第八話 “子鬼“教師が説く! 現代における魔法の存在価値とは
「我が国立第一魔法学校は、サンブックの各地方から魔法使いの卵が集まる、数ある魔法学校の中でも名門中の名門です。皆さんもそれは承知のことでしょう。しかし、魔法使いに求められる力というのは、昔と比べて随分様変わりしました」
今日の一限は魔法史だ。魔法学校のカリキュラムは、一般的な高校で学ぶ学問の他に、魔法に特化した授業がバランス良く組み込まれている。魔法史はまさに後者にあたる授業だが、前者にあたるサンブック史や世界史とは異なり、学ぶ範囲はさほど多くないので、週一回の授業で、一年生だけで履修が終わる。
三人も進級試験で落としたのは主に魔法の実技試験で、魔法史はクリアしていたのだが、留年すればもう一度、他の一年生と同じように試験をクリアしなければいけない決まりだった。
魔法史の教師、サフィー・ハラースも昨年からの継続なので見慣れた顔だ。生活態度に特に厳しく、授業中にあくびをしようものなら罵声とともに軽い電撃魔法を浴びせられる。
黒い髪の毛をキッチリ真ん中で分けて、目尻側が少し尖った形の眼鏡をかけていて、生徒からは何とも話しかけづらい雰囲気だと言われる。しかし、教師間での評判はまったく真逆で、まだ若いながらも、いつの間にか教師陣の推薦で学校全体の生徒指導役に抜擢されていた。
「電気・水道・ガス等のインフラに加えて、インターネットという高度な技術も浸透したことにより、魔法の需要は段々と落ちていったのです。インフラが発達するまでは、夜は発光魔法で灯りをつけ、水は転移魔法で川からその場まで運んできて、料理は熱伝導魔法でフライパンを温めて作ったものでした。情報伝達は手紙等のアナログな手段もありますが、魔法使いが伝達魔法で遠方の魔法使いに思念を送る方法が速効性もあり、人々に好まれました。あなた達も子供の頃は、こういったものを家によってはまだ使っていたかもしれませんね。今でも使っているという家はありますか?」
生徒がざわざわと周りを見渡すが、挙手する者は誰もいない。三人にとってみれば、昨年も見た光景だ。
「そうですね。もはやサンブックの人が住んでいる土地ででインフラが構築されていない所はないでしょう。魔法使いが隠居先として山や森の中に暮らしているケースは別として」
三人はふと自分の家のことを言われたような気がした。
ユキは魔法伝導師、グラック・フクザッツの子孫。グラックは魔法技術を次々と改良し、その技術を各地に伝えていったことで、サンブックに魔法の革命をもたらしたとされる人物だ。
イナコは平和の大使、ラプラン・ニトゥーベの子孫。ラプランは魔法という危険物を所持したサンブックに対する諸外国の警戒心を解き、外交関係に大きく寄与したとされる人物だ。
キセキは著名小説家、リンストン・ナツメの子孫。リンストンは博学で、魔法学校の黎明期に教鞭を執ったが、退職後に書いた小説が大ヒットして歴史に名を刻んだ人物だ。
三人の先祖は全員百五十年前ほどに活躍した国を代表する文化人で、当時は仕事のため、それぞれ大きな温泉街に身を置いていたというが、仕事の疲れを癒やすため、地方の小規模な温泉に隠居していったらしい。それが彼女達の出身地のルーツだった。
そんな鄙びた田舎にあっても、魔法を生活に必須のものと感じたことはなかった。電気や水道も通っていない山や森の中に住むとは、サバイバルのような感覚なのだろうか。三人も想像できなかった。
「魔法が誰でも手軽に扱えるものであれば、このようにインフラが発達する必要性もなかったとも考えられています。ですが、ご存知のとおり魔法を使うにはサンブックの各地方に点在する“温泉“に浸からなければなりません。これがどういうメカニズムなのかは、研究者の誰も未だ正確な答えを出せておらず、謎に包まれたままなのです」
「先生! すべてが謎というわけではなく、ちゃんと解明されていることもあります」
淡々と一方通行で進むサフィーの授業に待ったをかける者がいた。学級委員長、セリア・ビーベイだ。
彼女の父、ケイス・ビーベイはビリーステーツ大学歴史学部の准教授で、魔法の歴史に関する研究でも複数の論文を執筆している。
サフィーもそのことは知っているので、セリアの想いを汲み取り、解説を託すことにした。
「ああ、ごめんなさいねセリアさん。すべてが謎と言ったつもりはないのだけど。折角ですし、あなたが詳しいでしょうから、今わかっていることについて説明してくれますか」
わざとらしくオホンと喉を鳴らして立ち上がるセリア。棚田のように段々になっている生徒席の中でほぼ中央あたりにいるセリアは、サフィーに向かって話せば後ろの生徒が聞こえないのではないかと思い、わざわざサフィーのいる教壇まで行き、生徒のほうを向いた。
委員長らしい真面目さが光ったシーンに、一部の生徒からは笑い声が漏れたが、決してサフィーを馬鹿にした笑いではない。むしろそのキャラクターがウケ、今やクラスで一番の人気者といえる存在だ。
