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第六話 大パニック必至、カード決済妨害作戦を敢行!?

 キセキは、一人でドモドモのレジに立っていた。


「ドモドモバーガーセット、五百五十円になります。カードでお支払いですね? ではそちらの端末に挿入してください」


 お昼時の混雑する時間帯。レジは三台あるのだが、なぜか自分しか対応していない。ユキとイナコは何をしているのか。今日はシフトが入っていないのだったか。そんなことを思い返す余裕もなく、客の行列にひたすら対応を続ける。


「レシートでございます。三百八十四番の番号でお待ちください。次の方どうぞ! お待たせしました。店内でお召し上がりですか?」


 マニュアル用語もすっかり覚えてしまった。

 それにしても、アルバイト初日の所感では、カード決済の割合は三割程度で、七割は現金払いだったはずだ。ところが今日はどうだ。来る人来る人、皆『カードで』と言ってくる。そんな異様な状況に心の中で首をかしげつつも、やはり忙しさには勝てず、ひたすら対応を続ける。


「カードでお支払いですね? ではそちらの端末に挿入してください」


 それにしても、カード払いというのは楽なものだ。

 ドモドモは一円単位の料金設定がないため、コンビニやスーパーに比べればまだマシなのだが、それでも五百五十円の支払いに一万円札を出されると、五千円札を一枚、千円札を四枚、百円玉を四枚に、五十円玉を一枚。最も効率的な組み合わせでも、十の貨幣を間違えずに返さなければいけない。


 間違えずに返すだけなら、決して難しくはない。しかし、ここは回転率の高いファストフード店。あまりゆっくり数えていると、客からの急かす目線が棘のように突き刺さる。被害妄想かもしれないが、自分が客だったらイライラするだろうな、というペースにだけはならないよう、キセキはスピードにも気を配っていた。


 対して、カード払いはその必要がまったくない。もちろん金額を入力するなどの操作はあるのだが、あとは客がクレジットカードを入れるだけだから、釣り銭の渡し間違いは起こり得ない。


「カードでお支払いですね? ではそちらの端末に挿入してください」

「ピーッ。カードヲ、オトリクダサイ」

「レシートでございます。三百八十八番の番号でお待ちください。次の方どうぞ!」


 名前も知らない端末が、客へのアナウンスも手伝ってくれる。

 クレジットカードというのは国王家を囲む王宮省が編み出した造語で、開発したキャンディという海外の国では、別の呼び方があるらしかった。何にせよ、開発者には尊敬の念を抱く。素人のキセキですら素直にそんな感想を抱く、素晴らしいシステムだ。


 しかし、肝心の紙幣が全然使われない。キセキが見たいのは、自分やユキ、イナコの肖像画が印刷された、まだ流通して間もない綺麗な紙幣だ。

 まだ残っている使い古された旧紙幣には自分達の祖先の顔。その対比として真新しい自分達の顔が入り混じる。発行の後ろ向きな理由を度外視すれば、世代交代を感じさせる、何とも爽やかな風景だ。


 ところが、自分達の顔を差し出す客が、捌けど捌けど現れない。釣り銭としてレジの引き出し、ドロワーの中で今か今かと待機している五千円札・イナコと千円札・キセキの集団は、出番がなくていい加減不貞腐れてしまいそうだ。

 紙幣に妙な感情移入をしたキセキの頭に、衝動的に悪知恵が働いた。


 いつも懐に忍ばせている携帯用の杖を取り出し、客の死角となるカウンターの下に持ってくる。

 先日から続く悪い流れ。今日もこんな調子で、踏んだり蹴ったりだ。何とかこの悪い流れを止めたい。その一心だった。


「……っ!」


 どんな魔法をかければ良いかは思いつかない。端末を破壊するようなことをすれば、自分がやったことがバレバレだ。

 とにかく『止まってしまえ!』と思いながら、端末に向けてクルッと杖を回したが、何か起こった気配はない。

 やはり無理だったかと、諦めながら次の客の会計を進める。この客もカード決済だった。


「ピーッ。ツウシンエラーデス。カンリシャニオトイアワセクダサイ」

「「えっ、何で?」」


 通信エラーが出た。客にとってもキセキにとっても初めての出来事で、双方面食らっている。キセキは対応がわからず、バックヤードから店長を呼んできた。

 店長はカードを一瞥し、苦い顔をする。どうやら同様の経験があるらしい。


「カードの有効期限は大丈夫なので……。えーお客様のカードのICチップが、何かしら破損している可能性があります」

「いや、さっき百貨店でも買い物してきたところだぜ? そんなわけねーよ」

「他にエラーの原因としてよくありますのは、カードの利用限度額を超えてしまっているケースなのですが……」

「ああ? 馬鹿にしてんのかオイ。そんなんなったことねーよ」


 両者のにらみ合い、というより客から一方的ににらまれている感じだが、店長も後には引かず、客から視線を逸らさない。

 そんな一触即発ムードを何とか解消すべく、キセキが割って入る。


「も、申し訳ございませんお客様。もしかすると、決済端末かシステムのトラブルかもしれません。カードがお使いになれませんので、差し支えなければ現金でお願いしたいのですが……」


 現行の法律『サンブック銀行法』では、サンブック銀行が発行する通貨、硬貨が一、五、十、五十、百、五百円玉、紙幣が千、五千、一万円札があるが、これらは国内のどの場所でも必ず通用するとされている。すなわち、会計時に客から現金を出されたら、店側は拒否してはいけないということになる。

