第七話 とある魔法学校生徒達の通学経路
初アルバイトから一夜明け、今日からはまた学校が始まる。
「おはよー」
「あっ、おはよー。今日一限の宿題やってきた?」
ゼアホースにある寮から、女生徒が箒に跨がって次々と飛び立ってゆく。第一魔法学校は原則全寮制で、全校生徒二百七十人が集団生活している。
第一魔法学校に限らず、今や魔法学校の生徒はほとんど女子しかいない。過去には電気・水道・ガス等のインフラの役割を魔法が担っていた時代もあり、魔法使いになれば食いっぱぐれることはなく、確実な収入を稼げた。
その時代には男子も数多くいたのだが、インフラが発達するにつれて魔法の需要は落ち込み、就職前線が冷え込んだ現代において、魔法使いを目指す男子は激減した。男女平等が謳われているサンブックにおいても、未だ「男は金を稼いで妻子を守るもの」という古い考え方がむしろ男性自身に多く、稼げなくなったとされる魔法使いを敬遠しているらしい。
しかし、職業としての魔法使いの人気は落ちたものの、魔法使いとしての権威が落ちたわけではない。サンブックは長年魔法の力で隆盛を極めてきた国で、国民もそれを忘れることはない。
また、実用的な仕事の選択肢は減ったが、議会でも話に挙がっていたように、魔法ショーなどの娯楽、文化の側面で新たなブームを生み出そうとしており、多くの人々が改めて魔法使いに対して畏敬の念を抱いているともいえる。ショーで稼いでいるトップランナーのほとんどが女性で、彼女らに憧れる生徒は多い。
女生徒が仲の良い友人と横に並んで登校する中、例に漏れず留年トリオも飛び立った。
「うい~、昨日のバイト疲れかな? 腰が痛いわマジで」
「イナコは突っ立ってただけでしょ。昨日のことも忘れたの? 目ぇ覚ましなよ」
「キセキ、年を取ると立ってるのも重労働なものよ。許してあげて。私も箒がふらつくわ」
「ユキ……それはきっと下手なだけじゃないかな……」
サンブックにある第一魔法学校まで箒で飛べば、普通の生徒なら三十分から四十分程度というところだ。かなりの距離があり、また『ロクシェル山』という大きな山を越えていく必要があるため、生徒にとっては通学だけでも結構な鍛錬になる。
魔法学校の授業は非常に厳しいことで有名だが、通学に関してはあくまで授業の枠外の自主鍛錬なので、多少私語をしながら行ったところで教師の指導が入るわけではない。ただし、私語をするほどの余裕が生まれるのは早くても一年生の半ばといったところで、入学したばかりの生徒にとって、三十分以上も魔法をコントロールすることの壁は高い。
通学は二年目になる三人にとってみれば、留年した一年生とはいえ朝飯前だ。ユキの挙動は若干怪しいが。
「ふう~! 今日も同級生どもをゴボウ抜きにして行くのは気持ちいいぜ!」
「性格悪いよイナコ。また皆に嫌われるよ」
そう言いながらも、キセキも笑顔で同級生を抜いてゆく。
入学式にいなかった三人が最初の授業にいたので、噂はすぐに広まった。去年入学して、一年生で留年したのではないかと。クラスメイト達も三人をのけ者にするつもりはないのだが、まさか『留年したんですか』などと聞く度胸があるわけもなく、遠巻きに三人を見るしかなかった。
イナコ達にとってみれば、誰も話しかけてこず、自分達の顔も正視せずにこっそりと流し見る感じで、腫れ物扱いされているようにしか感じなかった。そんな状況で自分から話しかける気にもなれず、仕方なく同級生とは距離を置くことに決めたのだった。
「キセキ、イナコ。あなた達には同い年の子達もいるんだから、今からでも仲良くすればいいのよ。私に気を遣わなくても」
「今さらそんな気持ち湧いてこねーよ。別にいいじゃねーか。三人で気楽にやりゃあさ」
「そうそう。別に皆と仲が悪いわけじゃないよ。話をしないだけでさ」
サンブックの学校教育は小学校六年と中学校三年が義務教育、その後は高校三年、さらに行く人は大学四年、大学院……となっている。他に専門学校があり、高校卒業後に職業を決め込んだ人が行くのが一般的だが、国立の魔法学校は中学校卒業後に入る学校で、中学校卒業後二年以内が受験資格となっている。魔法は若いうちから専門的に学ばなければ育たないという考え方から、サンブックの学校教育法によって昔からそう定められている。
しかし、義務教育の中で魔法を教えるのは禁じられている。魔法が使えるかどうかは家系や遺伝による要素が大きく、サンブック人であっても使える素養があるのは一部に過ぎないからだ。
それにも拘わらず、魔法学校の受験には実技があり、中学校の授業では対応できない。家の人が教えてくれる場合は別として、基本的には魔法学校受験専用の塾に行くのが主流だ。余談だが、塾講師は食いっぱぐれた魔法使いの最後の受け皿ともなっている。
そんなこんなで受験倍率も非常に高く、不合格になる者も多い。諦めて普通の高校を滑り止めにする者が大半だが、あと二回チャンスがあるので、浪人して再チャレンジ後に合格する者もおり、入学時の年齢は十五から十七まで幅がある。
