第2話
わたしと彰は同じ小学校の同級生だったが、同じクラスになったことはなかった。
けれども、実力が同学年のなかで中の上くらいと拮抗しており、テニススクールでよく試合をする機会があったのと、家が近く、帰る方向が一緒だったのとで、わたしと彰は自然と仲良くなった。
わたしたちはコートを離れ、練習場の隅にいるコーチへ結果を報告しに行った。
コーチは二、三のアドバイスをわたしたちに与え、休憩を命じた。
地元で人気があり、多くの小学生男女が通うこのテニススクールは、コーチもコートも数が足りていなかった。
ゆえに、休憩で残りの時間を全て使い切るだろうとわたしたちは見当をつけていた。
わたしと彰はテニスバッグを置いている場所に戻り、練習場を囲う金網にもたれる。
汗だくの練習着が夏の温風に晒され、生ぬるい感触が身体に纏わりつく。
当時は気持ち悪かったこの感覚も、大人になってから思い出すと爽やかな感慨がするのだから不思議なものだ。
そのとき、彰が短く息を吐いて天を仰いだので、わたしもそれに倣った。
空はまだほとんどが水色で、端が少しだけ薄橙に滲んでいた。
「富永くん、篠田くん、どこ見てるの?」
聞き慣れた、しかし、何度でも聞きたいと思わせるその柔らかい声に、わたしと彰は同時に反応する。
左前方を向いたわたしたちの視線の先には、藤本さんがいた。
藤本さんは軽く手を振りながらこちらに近づいてくる。
身体の後ろに隠したもう片方の手があからさまに不自然で、わたしと彰は互いに目配せした。
「試合の後だから、ぼーっとしてた」
藤本さんの問いに、彰が飄々とそう答える。
「変なの。でも、お疲れ。すごい試合だったね」
そう言って、わたしと彰の顔を順番に見ながら微笑んでいた。
わたしも、そしておそらく彰も、藤本さんがわたしたちの試合をずっと観戦していることに気づいていた。
わたしは藤本さんの前で接戦を制したことを誇らしく思っていたものの、気恥ずかしさから、無愛想に「おう」と答えてしまう。
彰は笑顔で「負けちゃったよ」と答えていた。
「見てたんだから、知ってるよ」
藤本さんは拗ねたような口調でそう言うと、「でも、これ」と付け加えながら、背中に隠した手を躊躇いがちに差し出した。
いかにも小学生の技術で為されたラッピングに、いかにも小学生によって為された成形のクッキーが入っていた。
そして、藤本さんは二つの袋を手にしていた。
「誕生日、おめでとう」
この日は彰の誕生日だった。