第7話 復讐はほどほどに
ウォルス王国の都にある、由緒ある白亜の神殿。
今日もそこでは、聖なる祈りのための儀式が行われていた。
「ニーセア様、火あぶりになりたくなかったら仕事しましょうね~」
「ぶひぃっ!(が、頑張りますから許してっ!!)」
あれから偽聖女ニーセアは、豚妖精の姿のままで聖女を続けている。
聖神女のマールが指導しているおかげで、神殿での祈りもだいぶ板についてきた。
「はい、1、2、3。そこで回って!」
「ブヒ、ブヒ~」
白い薄絹をまとい、後ろ足で立ち上がっての舞踊祈祷だ。
羽があっても飛べない子ブタの体のため、中々に大変そうである。
なお、別に踊らなくても祈りは発動する。祈りとは、神殿の床にある装置に魔力を注ぐだけの単純な作業なのだから。
「マール様、あれでいいんですか? 一体、何の意味が……」
「いいのよ。適度に運動して発散してたら、邪悪な気も浄化できるわ。たぶん」
夫のクリスの質問に、マールは自信たっぷりにそう答える。
ちなみにマールは踊らない。装置に触れずに力を装填できる。女神だから。
1か月ほど続いた特訓は、思わぬ結果を生んだのだった。
愛らしい子ブタの踊りが評判を呼び、今や神殿は観光名所となっていた。
お布施という名の観光収入で国庫も潤って、豚聖女さまさまだ。
国王夫妻も、可愛いからお城で飼う――息子の嫁になってもいいと言い出した。
「父上、お気は確かなのか?! ニーセアは豚だッ!」
「フリスト。あの娘はお前の婚約者だ。きちんと最後まで面倒を見てやりなさい」
「王位は弟のシモンが継ぐから大丈夫よ。貴方は聖女様のお世話を頑張ってね」
「そんな、母上まで……。畜生、ぜったい婚約破棄してやるっ!!」
フリスト王子は辛い現状を打破すべく、たびたびマールに助けを求めてくる。
「マール! 早くお前が聖女に戻るんだ。ついでに俺様を助けろ!」
「うわ。また来たわ……」
「懲りないお方ですね」
はっきり言って新婚家庭に乱入するお邪魔虫でしかないが、仲良し夫婦を見て毎回絶望して帰っていく王子の姿は、痛ましいほどに哀れであった。
今日も王子の来訪中、クリスが見せつけるように妻の肩を抱いて頬に口づける。
「今日のマール様も大変お美しいです。食べちゃいたいぐらいですよ」
「ふふっ。ダメよ…、クリス。殿下がご覧になっているわ」
「き、今日のところは帰らせてもらおうかっ」
甘々な雰囲気に耐え切れず、フリストは屋敷の台所のドアを慌てて閉める。
「くそっ。豚と結婚するぐらいなら俺様はずっと独り身でいい! 寂しい…いや独身のままで…っ! うらやましい……」
とぼとぼと立ち去る王子の背中を、2人は並んで見送った。
「マール様、あれどうにかなりませんか? すっごく迷惑なんですけど」
「迷惑よね。でももう少しだけ、様子を見ましょう」
夫のクリスの質問に、マールは複雑な気持ちで苦笑して答える。
真実の愛を育むことができれば、豚妖精の呪いがとけて人間になれるのにな~、と古い伝説を知っているマールは思ったが、まだ彼らには伝えていない。
◆◇◆◇◆
そして、さらに1か月が経つ。
神殿での舞踊公演が終わった後、王子はニーセアの汗をふいてやっていた。
「チッ。なんで、俺様がブタの世話などしなけりゃならんのだ」
「ぷひぃ……」
「そんな悲しそうな目で見るな! くそ!可愛い!!」
ガシッと抱き合う1人と1匹。
なんだかんだ言って、彼らの相性は良いかもしれない。
陰でこっそり見守っていたマールは、頃合いかな、と感じていた。
「そろそろ、教えてあげるべきかもね……」
「あの2人を許してあげるんですね?」
そうクリスに問われ、マールは赤紫の髪を揺らしてくるりと振り向く。彼女は琥珀色の澄んだ瞳で、じっとクリスを見上げた。
「復讐はほどほどに、ってあなたが言ったんでしょ。それに人を憎み続けるのなんて苦手だわ。何があっても、最後まで笑ってるのが一番よ!」
ニカッと太陽のように笑う少女の輝きに、緑髪の青年は翠色の瞳を細める。
「それでこそ、聖女たる者です。マール様はずっとそのままでいて下さい」
次回、最終話です!