第九話 国家公務員のアルペイは記者団を繰り出した!
「えー何あの人達。おっきいカメラとかマイクとか。不審者かな? こわーい」
「いやいや、本当にそうなら校長が侵入を許すはずがないよ。前にどっかの男が侵入しようとした時、校長室で察知して窓から縄を飛ばして縛り上げたらしいじゃん」
「そうなると、取材か何かなのかなあ」
ザワつく生徒達。三人の知るサフィーならここで『静かにしろ!』と鉄槌を下すはずの場面だが、サフィーも面食らった様子で男達を見つめている。それを見て、三人はさらに危機感を募らせた。
「なあ、あいつらのお目当ては多分……」
「ええ、間違いないわね」
「ヤな予感がするね。子鬼も知らないってことは、鬼の独断で招き入れた可能性が高い」
子鬼だの鬼だのと物騒な表現たが、子鬼はサフィー、鬼は学校長、レージェ・ハイランのことを指す。もちろん三人の間でしか流通していない隠語なのだが、聞く人が聞けば推測できてしまう、何ともコンプライアンス意識に欠けた伝達手段だ。
教室の一番後ろに立っている男達が自分達の取材に来ていて、それを“鬼“ことレージェ校長が認めたのだろうということについて、三人とも直感に相違は無かった。
ただ、サフィーにしてみれば自分の授業に無断で入ってきた不審者に違いはない。新学年になってからは少しご無沙汰だった険しい表情が、じわりじわりと顔に浮かんできた。
「ちょっとあなた達、何者ですか。誰の断りがあって入ってきたんです?」
教壇から最上段の座席の後ろに陣取る男達に向かって、臆することもなく階段を一歩ずつ登ってゆく。その顔は一段上がるごとに険しくなり、教室の空気もピンと張り詰めていく。
男達もその雰囲気を感じ取ってはいるようだが、まったく引く様子はない。
「ああいえ、私どもは先程校長の……レージェ様に話をして、この教室を案内されたのですが。全員テレビや新聞の、メディア関係の記者ですよ。私はセルリード新聞社のモスビーと申します」
男達が記者と名乗ったことに、自分達が取材を受けるのかと好意的な反応を見せる生徒もいる。ただ、三人は取材の対象が自分達であることを確信していた。
「その校長はここに来てないようですが。私は取材があるなんて聞いていませんし。信用できません」
「ええ~困ったな。確かに今日飛び込みで来たのは申し訳ないですが、校長先生に許可を取ったのは間違いないですよ」
「仮にそうだとしても、授業の邪魔になりますから、授業が終わるまではこの教室への入室を私が認めません。退室してください」
偶然記者陣の先頭に立っていただけで、教師との思わぬバトルで生徒達から注目を浴びることになったモスビーは、ついてないなとは思ったが、取材で悪態をつかれるのには慣れている。
背後の記者達も、サフィーに聞こえるように『校長より自分が上のつもりかよ?』『セルリードさん、もっと言ってやれ!』などと囃している。この仕事はこれぐらいのハートがないとやっていけないのだ。モスビーは自分を奮い立たせるため、そう思い直した。
「私どもは校長先生にこの教室を案内されたのですから。授業中の取材も許可されているということです」
「何を取材したいんですか? 教室の写真を撮りたいなら休み時間でもいいでしょう。教師にインタビューですか? そういういうことなら……それこそ休み時間にしてください」
唐突に顔を赤らめ、俯きがちになるサフィー。普段の厳しい指導は、極度の照れ屋と、軽度の妄想癖を隠すための作られたキャラクターであることは、まだ生徒の中で知る者はいなかった。
「いえ、取材目的は先生でなく生徒でして……」
モスビーが口にしかけたところ、背後から『おい、そこ伏せなきゃ駄目だろ!』『そこはボカしときゃいいんだよ!』などと小声で野次が飛んでいるが、後方に座っていた三人には丸聞こえだった。
記者団というのは、せめて事前に擦り合わせなどできないものなのかと、三人は馬鹿馬鹿しくなり溜息をついた。
「生徒? 特定の生徒に取材ですか?」
「サフィー先生、大丈夫です。この方々の目的は、きっと私達ですから。そうでしょう?」
問いかけるサフィーを制し、ユキが記者団に詰問した。その明らかに呆れかえった視線に、居心地の悪さを感じる記者もいれば、対抗心を燃やす記者もいた。記者団といっても人間なので、考え方や性格は多種多様だ。
もう隠しきれないと判断したのか、背後の記者団に向かって『申し訳ない』という表情で一瞥した後、モスビーが三人に向かって頷いた。
雰囲気を察したサフィーは、ユキに『何か訳ありのようですね』と呟いた後、生徒を退席させるべく動きだす。
「はい、皆さん。もう書けましたね。十分に時間はあったはずです。書けた人から退室してください」
焦った生徒達が紙にペンを走らせる。『そんなすぐに思いつきませんよ』と小言をこぼす生徒に『今日まで将来のことを何も考えてなかったんですか』『入学する時に思い描いていた“魔法使い像“を書けばいいでしょう』と、攻め入る隙を与えない。
最後の生徒の紙を回収し、さあはいはいと生徒の尻を手で押して教室の外に追い出した。迅速に片付けるその手腕は、伊達に歴代最年少生徒指導を任されていない、その事実を裏付けた。
授業の終わりの鐘はまだ鳴っていない。
「先生、ありがとう。助かったよ」
