第16話
「これをずっと探してたの?」
「まぁ、それじゃなくてもいいんだけど、ある程度いいやつをあげたかったからな。それ、軽くて強くて錆びないやつ、らしい」
「ふぅん」
わたしは自転車から降り、半ば感心しながらそのボディを眺めた。
「そんなに詳しいってことは、自転車好きなの?」
「べつに、全然。でも、どうせタダならいいのが欲しいから、店のカタログ読んで高そうなやつだけ覚えたんだ。といっても、所詮はママチャリだけどな」
さぁ、早く褒めろよと言いたげにユノは腕を組んだ。
わたしは改めて自転車に視線を落とし、ハンドルを撫でてみた。
わたしは自分がその感情を抱くことに躊躇いを覚えながらも、しかし、心がじわりと温かくなるのに抗えなかった。
「そうか、ありがとな」
完全には納得していないことを示すべく、わたしはなるべく単調にそう言ったのだが、その言葉はユノを満足させるのに十分だったらしい。
ユノは軽く頭を掻きながら「どうもどうも」と呟き、「じゃあ、部屋に戻るか」と充実した様子で扉を開けた。
わたしたち二人が部屋に入ると、祐一は漫画を閉じてユノに尋ねた。
「なにかあったのか?」
「ヒロに自転車をプレゼントした」
「いいことするじゃん」
そっけなくそう言って、祐一は再びページをめくりはじめた。
ユノはゲームを手にカズの隣に寝転がってしまったので、わたしは暇になってしまった。
スマートフォンを取り出して時間を確認すると、もうすぐ六時という頃合。
「ユノ、俺はそろそろ帰るよ」
この日のテニススクールは六時に練習が終わる予定になっていた。
「もう帰るのか。お、スマホ持ってるじゃん」
ユノが寝転んだままこちらを振り返り、驚いた顔つきでわたしの手元を見ながらそう言った。
「持ってるけど」
スマートフォンくらいクラスの半分以上が持っている。
ユノが何を言わんとしているかわからず、わたしは困惑しながらそう答えた。
「いいなぁ、俺は持ってないんだ。カズ、連絡先交換しとけよ」
ユノに呼ばれたカズがゲームを中断し、ポケットからスマートフォンを取り出した。
わたしのものとは違う、やや大きめの機種である。
カズは起き上がり、ちゃぶ台越しにスマートフォンを差し出してきた。
カズの視線は画面に向いている。
「こっちから送って大丈夫?」
カズは少し野太い声で訊いてきた。何気ない問いかけだが、体格も合わさってけっこう迫力がある。
「うん。大丈夫」
わたしの声は少しぎこちなかったに違いない。
「よし。できた」
カズは二、三度頷いて画面から顔を上げると、「じゃあ、またな」と言って再び定位置に戻っていく。




