第18話
問題児の存在をでっちあげて「学校生活の不安」を語るのはわたしの常套手段だった。
そうすると、母は、アニメの中で教会の牧師さんが浮かべるような、哀れみのこもった微笑みになって、たいていこのようなことを言った。
「いつもクラスに一人くらいはそういう子がいるものなのよ。気が合わないかもしれないけど、ヒロアキが頑張ってればそれでいいんだから」。
そして、わたしが「わかったよ」と答え、母は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
そんな事件以来、わたしは朝食を完食しているが、これにはえらく時間がかかる。
テニススクールの開始時間が九時からでも、わたしが七時に起きる理由の一つはそれだ。
朝食を終えると、胃と食道への刺激を最小限に抑える歩き方で食器を片づけ、わたしは洗面所へと向かった。
当然、普段通りならば歯磨きをはじめるところだが、この朝、わたしは久方ぶりに吐き気を催していた。
夏が迫り、胃腸の処理能力が落ちはじめていたのかもしれない。
ともかく、このまま歯ブラシを口に突っ込むとそのまま盛大に吐いてしまう。
わたしはそう予感した。
洗面台の前に立ち、わたしは音をたてないよう、なるべく穏便に、食べたものを吐きだした。
水の勢いを最大にして流し、何度もうがいをしてから歯ブラシを手に取る。
鏡に青白い顔をした少年が映っていた。
寝癖が酷かったが、時間もないので手櫛で適当にならす。
もし、このままいつものように、テニスウェアを着て、テニスバッグを背負って玄関を出ることができたならば、わたしはそのままテニスの練習に行っていただろう。
しかし、その日は玄関に出ても、見送りをしようとする母の姿がそこにはなかった。
その代わり、母と、起きてきた父との会話がリビングに続くドア越しに聞こえてきた。
「ヒロアキはいまからテニスか?」
と父が訊き、
「もうすぐ出ると思うわ」
と母が言った。
すると、
「そうか。父さんがテニスをやらせてよかった」
と自信に溢れた声で父が言う。
母は「違うわ」と呟き、妙に明るい声でこう続けた。
「テニスは頑張ってるみたいだけど、そんなに強くないみたいじゃない。それに比べて、成績はすごくいいから、勉強の道に決めてあげたほうがいいのよ。友達だって、テニススクールでは行儀のよくない子とか、あんまり評判が良くない隣の小学校の子もいるみたいだけど、塾は上のクラスで、同じクラスの子たちはみんないい子みたいだわ。その影響って馬鹿にならないと思うの」
母の発言を聞いた父は「うーん」と呻ると、
「その道でいくのもアリだなぁ」
やはり、評論家のように言った。




