第8話 300年前の真実
人払いされた王城の一室で、国王夫妻がひそやかに会話をしていた。
「本日も、聖女様にはつつがなく平穏にお過ごし頂いているようですわ」
「それは良かった。一時はどうなる事かと思ったが、心の広いお方で助かったな」
ウォルス王国には、代々王族にのみ語り継がれる伝説があった。
伝説は、1冊の魔法書により伝えられている。
本を起動させると、記録された事象が鮮明な映像として脳裏に浮かんでくる。
――――300年前に起きた、天災とも人災とも呼べる大事件。
その原因となったのが、冤罪による聖女の処刑である。
まず、聖女の婚約者の王子が、悪人たちに騙されて婚約を破棄したのが発端だ。
悪人の正体は、王位を争う兄弟だったとも、偽聖女だったとも言われている。
王子は婚約破棄により、愛する聖女を過酷な運命から救い出すつもりだったが、その想いとは裏腹に最悪の結果を迎えてしまった。
聖女を失い半狂乱になった王子は、王家に伝わる禁呪を使い、悪人たちの魂を次々に刈り取っていく。魂は呪いにより豚の姿に変えられ、救いのない忌むべき存在として現世を彷徨うことになった。
時を同じくして、東の火山が噴煙を上げた。溶岩があふれ街へと迫ってくる。
人々が聖女の祟りだと恐れおののく中、復讐を終えた王子が火口へと身を投げた。
不思議なことに、それを境にぴたりと噴火が収まる。
国の大部分は焼け野原となったが、奇跡的に無辜の民たちは無事であった。
聖女を処刑した罪が天から許されたのか、王子が生贄となって神の怒りを鎮めたのか。それは誰にもわからなかった。
こうして千年の栄華を誇った国は滅び、生き残った王族と民たちが現在のウォルス王国を立ち上げる。
災いを引き起こした悪人と同じく、王子も大罪人とされたが、歴史に名を刻むことはなかった。事情を知る者たちがみな口を閉ざしたからだ。
それからの王国は、ずっと平和な時代が続いている。
王族は身内の恥を漏らさぬよう真実を隠し、聖女伝説だけをひっそりと伝えて。
現在では、強い力を持つ女性が現れると聖女として丁重に保護し、本人の意思を尊重したうえで王族に迎えている。
かつての罪滅ぼしともいえる行為だが、かなり慎重に行う必要があるので注意だ。
再び、あの災厄を引き起こしてはならない――――
国王は、そっと重たい魔法書を閉じた。
「……先日は危うく、同じ過ちを繰り返すところであったな」
聖女マールが婚約破棄と断罪を受けて投獄され、パーティ会場で凄い力を見せつけた時、国王たちは生きた心地がしなかった。どう見ても彼女は本物の聖女だ。
クリスという若者がマールを牢獄から救わなかったら、一体どうなっていたか。
馬鹿息子のせいで、国が滅びかけるという大失態。
慌てて巻き返しを図り、どうにかマールを繋ぎ止めることに成功した。
国王は眉間に深い皺を刻み、後悔を口にする。
「もっと早く、フリストにこの魔法書を見せるべきであった。いや、たとえ事前に見せておっても、あやつは過ちを犯したかもしれぬ」
散々息子を叱り飛ばしてきたが、未だに性根がねじくれているのが治らない。
昔は素直で動物が好きな子だったのに。あれでは廃嫡もやむを得ないだろう。
「あの子は、我儘に育てすぎました。わたくしの不徳の致すところでございます。豚妖精の呪いを解く事で、罪を償わせるしかありません」
その王妃の言葉を受け、国王は古い伝説に思いを巡らせる。
「ニーセアは、果たしてかつての偽聖女なのだろうか……」
「それは、凡人であるわたくし達には分かりませんわ。けれど、我々は繁栄を享受する代わりに贖罪を背負う一族です。偽聖女であっても、魂を救うべきでしょう」
「……そうだな」
静かに頷くと、国王は城の窓から神殿のある方角をいつまでも見つめていた。
◆◇◆◇◆
マールたちが卒業してから半年が経ち、季節は秋の初めを迎えていた。
「マール、クリス。今まで迷惑を掛けて本当にすまなかった。許してほしい」
「わたしも……数々の悪行を重ねてしまい、申し訳ありませんでした!」
憑き物が落ちたかのような真摯な態度でフリストとニーセアが頭を下げる。
豚聖女の世話をするという名目で廃嫡されたフリストは、平民になっていた。
数か月前から神殿に住み込み、下働きをして暮らしている。
ニーセアは、2日ほど前にようやく人間の姿を取り戻したばかりだ。
彼女に遠い昔の記憶はなく、先日まで豚妖精だった時も、漠然とした聖女への恨みの感情に突き動かされて生きていたという。
「俺たちはどんな罰でも受けるつもりだ。遠慮せずに言ってくれ」
「追放でも、処刑でも……命を捨てる覚悟はできています」
マールは2人を値踏みするように見ていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「そうねえ。じゃ2人とも、今度新しくできるお店を手伝ってよ!」
「えっ」
「人手が足りないの。元王子でも元偽聖女でも手を借りたいというか」
「そうですね。きっと、お2人に適任な仕事だと思いますよ」
マールの提案に、夫のクリスもにこやかにうなずいている。
「あの、お店というのは一体……」
「俺たちでも出来ることなのだろうか?」
事情が呑み込めないフリストとニーセアは、おそるおそる尋ねてくる。
「神殿の中に食堂を作る予定なのよ。その名も『聖女食堂』ってね!」
「ええっ!?」
自信たっぷりのマールの言葉に、2人は目を丸くするのだった。
◆◇◆◇◆
それからのマールは、フリストとニーセアが働く聖女食堂の様子を見に行ったり、食堂事業を続けながら子爵家の当主補佐となったクリスといちゃいちゃしたり、たまに聖女ぽい仕事をしたりと、忙しくも楽しい毎日を過ごした。
そして、彼女の最近の楽しみといえば。
「クリス~、モツ煮込みが爆発しちゃったわ。なんでよ!」
「はいはい。マール様、時短で女神力を使ったでしょう? そのせいですよ」
「だって早く食べたいんだもん」
夫クリスに料理を習うことである。
失敗することも多いが、家族にふるまって喜んでもらえると嬉しさもひとしおだ。
煮汁まみれで女神の面影もないマルグレーテの顔をハンカチで拭きながら、守護天使クリスフォルリウスシエルはぽつりと呟いた。
「今度こそ、幸せになって下さいね。パール」
――俺はもう、絶対に間違えない。必ずお前を幸せにしてやるからな。
クリスは心の中で、そう誓いを立てる。
「ん? 私の名前はマールよ。でもパールって可愛い名前ね! 昔、あなたが好きだった人かしら?」
そう言って、彼女は琥珀色の瞳を細めていたずらっぽく笑った。
そんなマールの口元に、クリスは優しく口づけを落とす。
「いいえ。今の僕には、マール様しか見えていませんよ。ご安心を」
300年前という遠い昔、聖女パールの婚約者だった王子クリスハルト――今はマールの伴侶となったクリスは、愛する女性に向けてにこりと微笑んだ。
これにて完結いたしました!
ツッコミどころ満載でノリと勢いだけの話でしたが、
書いていて大変楽しかったです。
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最後までお読みいただき、どうもありがとうございました!