「えー、ご指名いただきましたので、今現在研究者達の調べでわかっていることについて私から簡単に説明を。一つは、魔法力というのは車のガソリンのように可視化できるものではなく、体の中に何かしらの形で貯蔵できて、ガソリンタンクと同じように減っていって、補充ができるということですね。補充するためには、先生の話にあったように、サンブック国内の温泉に浸かる必要があります。このメカニズムは解明されていませんが、温泉に浸かることで体内に生まれる何らかの成分が関与していると思われます」
突然振られて、ここまでスラスラと話せる十五歳がいるだろうか。生徒は皆、サフィーの話す姿に釘付けだ。
「また、温泉の成分によって魔法力の質も変わることがわかっています。学校で学ぶような魔法は、どの温泉で貯めた魔法力でも発動できるようですが、その温泉成分で貯めないと使えない魔法が存在したりしますので、皆さん出身の温泉地に伝わる特有の魔法というのがあるのではないでしょうか。そうですよね、先生」
「はい。学校で習うのは魔法使いとして必要な基礎的な魔法で、これは基本的にどんな温泉に浸かっても使えます。あと、生まれ育った温泉地の固有魔法は上手に使えても、それ以外の温泉地の固有魔法は使えないことが普通です。小さい頃から入ってきた温泉というのは、それだけ大事なんですね。でもゼアホースの温泉固有魔法も、三年生になれば使えるように訓練していきますから、覚悟しておいてくださいね」
サフィーがニヤリとしながら言うので、厳しい特訓なのだろうと三人は察したが、二年も先の話なので深く考えないことにした。
「その他、木製の杖に水晶をつけた形で、それに力を込めることで発動できること。昔から魔法を使ってきたサンブック人の家系にしか魔法は使えず、サンブック人の中でも魔法を使う能力は千差万別で、上手に扱えるのは一握りだということ。わかっているのはこれくらいでしょうか」
「はい、セリアさん、ありがとうございました」
生徒達がこぞってセリアに拍手を送る。サフィーもパチパチと手は叩いているが、三人には『厄介払いできてヤレヤレ』というふうにも見えた。それはサフィーの怖さを三人が知っているからであって、他の生徒はまだ彼女に恐怖を抱いていないため感じ取れないのだろう。
「話を戻しますが、温泉に浸からないと魔法が使えないという特異性から、温泉がある場所にしか人はまともに住むことはできなかったわけですね。ところが、インフラが発達してからは魔法がなくとも人が住めるようになったので、気候の良い平地にどんどん移り住むようになっていきました。今や首都の『キャピースト』ですら温泉はないに等しく、人口が爆発的に増えたというだけの土地ですから。魔法が人々の生活にとって不要になったという証でしょう」
生徒にとっては悲しい話だが、サフィーの言うとおりだった。温泉地出身の生徒だからこそ、その点は痛いほど理解している。
「それにしたがって“魔法“というものの絶対性は無くなり、魔法が使えない人々のインフラを生業にしていた魔法使い達も、次々と廃業して一般の仕事に転職していきました。十校あった国立の魔法学校も、今や五校しか残っていません。それでも元祖となる第一魔法学校は、サンブック三名泉とも言われる温泉地、ゼアホースを湯元とする由緒ある学校で、まだまだ名門として尊ばれる存在には違いありません」
“湯元“とは魔法学校における魔法力の供給源のことで、生徒がその温泉に浸かって魔法を使う。全生徒が浸かるだけの源泉が必要で、また温泉成分が薄いと魔法力にも影響するため、必然的に魔法学校は有名温泉地の近くに建つこととなる。
名湯・ゼアホースを湯元にする第一魔法学校は、昔から魔法使いの総本山であり、教師としても生徒にその誇りを失ってほしくない。その一心で生徒に発破をかけているということは、生徒達もひしひしと感じていた。
「そのことをしかと胸に刻んで、最高の魔法使いになるべく、これからの学校生活を過ごしてください。卒業後の選択肢は減っているように見えますが、魔法のサーカスなんかができたのは最近ですし、魔法の魅せどころは他にもたくさんあるはずです。つまり、魔法使いとして何をやっていくかは、あなた達のアイデア次第だと思います。というわけで、残りの時間は皆に将来の目標を考えてもらいます」
サフィーの言ったことは、生徒全員にとって重要なテーマだった。『魔法サーカスに入ってスターになりたい』など、明確な夢をもって入学する者もいるが、魔法使いの家系だから、親に勧められてという理由でなんとなく入学する者も多い。三人はまさに後者で、卒業後は何になるか決めかねていた。
サフィーが最前列の生徒に紙を配っている。あれに目標を書いて提出せよということなのだろう。三人は虚をつかれたという感じで、自由席で並んで座っているメリットを活かし、どうしたものかと小声で相談しあう。一年余分に生徒をやっている分、考える時間が無かったという言い訳は通用しないだろう。
「先生、先程から気になっていたのですが、後ろの方々は学校の関係者なのですか?」
何とかこの場をやり過ごしたいと念じた三人が呼び寄せたのだろうか。教壇から自席に戻ろうとしたセリアが“何か“に気づき、皆に聞こえるよう疑問を投げかけた。生徒が全員後ろを向き、教室の雰囲気がガラリと変わる。
占めた、先生が不審者に対応している間に鐘が鳴るだろうという、邪な期待を抱いた三人だが、後ろの面々を見るやいなや、すぐに目が覚めたのだった。