第6話 偽聖女ニーセアの正体
クリスと愛情いっぱいな新婚生活を送っていた、ある日のこと。
「マール、助けてくれ!」
台所にフリスト王子が転がり込んできた。顔を青ざめさせて取り乱している。
「ニーセアは、聖女じゃなかった。ブタだったんだ――――!」
やっぱり。彼女の正体は豚妖精……羽の生えたピンク色の子ブタだったか。
人化する妖精魔法を使ってたし、何となく美味しそうな気配がしてたもの。
いや食べないけど。
人間に恋したら本性を現すっていう豚妖精の伝説は本当だったのね。驚いたわ。
あ、豚妖精ってのは生前に罪を犯して天国に行けなかった魂の成れの果てよ。
可愛いブタの見た目に反して、ちょっと可哀想な存在でもあるみたい。
「早く神殿に来いッ! お前なら何とか出来るだろう!?」
強引に急かしてくる王子に対し、私はにこりと微笑んでお断りする。
「ごめんなさい、殿下。私、今から料理の味見という大切な作業がございますの。後にしてくださる?」
「は? 味見だと」
「食事が終わったら妻と2人で向かいますよ。どうぞ神殿でお待ち下さい」
「そ、そんな…っ!」
私とクリスに冷たくあしらわれて、フリスト王子は床にがくりと膝をついた。
◆◇◆◇◆
その時マールたちの様子を、天界から見ている者がいた。
聖女の選出と管理を担当している、女神ミラだ。
実は、偽聖女として豚妖精を送りこんだのはミラの仕業である。
マールを断罪して屈辱を味わわせ、すごすごと負け犬のように天界に戻ってくるのをミラは楽しみにしていたのだ。
だが婚約破棄と投獄までは良かったが、なぜか天使と結婚して幸せになっていた。
それとは逆に、王子と偽聖女は不幸に見舞われている。
全く意味がわからない、と女神ミラは地団太を踏みたくなった。
「あんなに嫌がらせしてるのに、どうしてマルグレーテには効かないのよ!」
「無理じゃないですかね。ミラ様のこと親友だと思い込んでるみたいですし」
ミラのかたわらに仕える守護天使の青年が、無表情で相槌を打つ。
「そういう馬鹿なところが腹立たしいの! いつかぎゃふんと言わせてやるわ」
「無駄じゃないですかね。マール様もミラ様も同レベル…いや似た者同士ですし」
青髪の守護天使は、下界の様子を見ながら女神マールについて思いをはせた。
ミラ様はご存知ではないが、マルグレーテ様の前世は300年前の聖女パールで、冤罪により火あぶりになったという辛い過去をお持ちだ。
主神がそれを憐れんで……というより死の間際まで笑っていた聖女の豪胆さに感心して、女神に転生させた経緯がある。
それに、最近入ってきた同僚の天使クリスも特殊な前世持ちだ。
誤解で恋人を失ったのを悔いて、関係者すべてを皆殺しにした後、自らも火口に身を投げて命を絶った。
歴史に残る大罪人とされているが、実際のところは――――
彼がそんな回想をしていると、金髪の女神の高笑いが聞こえてくる。
「おーっほほほ、次はわたくし自ら乗り込んでやろうかしら。伝説の大聖女役で」
「無謀じゃないですかね……」
懲りない女神へのツッコミを途中放棄し、守護天使は遠い目をするのだった。
◆◇◆◇◆
食事が終わり、私とクリスは神殿に向かった。
ニーセアがお祈り中に豚になり、神官たちは祟りだと恐れて逃げ出したらしい。
「ニーセア様、そんな美味しそうな――じゃなくてお可哀想な姿になって」
「ぶひっ!?」
私が駆け寄ると、ピンクの子ブタがびくりと後ずさる。
別に逃げなくてもいいのに。
「何なんだよ、どうして聖女がこんな事に。何かの呪いか!?」
イライラと憤っているフリスト王子に、私は淡々と告げる。
「最初から、聖女ではなかったのですわ。殿下はお気付きにならなかったの?」
「そ、それは……こいつに騙されていたんだ! 俺様は悪くないっ!!」
そう叫ぶと、王子は走って神殿を出て行ってしまった。無責任ねえ。
「マール様、これからどうします?」
心配そうに聞いてくるクリスに、私は晴れやかな笑顔で答える。
「そうね。ニーセア様にはこれまでに色々とお世話になったわ。たくさんお返しをしてあげないとね」
「ブ、ブヒー(ごめんなさい。食べないでっ)」
あら。彼女の言葉がわかるみたい。まだ完全に邪悪化していない……?
「あなたには真の聖女になってもらいます。覚悟して下さいね、ニーセア様」
こうして私は、偽聖女あらため豚聖女をプロデュースすることになったのだった。