自称殺し屋女子高校生の裏家業は探偵さん ~硝煙の香りは犯罪の味~
優雅な部屋。優雅な昼下がり。
鳳凰学園の生徒会室には優雅な時間が流れている……――――ことはなかった。
「だから、なんでわたくしがっ!!」
「仕方ないだろ? 朱里ご指名での対決なんだから」
二つで結ばれた縦ロールの少女と王子様然とした少年。
そこから聞こえてくるのは二人が言い争う声。けれど、それは痴話喧嘩ではなかった。
「ちっ。ふざけやがって……――」
少女、雪宮朱里が不貞腐れたように文句を言うと、やれやれと肩を竦めながら彼女を諭す少年、相馬夕貴だった。
二人はこの高校の二年生で、それぞれ生徒会長と副生徒会長を務めている。
「ご機嫌損ねちゃったみたいだね。表では名高い上総工業の社長令嬢なのにそんな口調でいいのかい?」
彼女は普段、ほかの人に対しての言葉遣いは綺麗だ。
上総工業、社員五千人を抱える大企業の社長令嬢という立場上、それなりの勉強をしなくてはならない。しかし、今は非常時だ。
なりふり構っているときではなかった。
「いいわけないわよっ! こうでも言ってなきゃ気が済まないっていうだけよ」
「おっと、怖い怖い」
夕貴の軽口にキッとにらむ朱里。
つり目というだけではなく、彼女の裏の姿によるところだろう。彼女、雪宮朱里はただの社長令嬢でもなく、ただの高校生でもなかった。
「でも、指名されたからには思う存分やってやるわよ」
「それでこそ婚約者殿。その意気だね」
彼女の裏の姿を知っている夕貴はいってらっしゃいと彼女をハグして、送りだした。
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夕貴に送りだされて朱里がやってきたのは、廃校舎の一階のある部屋。
「で、なんでわたくしを人質に指名したのかお聞きしたいわね」
先ほど彼が『ご指名での対決』と言ったのは、現在進行形で発生中の事件、指定暴力団山登会の若頭が起こした籠城事件の人質のことだった。
最初はお昼ご飯時間中に忍びこんでいたカップルが不幸なことに人質になっていたが、話を聞くとどうやら要求は『雪宮朱里』だったので、行ってこいと言われたのだった。もちろん朱里自身も無関係な人を巻き添えにするのには心が痛んだので、行く気満々ではあったのだが。
無事に人質の交換が終わり、朱里は晴れて山登会の若頭に銃を突きつけられている。部屋には無数の爆弾が仕掛けられているが、今のところいきなり爆発させるようなことはしなかった。
しかし、暴力団・山登会と自分がどう関係しているのだろうかと考えたが、おそらく今まで潰してきた組織の一つが関係しているのだろう。
まだ若い若頭の見た目は柔らかったが、口調はかなり乱暴なものだった。
「そんなもん決まってるだろうが。この世界には『不殺の令嬢』はいらない。ただそれだけのことだ」
「あら、なんでわたくしがそんな異名をとっているのか知っておいでで?」
彼女はそう答えつつ、自分の得物がきちんと制服の内側に入っていることを足と風で確認する。
若頭が言った『不殺の令嬢』はたしかに彼女が呼ばれている異名で、その名の通りこの世界、いわゆるアウトローな世界には彼女の存在は異常だ。
上総工業はいわゆるフロント企業であり、表では多くの特許を持つ大企業だが、そもそもの起こりは大昔に始まる。
昔から日本の暗部を担ったとされる二十六家。雪宮家はその一つで、表では下級貴族として生きながらも、裏では暗殺を生業としていた。
そんな暗殺部隊の家系であるが、彼女は一切殺さないのだ。
どんな形でさえ、殺さない。
それが彼女の異名にもつながっている。
「『敵対したものにも情けをかけ、絶対に殺さない。そして、その後は敵対したものとも仲良く暮らす』からだろ? それにそういった奴らから麻薬・拳銃などのご禁制の品々をまきあげ、海外に横流ししているという情報だ。うちの傘下の企業が実際にあんたに潰され、その憂き目にあった」