 一方で、カード決済についてはまだ普及段階で、法令上そこまで規定されていない。


 カード決済システムの不具合はやむを得ないことなので、店側が現金での支払いを求めるのは違法ではないはずだ。しかもまだ商品を提供する前なので、現金がないなら契約を解除して、帰っていただけばよい。

 キセキは議会の後、お金のことに関して少し勉強していた。その甲斐はあったようだ。


「あ、ああ、まあ現金で払うから今回はいいよ」

「申し訳ございません。ありがとうございます。一万円お預かりします」


 客の壮年男性は、若い女子に声を荒げるのも格好が悪いと思い、何とか堪えた。

 今日初めて現金を受け取ったキセキ。ユキの顔をしっかりと確認し、ドロワーからイナコを一人、自分を四人分取り出す。


 政府は三人の留年が決まった時点で、三人には内緒で計画を進めていたので、議会の時点では既に肖像画はできあがっていた。アルペイは文部省のコネを使い、システムから国立第一魔法学校の入学願書データを抜き出し、そこに貼られていた三人の証明写真を使って肖像画を作らせていた。

 よって、いたって真面目な顔ではあるが、仕上がり自体は三人にとっても不満はなく、見る度に嫌な想いをするということはなかった。


「お釣りが九千四百五十円になります。三百八十九番の番号でお待ちください! 次の方どうぞ」


 険悪な雰囲気から脱出し、さらに初の現金払いを引き出せた。『ピンチをチャンスに』とはよく言われたものだが、これがまさにそういうことなのかと、得意気になりつつ納得した。

 微笑しながら接客していると、次の客は指でメニューを差して伝えてきた。風貌を見るに、どうやら外国人観光客のようで、注文が理解されたとわかると、即座にカードを差し出した。


「七百八十円になります。カード……ですよね。そちらに……入れる……あ、そうです、はい」


 キセキも客も、お互いに外国語はさっぱりわからないので、身振り手振りジェスチャーで伝える。ただ、客の男もカード払いには慣れているので、カードを端末に挿入することはすぐに理解した。


「ピーッ。ツウシンエラーデス。カンリシャニオトイアワセクダサイ」

「あっ……」


 自分の魔法は留年するくらい精度の低いものだと、キセキはきちんと自覚している。まさか即興で適当に使った魔法が、何か効果を及ぼすとは夢にも思っていない。

 しかし、現に通信エラーが立て続けに起こっている。自分が端末に向かってかけた適当な魔法が、何らかの不具合を巻き起こしたと確信するまでに、そう時間はかからなかった。


「申し訳ございません。現金でお支払いいただければ幸いなのですが……」


 男はカード決済に失敗したことは、前の客が揉めていた経緯から理解したが、現金を持っていないらしく、何度もカードを差し直して『何とかしろ』という様子で訴えている。

 隣のレーンで商品を待っている三百八十九番の男は『やっぱり俺のカードが悪いんじゃなかったんだろ!』と店長に向かって怒声を上げた。それを皮切りに、後ろで並んでいる客達からも『早くしろ』『カード使えないんなら他の店行くか』などと不満が上がり始め、収拾がつかなくなってしまった。


「大変申し訳ございません。本日現金しかお使いできませんので、カードしかお持ちでない方はお帰りください」


 店長は大きな声で説明し、手書きで書いた説明文をレジにバシッと貼り付けた。すると、並んでいた客は本当に帰ってしまい、先程までの盛況が嘘のように、カウンターは一気に閑散とした。

 店長は突然起こった出来事に疲れ果てたが、システム保守会社に電話で問い合わせている。


 まだ自分のせいだと確定したわけではないが、とんでもないことになってしまったと、キセキは反省の念から逃れられなかった。


「キセキ君。システムの会社に調べてもらったんだけど、回線が物理的に切れていることはなくて、ウチの店から発信されているデータが狂っていると。色々説明されたんだが、こういうのは疎いしさっぱりわからん。キセキ君、何か変わったことはなかった? 何もしてないよねえ」


 店長は災難に巻き込まれたキセキを気遣って声をかけたのだが、当のキセキの顔色は青ざめていて、足元もガクガクと震えている。長い店長歴から、店の食糧を勝手に食べたり、レジのお金をくすねたりと、悪事を働くアルバイトを多数見てきた。その慧眼が、キセキの仕草を見逃さなかった。


「キセキ君、何か知っているのか。知っている顔だな」


 高校ラグビーの全国大会に出場経験のある屈強なボディ、加えて泣く子も黙る強面。その店長に迫られ、キセキはもはや誤魔化すことはできない。


「店長、店長、私、私……すみませんでしたーっ!」


 いたたまれなくなり、そのまま床にめがけて土下座する。

 すると、床が抜けたような不思議な感覚に襲われた。


 ……ドサッ!


 頭を打ち、イテテと額を押さえながら立ち上がる。店長に蹴られたのかと思い、頭を上げると、そこには学習机、振り返ればベッド。見慣れた光景が広がっていた。


「……なんだ、夢か……。ビックリさせないでよ、もう……」


 いやにリアルな、嫌な夢を見たものだ。

 夢だからカード客ばかりだったのだな、夢だからシステムを狂わせるような難しい魔法に成功したのだな、夢だから悪事を働く度胸が湧いたのだなと、すべて夢のせいにすることに決めた。


「とりあえず、現ナマを守るために人に迷惑をかけるのは駄目だね。うん」


 夢で一つ教訓を得たキセキだった。

 一方その頃、イナコは呑気にジンジャエールを張った風呂に入る夢を見ていた。ユキは色々考え事をしているうちに、ついにお天道様の光が眩しく差し込んできたので、一睡もしないまま顔を洗ったのだった。

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