたいとのことだった。
両親については、「いい大人なのに、ジャージにスウェットでショッピングセンターに出かけるような人たちだよ」と述べた。
カズはぼそぼそとしか話さないけれど、その少し捻った言い方にわたしは親しみを感じた。
ユノ、カズ、祐一。
三人の話を聞いてわたしの心に浮かんだのは、ほんのりとした憧れだった。
そもそも、学校に行かない理由が極めて妥当だ。
彼らの家庭事情を聞けば、なぜか、なんとなく納得してしまうに違いない。
彼らはその事情ゆえにどこか被害者のような側面を持っていて、誰だって少し同情したくなるだろう。
もし、こんな条件が揃っていれば、世間や社会に対して悪態をつくことも、彼らのように躊躇わずできるに違いない。
けれども、わたしがなにかをサボったところで、一体、誰が同情してくれるだろうか。
十二分な食事、十二分な家屋、十二分な教育。
その全てを享受しているわたしの悪態は、さぞ滑稽で惨めなものだろうと感じた。
彰は大きな夢を持ってそれを真剣に追い求めているし、藤本さんは「素行のよくない」小学校にいながらその性格が魅力となっている。
悪事だろうが、自らの快楽のためには躊躇いを知らないユノとカズ。
自ら考えて動き、知的な世界に入っていこうとする祐一。
わたしには誰もが輝いて見えた。
それぞれ踏み出す方向は違うけれど、それはそれぞれにとって前向きなのだ。
道路の反対側から藤本さんを見ていたときのように、わたしだけが逃げ込んだ先で立ちつくしているように思われた。
何十回目かの対戦を終えたとき、カズが、
「腹、減ったな」
と呟いた。
ユノは「確かにな」と神妙な表情で答えたあと、数秒考えこむ。
それから、立ち上がって振り返り、三人の正面に立ってこう言った。
「よし、ヒロがいるはじめての晩飯だし、ちょっと早いけどあそこに行くか」
カズは「久しぶりだ」と笑顔で言い、祐一はしかめっ面で軽く頷いた。