若頭の言うことにそれってずいぶんと素敵な話ねと頷く朱里。
「……あら、意外と高く評価してくれているじゃない」
だけれども、それは違うわねぇと否定する。朱里にしてみればありえない話なのだ。きれいごとでしかない。
「なに?」
「わたくしが行ったのはその最後の部分だけよ」
若頭が虚を突かれたような顔をしたから朱里が丁寧に説明すると、再び怪訝な顔をする。
「はぁ?」
「だから、わたくしが行ったのは最後の部分、あなたが子飼いとしている企業を一つ乗っ取らせてもらっただけよ」
事実その通りだ。男が言った横流し云々とかありえないのだ。
「……――――嘘だろ」
「本当ですわ。なんならここでお父様に電話しましょうか? ほかのことは断じてやっていないことを証明するために」
そうスマホをひらひらとさせながら言うと、男はふざけるなと吐き捨てるように言う。
「どう証明になるのだ?」
「わたくしのお父様、不正には厳しいかたでして、娘であるわたくしにもお許しにならないの。ましてやご禁制の品々の横流しって、あなた馬鹿なんではありませんの?」
普通なら身内の証言では証明されないが、雪宮家は『義』を第一是としている。娘といえど不正などしたらただでは済まされないだろう。
「くっ――――!!」
男が詰まると、朱里はたたみかけるように切り札を男に突きつける。
「上総工業の上にいるのがだれかご存知かしら?……――現首相、五領広政よ。そのお方が致命傷になるようなことすると思うの?」
上総工業をはじめ国の暗部を担ってきた二十六家を束ねるのは五領家当主。その人物は現在の日本国総理大臣でもある。
「それに『敵対したものにも情けをかけ、絶対に殺さない。そして、その後は敵対したものとも仲良く暮らす』? 冗談を言わないで頂戴。そんな生ぬるい社会じゃないっつうのよ」
言葉が崩れているが、そこにツッコむものはここにはいない。
彼女のいる世界は対象者を必ず殺さなければならない世界。だが、それはただ生物学的に殺さなくてはならないわけではない。
「わたくしがしたのは『敵対したものにも情けをかけず、絶対に自死さえ選ばせない。そして、一度敵対したものからは絞りとれるだけ絞りとる』よ」
そう。
彼女の場合、利用できるものは利用する。
その価値がなくなるまで、ずっと。
それは高校に入ったからという理由でしなくなくなることはない。
高校入学後だって、ずいぶんと繰り返してきた。
「だから、わたくしのやってることなんてっ……――!! いいえ、なんでもないわ。とにかくあなたのその指摘は大間違いよ。もし文句があるなら……そうね、婚約者にでも言ってくれるかしら? あっちが多分、流した噂なんだから」
彼女の叫び。
『正義』の味方であると同級生に言われたことがある。でも自分はそんなんじゃない。ただの自己中心的な根っからの暗殺者だ。
朱里の叫びに男は頭を抱えこむ。彼女の真実なんか信じがたいのだろう。
「嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ……――――」
男の叫びにただ黙る朱里。彼女には勝算があったから、むざむざ動くことはしなかった。
「知るかぁ! お前の事情なんてぇ……!!!!」
男は絶叫しながら、近場にあった導火線にライターで火をつける。火は勢いよくまわり、次々と爆弾に着火していく。そして……――――
次に気づいたときには辺り一面が砂ぼこりまみれで、男の姿はどこにもなかった。
「ったぁ……って、派手にやってくれたわねぇ、あの爆弾男」
朱里は自分の下半身が埋まっていることに気づき、出ようとしても瓦礫が重すぎて出るに出られない状況だと悟る。今が何時なのか、先ほどの爆破でスマホを落としてしまった彼女はわからなかったが、まあゆっくり行きましょうと諦めまじりで笑う。
「これって出れるのかしら。出口が見えないような気もするんだけれど」