イナコが感謝の意を表す。
礼儀を重んじるサフィーがタメ口を許すはずがなく、イナコには何度も電撃魔法で体罰もとい“指導“を与えてきたのだが、何度やっても直らないので、流石に根負けしてしまったのだった。
イナコはイナコで、意固地になって敬語を使わないのは、今さら自分のキャラクターでしおらしい言葉遣いなどできないという、サフィーと同じく難儀な性格に起因するものだった。
「あんたら、アルペイの差し金だろ?」
「……さあ、何のことか。僕達は、新紙幣に採用された話題のあなた方にお話を伺いに来ただけですが」
「イナコさん、アルペイって何ですか?」
未だ記者団の先頭に立つモスビーとイナコの会話に、サフィーが口を挟む。決してイナコに都合の良いことを言おうとしているわけではなく、あくまで中立の立場で素直な意見をぶつけただけなのだが、期せずしてイナコに合いの手を入れたような格好になった。
「な。普通の人はこういう反応なんだよ。アルペイはたかだか一公務員だ。政治系の記者だから取材することはあるかもしれないが、表役者じゃない。そんなマイナーな人物の名前を一般人が挙げたってのに、不思議がらず驚きもせず、誤魔化すような口ぶりだろう?」
「……何が言いたいんです」
「最初に言ったろ。あんたらはアルペイとズブズブに繋がってて、今日もアルペイに言われてここに来たってことだ。新紙幣発表から三十日以上も経ってるのに、こんな大量のメディア関係者が遅れて押し寄せるのは不自然だろうが」
「証拠も無いのに憶測で濡れ衣を着せられるのは勘弁です」
「おっと、肖像画が決まった時のあんたんとこの一面記事、覚えてるぜ。私ら三人が肖像画採用に喜んでるってな。私ら、取材を受けた覚えもないんだが? 憶測で? どの口が言うんだ? あ?」
モスビーは図星を突かれて反撃の意志を失ってしまった。
こんな口調でも、本当のイナコは乙女メンタルであることを、ユキとキセキは知っている。しかし、もうイナコには淀みがないように見える。一連の件で疲れきってしまったのだろうか。はたまた、吹っ切れて生まれ変わったのだろうか。
畳み掛けと推理は素晴らしかったが、暴走気味なイナコは止めなければならない。ユキが持ち前の冷静さで仲裁する。
「イナコ。私達はこれから、メディアの皆様とは懇意にお付き合いをさせていただかないといけないわ。失礼な物言いは厳禁よ」
「ういー」
イナコは拗ねたような口の動きをしてみせるが、本当に諫められたわけではないことは理解している。
「メディアの皆様にも、お立場があるのは理解できますが、私達も突然の決定に驚き、まだ平常心を取り戻せていない状態です。先程イナコの話にもありましたように、私達への取材に基づかない記事は控えていただければ幸いです」
今後、悪い記事を書かれないように対策していくのは必要不可欠だ。イナコが十分に釘を差したので、あとは対話の姿勢を見せて和解を図る。
「心中お察しします。我が社の紙面においては今後、話題の新紙幣三人組にスポットを当てて、定期的に記事を書いていこうと考えております。そのために取材許可を頂いたところでございますから、もちろんしっかり取材のほうはやらせていただきますゆえ」
ユキが話のわかる人物だと判断した途端、モスビーは突然饒舌に語りだした。本当は嘘の記事を書いたことに対する謝罪があって然るべきだが、自社の落ち度であることを簡単には認められないだろう。ユキはその事情も汲み取り、一つ“貸し“を作ったと思って不問に付すことにした。
「それでは、良い記事を期待していますね」
「えー、そうですねえ、もちろん嘘はつけませんので『都合の良いように書く』というのはお約束できませんが……」
社交辞令でも『お任せください』と言ってくれる流れかとユキは予想していたが、何とも含みを持たせた言い方が引っかかる。
そのつっかえを代弁するかのように、サフィーが子鬼の形相で静かに割って入った。
「皆さん、ここは学校です。生徒を指導する教職者として。嘘は許しません。この子達が失態を犯したら、素直にそれを記事にすればいいでしょう。若いとはいえ、国立第一魔法学校の生徒。子供扱いは無用です」
正論だ。三人は、メディアを味方につけて世論を良い方向に持っていきたかった。ただ、国とも絡みのあるメディアをそうそう簡単に手懐けられるわけがない。仮に記者が甘い言葉を囁いていたとしても、額面通り受け取ってはいけないのだ。
良い記事を書いてほしいと頼んだユキは、冗談半分のつもりではあったのだが、安直な発言を反省した。子供扱いは無用というのも、一見無慈悲に聞こえるのだが、当の生徒達はそれを望んでいないのだ。少なくとも三人はそれだけの覚悟を持っている。
「ですが。先程から聞いていたら、何ですか? 生徒に話も聞かずに、生徒の感想を記事にしたのですか? 極悪非道、空前絶後、言語道断です。学校で取材する以上、嘘で生徒を貶めるような記事を書けば、私達全員が証人となって世間に告発しますからね」
正論だ。流石のまとめ方に、記者団にも反論の余地はないようで、誰からも野次が挙がらない。
三人は嫌っていたはずのサフィーの背中を見て、複雑な感情を抱きつつも、感謝の念を抱かずにはいられなかった。
絶好のタイミングで計ったように鐘が鳴り、記者達は帰っていった。