第23話
「確かにな」
祐一はぼそっとそう答えた。
わたしは小さな怒りを感じながら、しかし、声を荒げるのもみっともないので、抑揚をつけずに言った、
「だったら、いままで通りしてればいいじゃん。教科書に落書きしてもいいし、本を読んでもいいし、監視のぬるい授業ならゲームもできる。あとは休み時間と放課後を適当にやりすごすだけじゃん」
「それを続ける気がなくなったんだ」
「――祐一の方が僕なんかよりもよっぽど学校を楽しんでる気がしてたけど」
「そうかな?」
「そうだよ。ゲームもカードも一番強かった、走るのも速いし、ドッジボールでも活躍できる。なにが嫌なんだよ」
祐一はわたしの言葉を鼻で笑った。
わたしが不満を示すために表情を強張らせると、祐一はもう一度鼻を鳴らし、やはり嘲るように話した。
「俺だって、別にそんなことが嫌いなわけじゃなかった。むしろ好きだった。けど、飽きたんだよな。この春休みに、突然」
「――あんなに強かったのに?」
同じグループで遊んでいたときの話だが、ゲームでもカードでも、祐一はかなり強かった。
アニメのグッズなども一番多く持っていたし、運動神経も相当なものだった。誰もが一目置く存在だったのは間違いない。
「時間と、金があったからな。いまでもあるけど」
「前からちょっと思ってたけど、祐一の家はやっぱり金持ち?」
「世間一般と比べればそうだろうな」
「いいなぁ」
お金があれば、なんだって買える。持っているものが名誉となり、尊敬も集めることができるのだから、間接的には人の心さえも買えることになる。
「そんなことはない。でも、お金で買えないものがあることに気づきやすくはなったかもしれないな」
こちらの心を読んだかのような言い方に、わたしは狼狽した。
「お金で買えないものって? よくある『幸せ』とかじゃないよね?」
祐一は胡坐の足を組み直し、わたしの顔を直視した。
「俺の両親は共働きで、最近気づいたんだが、相当いいところに勤めてる。いつも帰りが遅くて、帰ってきてもすぐ寝るし、朝もかなり早い。メシもいつだって作り置きか、金が置いてあるかだよ。そもそも、両方とも家に帰ってこないことだって多い」
ありきたりなテレビドラマのようだとわたしは思った。
「ご両親の愛情が不足していたのではないですか?」
半年前に見たドラマの物語中盤で中年男性が語った台詞を思い浮かべ、わたしは空しさに軽く首を横に振った。
ご両親が家にいることが愛情ならば、愛情はあまりよいものではないと感じた。




