第14話
「祐一、トイレどこ?」
「トイレかぁ。よし、案内する」
だるそうに起き上がってそう言うと、祐一はわたしを手招きして玄関へと誘導した。
そのまま扉を開け、部屋を出る。
「こっちだ」
祐一は端にある一〇一号室の方向を指差した。
建物の角まで行くと、わたしにも「こっち」の意味が理解できた。
建物を囲むコンクリート塀と建物の側壁との間に一メートルほど隙間があり、湿った色をした土にところどころ雑草が生えている。
その隙間を進むと、建物の裏手まで行けるようになっていた。
「もうここでしちゃってもいいし、よっぽど見られるのが嫌なら、裏まで回れば絶対に誰にも見られない。虫は結構いるけど」
祐一の話し方はいつも通り飄々としていて、まるでそれが当然というような口ぶりだった。
野外で小便をするのは幼稚園以来のことだったが、この状況と彼とを前にすると、それがとても未熟で、恥ずべき経験不足のように思われた。
だからわたしも、堂々と、できるだけ自信たっぷりに、少し祐一を真似た口調で、
「じゃあ、ここでさせてもらうよ」
と言って、二、三歩進んでからコンクリート塀を正面にして仁王立ちした。
祐一も横に立って同じ態勢をとる。
「なんだよ。横に来るなよ」
「俺もするんだよ。いいだろ、ついでだし」
そう言って祐一はそそくさと小便をしはじめた。
わたしも同様にせざるを得ない。
二人とも黙ったままだったが、不思議と気まずさは感じなかった。
ほぼ二人同時に用を済ませ、やはり黙ったまま部屋に戻る。
祐一は再び同じ位置で横になり、カズは相変わらずゲームに興じていた。
部屋は先ほどよりさらに蒸し暑くなったように思えたが、その澱んだ空気に、わたし自身が馴染みつつあるような気がしていた。
わたしは思い切って自分から祐一に話しかけてみた。
「祐一はなんで、わざわざ小説なんか盗んだの?」
「――あのシリーズ、好きなんだ」
祐一は起き上がり、しかし、わたしではなくカズの方を見ながら言った。
窓越しの夕陽に祐一は目を細めていた。
「新刊、どうだった?」
わたしは祐一の横顔に訊いた。
「面白かったよ。最後にスティーブが死ぬとは思わなかったけどな」
祐一がちっとも面白いとは思っていなさそうに放った言葉は、わたしをかなり狼狽させた。
「ネタバレするなよ。まだ全部読んでないんだから」
「そうなのか、ごめんごめん」
軽く眉を上げ、やはり謝罪の意など全く感じさせない調子で祐一は言うと、壁際に置かれた自分の鞄から例の最新刊を取り出した。