彼女に応える者はいなかった。一人で出ようとするが、体力に限度がある。とはいえ、出なければという思いが強く、それだけでもがいていた。
「ははは。これ以上は無理かぁ……体力だけはあるってなめてた自分が馬鹿だったわね」
とうとう精神もつき果てた彼女は空と言えない空を見上げる。
「ちょっとだけ休もう」
「休むな、馬鹿」
空腹の状態で精根つき果てた彼女は楽な姿勢をとり、ゆっくりと目を閉じる。意識を失う直前、だれかが隣にいたような気がした。
次に朱里が目を開けたときには、見慣れた少年が朱里を心配して覗きこんでいた。
「気づいたか」
「ここって……――――?」
夕貴は朱里の額に触れると熱はないようだなと言って、状況を説明した。
「それでここまで運んできた」
「迎えに来てくれたんだ」
ありがとうと頭を下げると当然だろうとそっけなく返される。
「お前のことだからたとえ校舎を爆破されて、きちんとした逃げ口がなくても逃げれるだろうとか考えていただろうから、いつでも救出できるように準備をしていた」
彼は朱里の性格をわかっていたから、彼女を送りだした後、いつでも行動を起こせるように準備はしていた。ただ、予想外の規模の爆破だったので、救出までに手間取り、朱里が意識を失ってしまう直前でしか彼女に接近できなかったのだ。
「まさか罵倒されるとは思わなかったけれどな。心臓に悪い」
「あら、演技だと気づかなかったの?」
「気づいていた。だが、それでも麗しの婚約者殿に罵倒されるのは生きた心地がしない」
「それはどーも」
朱里は自分の胸ポケットの中に通信用のボールペンを仕込み、それに向かって話していた。だから、リアルタイムで彼女が話した内容を夕貴は把握していた。
「主犯の男は朱里と違ってきちんと逃げ口を確保していた」
「え、じゃあ」
「大丈夫だ」
「気づいた光喜を向かわせて、その場でお縄についてもらった。それに野次馬にも被害はない。被害を受けたのはもともと取り壊しになる予定だった校舎一棟とお前だけだ」
「そう」
一瞬、自分がここまで体を張ったのにと落胆しかけた朱里だったが、パソコンのハッキングが得意な少年がどうやら捕まえてくれたのを知ると、さすがは光喜君ねと手放しでほめ、自分がしたこと、男を挑発したのは正解だったと実感した。
「今『じゃあ自分があそこで挑発してよかった』とか思ってないよな?」
「……――――」
どうやらそこまで思考を読みとられていたようで、デコピンをくらわされる。
そして、傷ついた表情で夕貴がつぶやく。
「馬鹿が」
「……馬鹿って失礼ね」
いきなり馬鹿呼ばわりされた朱里は頬を膨らませるが、そういったとことだよと返された。
「馬鹿だ。お前は独断で動きすぎる。そのくせ自分の犠牲をいっさい顧みない」
夕貴の言葉にふくれっ面のまま、仕方ないでしょと言う。
「それはそうかもしれないけれど……でも、『不殺の令嬢』の本当の意味、それは『死線をくぐりぬけてきたのにもかかわらず、一回も死にそうになったことのない女』という意味だから、今回もきっとだれかが助けに来てくれるはずだと思った」
『不殺の令嬢』
多くの人が勘違いしているが、本当は「殺そうとしても死なない、だれかに守られっぱなしのオンナ」という意味だ。だから、朱里が任務で一度死ななければ、その二つ名が外されることはない。
しかし、彼女の婚約者は違う。
夕貴は朱里の頭を撫でながらぼやく。
「そうか。それをだれが叶えているんだか」
「ええ、そうね……ありがと」
素直に感謝する朱里。
彼女にとって、命の恩人である夕貴には頭が上がらない。
「いいさ。そのかわり、これからも俺のそばにいてくれ」
「もちろんよ」
キスの代わりに額同士あわせる二人。
甘くはないが、穏やかな時間がそこには流れていた。
【企画テーマ】自己犠牲主人公、一途な相方、主人公救出劇
多分これ、今までのほとんどの作品に言えるw