第4話 聖神女マール
そして私は、女神の祝福を受けし乙女――「聖神女」として認められた。
聖女とは全く別の称号だから、真の聖女ニーセアと被ることもないわね。
「聖神女様。息子達の犯した失態、誠に申し訳なかった。どうか許してほしい」
「フリストとニーセアは、地下牢で頭を冷やさせております。今後このような事が起こらぬよう厳重に注意しますわ。何とぞ、この国を見限らないで下さいませ」
国王夫妻からは、丁重に頭を下げて詫びられたわ。
目の前で起こった断罪劇に気が動転して、私の投獄を阻止できなかったそうよ。
殿下と聖女は牢屋で3日間ご飯抜きだって。可哀想! 私なら軽く死ねる。
ニーセアに踊らされていた関係者も、謹慎と降格処分になったと聞いた。
私は結婚式もできて楽しかったし、別にそこまで怒ってないんだけどね。
子爵家の養父母と義兄の誤解もとけて、元の仲良し家族に戻ったわ。
家族が無視していたように見えたのは、家の食材を1日で食べ尽くすほどの私の食欲に恐れをなして、遠巻きに見守っていたというのが真相らしい。
「すまない、マール。一心不乱に食べるお前の邪魔をしてはいけないと思い、我々は別室で食事をとっていたのだ」
「よく食べる子だとは思っていたけれど、最近は度を越していたわ。貴女も色々と悩んでいたのね。母親としてきちんと聞いてあげられなくて、ごめんなさい」
「僕はてっきり、学園で嫌なことがあってヤケ食いしてるんだと思ってたよ。勝手に変な噂を流されてたみたいだし。あんなの信じる馬鹿はいなかったけどな」
「そうだったのね……私の方こそ、何も相談せずにごめんなさい」
人間から迫害されたり聖女をやめたりしたら聖女体験は終了、ってのが女神ミラとの約束だったから、その日が近づくと思うと悲しくて食いだめしていたのよ。
そんなしょうもない理由で怖がらせて、誠に申し訳ない。
過剰な食欲の原因は、強い力を得たせいでお腹がすくという事にしておいた。
その方が角も立たないし、一応の説得力もあるしね。
よし。家族のために心を入れ替えて、おかわりは1日2回までにしておこう。
かかった食費も聖神女の仕事で稼いで、みんなに恩返ししなくちゃね!
◆◇◆◇◆
1週間が過ぎ、慌ただしい状況がやっと落ち着いてきた。
ニーセアはきちんと罰を受けた後に、聖女の職に就くことになった。
そりゃ1人でも聖女が多い方がお祈りも楽になるしね。私は大歓迎よ。
ちなみに、殿下とニーセアの婚約式は、後日ひっそりと行われた。
私たちが派手な結婚式を挙げたせいで、色々と比べられて大変だったみたい。
まあ、あんな式はなかなか真似できないわよね。自分でもびっくりよ。
私、怒ってないと言いつつ、よほど鬱憤が溜まっていたのかしら……。
やがて、私の降らせたコインを拾った人には幸福が訪れるという噂が立った。
身長が伸びたり富くじが当たったり恋人ができたりするらしい。
そんな効能つけた覚えはないんだけど。
ある天気のよい昼下がり、私はお忍びで城下街に出かけていた。
クリスの実家が経営する食堂で、ぽつりと彼に本心をこぼす。
「ねえクリス。私、天界に帰らずに、もう少し人間界にいたいわ」
「僕もマール様と同じ気持ちです。せっかく夫婦になれましたからね」
コックの白い衣装を身に着けたクリスが、プレートランチを配膳してくれる。
安くて美味しくて、私もお気に入りの人気メニューよ。
まさか彼がここで働いてるなんて、5年もの間まったく気付かなかったわ。
「おいし~い! やっぱりこの味が落ち着くのよね」
「マール様は常連でしたもんね。ごひいきにして下さり、ありがとうございます」
「声ぐらい掛けてくれてもよかったのに……」
「貴女の楽しみの邪魔はできませんよ」
ぱくぱくと食べる私を、クリスは眼鏡越しに目を細めて見つめていた。
結婚式の衣装も格好良かったけど、料理人の姿もよく似合ってるわ。
う~ん、これは惚れ直しちゃうわね!
私は真っ赤になりそうな顔をごまかしつつ、彼にひとつの提案をした。
「そうだ。今度、身内だけで結婚式をやり直しましょう。びっくりするほど大きなウェディングケーキを食べたいの」
「それはいい考えですね。腕によりをかけて作りますから、期待していて下さい」
やったあ! 素敵な旦那様をもって、私は本当に幸せ者ね!