よって十六歳のユキや十七歳のイナコには同い年の新入生もいるのだが、やはり留年生ということで馴染めずにいた。十八歳のユキには年下しかいないが、自分を気遣って二人がクラスに溶け込もうとしないのではないかと、申し訳なさを感じていた。
「ところでよ、昨日のミーティングで一番大事な話を忘れてたと思うんだが」
話題を逸らす意味も含めてイナコが切り出す。登下校の時間は楽しく話をするのが三人の日常だったが、議会の件以降は真面目なミーティングタイムにもなっている。三人にとっては大いに有益な時間だ。
「大事な話?」
「今後の方針だよ。カード払いの客が思ったより多かったってのは感覚的にわかった。現ナマがヤバいってのも理解した。で、どうするかだろ? 今後、どうやって現ナマの廃止を防いでいくのか。それを考えるんじゃなかったのか」
イナコがあまりに的を射た発言をするので、ユキもキセキも改めて目が覚めた。イナコはすこぶる朝に強いため、寝坊をしてもイナコが起こしに来てくれるだろう、というぐらい二人は朝のイナコを頼もしく思っている。普段のオツムは残念なことが多いのだが、朝からこの冴え具合は流石といったところだ。
「そう、そうだったわね。忘れてたわけじゃないのよ。ちょっと新聞を読んで、メディアの動向に話が脱線しちゃっただけ」
「確かにそれも大事だな。でも、それをもってこれからどう手を打っていくかってとこだよな、難しいのは」
うーん、と唸りながら前に進む三人の視界がとみに白くなる。通学空路でロクシェル山の最も標高の高いポイントに入った。丁度通学空路の中間地点にあたるこの場所は、雲がかかってとても神秘的で、空気も澄んでいる。
「とりあえず、ドモドモのバイトはまだ続けるべきだと思うよ。イナコは今日シフト入ってるでしょ」
「おう、夕方な。でももう目的は達成したし、続ける意味あるのか? 流石にすぐ辞めるのは申し訳ないし、ちょっとは続けるつもりだったけどさ」
「いや、ドモドモは今後、新型釣り銭マシンを導入する予定って話があるんだよ。ネットニュースに書いてた」
「よく見てんなあ、お前」
インターネットが普及しだした頃は、新聞社が各自のサイトにニュース記事を発表し、それをニュースサイトが纏める程度だった。それが今やネットニュース専門のメディアが現れ、独自に記事を作っている。
駆け出しの頃こそ取材力の無さが取り沙汰されたが、業界の情勢を考えて新聞社から転職する者も多く、その問題も解決しつつあると言われている。特に新聞を定期購読しない若者にとって、ネットニュースは貴重な情報源となっていた。
「釣り銭マシンって、お金を入れたら自動でお釣りが出てくる、あの機械のことよね? わざわざ機械を入れるなんて、現金払いにも力を入れるってことかしら? カード払いが増えてきてるのに」
「バイトしてみて思ったけど、現ナマの取り扱いってすごくシビアじゃん。釣り銭渡し間違えたら大変だし。イナコも間違えたの気づいて走って追いかけてたし。そのへんの解消が狙いじゃないのかなあ」
「おい、掘り返すんじゃねえ。間に合ったからいいんだよ」
「なるほど。機械は面白そうだし、操作して実感しておいて損はないわね。それに今後の活動でお金は必要になってくるでしょうし、アルバイトは続けていくべきよね」
「ん? 何かお金のかかるアイデアがあるの?」
三人とも名家の家系で、仕送りは十分すぎる額を受けている。あまりに大金があっても使い切れないので、もちろん常識的な範囲ではあるが、少なくとも学費や寮費は親持ちで、自由に使える小遣いも学生平均額の倍以上は送ってもらっている。
使い道といえば、ゴッズドアの喫茶店や少額の買い物、ゼアホースの温泉街で温泉饅頭を買い食いする程度だ。寮には天然温泉の大浴場が完備されているので、温泉にもお金はかからない。特に意識してはいないが、余った小遣いは勝手に貯金されていっている状態だ。
「うーん、まあね」
「どんなアイデア?」
「えっ? いや何もないわよ。ごめんごめん」
箒の上で得意のズッコケアクションをこけない程度に決めるイナコ。キセキもイナコほどではないが、控えめにズッコケている。最初にイナコのズッコケを見た時は『うざい』などと言っていたのだが、すっかりこの雰囲気“イナコワールド“に慣れてきたらしい。
「いやいや、何かあるみたいな流れだったじゃねえか!」
「『まあね』って言ったじゃん! 生返事だったの? 本当は何かあるんでしょ~?」
ホレホレと言いながら曲げた肘でユキをつつく。出会った頃と比べて随分ノリが良くなってきたなあと、イナコは感慨に耽る。
キセキにも夢に出てきた『カード決済を妨害する』アイデアはあるが、夢でのシミュレーションでは多方面に迷惑をかける結果となったため、二人には言わないことに決めていた。ユキのアイデアに食いつくのは、それを隠すためでもあった。
「や、こら、やめなさいキセキ。いくつか考えてはみたわよ。ちょっと恥ずかしいのもあるけど……。でもほら、もう学校見えてきたし! この話はまた後でね」
「え~」
怪訝な表情でユキに不満を訴えつつも、学校が近づいてきたのは事実だ。ゴッズドアの市街地、高層ビル群を抜けると、海際にそびえ立つ大きな学校が見えてきた。