第1話 俺様王子がやって来た
王都にある、子爵家の館。
大切な作業をしている私のところへ、今日も一人の男性が駆け込んできた。
「マール、助けてくれ!」
「あら殿下。そんな情けない顔をして、一体どうなさったの?」
第一王子フリストは泣きそうに顔をゆがめ、調理場の床に膝をつく。
「あいつは聖女なんかじゃない! マールに戻ってきてほしいんだ」
「私を捨てておいて、今さらですわ。どうぞお引き取りくださいませ」
足元で嘆く金髪王子をしっしっと手で払うと、彼は頭を下げてさらに懇願した。
「俺は心を入れ替えた…もう昔の俺じゃない。やり直させてくれ!」
「信用できません。さんざん私をなじったくせに、虫が良すぎると思いませんか」
「くっ……」
ふふっ。土下座する殿下を見ていると、スッキリと胸がすく思いがするわ。
微笑んでいる私の肩に、隣に立つあの人がそっと触れてくる。
ええ。わかってるわよ、クリス。復讐は、ほどほどにね。
◆◇◆◇◆
――これは、聖女マールと呼ばれていた、私のお話よ。
フリスト王子を家から追い返しながら、私はこれまでのことを思い返していた。
学園での偽聖女による数々の嫌がらせ。
悪い噂のせいで、家族にも疎まれて無視される日々。
衆目の集まる場所での、断罪および婚約破棄。
と~っても刺激的な毎日だったわ!
あっさり終わったのが残念なくらい。
実を言うと、私は聖女でも人間でもないの。
その正体は、何てことのない、ただの女神よ。
下界をぼんやり眺めていて、聖女って楽しそうだな~と思い、聖女担当の女神ミラに頼んで聖女役をやらせてもらったの。優しい親友を持って本当によかったわ。
平民の少女の姿に偽装して、聖女の力を発揮して子爵家の養女となって、学園に入学して王子の婚約者になって……楽しい5年間だったわ。
殿下のことは全然好きになれなかったけどね。
その中でも一番の思い出は、やっぱり学園の卒業パーティね!
殿下たちのおかげで、有終の美を飾ることができたもの。
当時の状況は、こんな感じだったわ――――
――大勢の人々が集う、卒業パーティの会場。
学園の広い庭で開催されている祝宴よ。王族も参加しているわね。
その晴れやかな舞台に、5人の生徒たちが姿を見せる。
彼らは壇上から、テーブルで飲み食いしている私を指さして口々にこう訴えた。
「皆さん、聞いて下さい。マール様は聖女じゃなくて魔女なんです! わたし、いつか殺されるんじゃないかって思って。本当に、怖かった……」
目に涙をためて震えるピンク髪の偽聖女。迫真の演技ね。あざと可愛いわ。
「安心しろニーセア、俺がついてる。マールよ、聖女を詐称して民衆ばかりか王族まで欺いた罪、万死に値する。貴様との婚約破棄、ならびに然るべき断罪の実施をここに宣言しよう!」
いつもは傲慢な俺様王子がキリッとしてる。すごい! 本物の王子様みたい。
「よくぞ言って下さいました殿下。ニーセア様こそ、真の聖女でございます」
「ニーセアちゃんの事は、これからもオレたちが守ってやるぜ!」
「……マール様、ひどい……」
うんうん。取り巻きの3人も頑張ったね! 偉いわ!
宰相の息子と騎士団長の息子と、最後は……誰だっけ?
緑髪の地味なメガネ青年ってあんまり記憶にない。
私ったらひどい女神ね。本当ごめん。
でもこの後ニーセアは王子の婚約者になりそうだけど、その辺は大丈夫かな?
4人で取り合いになっちゃわない? 泥沼五角関係ね。ぜひ見たい!
などと期待でわくわくしていると、周囲の視線がこちらへ集中する。
「マール……貴様、人の話を聞いているのか! これだから平民上がりは」
無反応な私に、苛立ちを隠しもせず殿下が怒鳴りつけてきた。
さて。この場面において私のとるべき行動は、一体どれでしょう。
絶望に泣き崩れて許しを請う?
むしろ開き直って悪態をつく?
一発逆転を狙って断罪がえし?
う~ん。今、大切なのはやっぱりこれでしょ!
「殿下とニーセア様のお話、よくわかりました。ですが、少々お待ちください」
「なんだと?」
「まだ私、食事中ですわ。全メニュー制覇までお時間を頂けたらと。5分ほど」
「えっ」
5人がぽかんと立ち尽くす中、私はケーキとステーキにフォークをぶっ刺した。
両手にフォークの二刀流よ。
天界では味わえないのよね~この堕落しそうな甘味とスパイスの効いた塩味!
最後の思い出に食べ尽くす勢いで、次々と皿を空にしていくわ。
いくら食べても、女神は太らないから最高ね。学食のおいしいご飯だっておかわりし放題だったし。卒業しても、何とかして食べに来られないかしら。
そして食事完了。
「たいへん美味しゅうございましたわ。素晴らしい料理を提供してくれたシェフに感謝と祝福を。それでは皆さま、ごきげんよう」
「帰るな!!」
捕まって投獄された。まあ食事代の分ぐらいは罰を受けるべきよね。
全8話、ノリと勢いだけで突き進みますので、応援よろしくお願いします!