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第五話 新聞を読み、時流を読み、敵の狙いを読め

――時は戻り、議会の三十日後。アルバイト初日が終了した。


「あ~今日は疲れたぜ。酒どこだ酒!」

「はいはい、ピチピチの十七歳の娘にはジンジャエールね」

「んだよ~。まあとりあえずお疲れさん。乾杯!」


 イナコの音頭で、ジンジャエールが入ったグラスを嬉しそうに鳴らし合う三人。

 議会が終わって三十日、学校を休むわけにはいかず、放課後に寮の各部屋に集まってはミーティングを開催していたが、お茶菓子は一度たりとも嗜まなかった。放課後に女学生が集まってお菓子も食べずに話をするなど、少なくとも彼女達について言えば前代未聞だったのだが、やっと初めて仕事らしい仕事をこなしたという達成感が、その緊張感を解いたといえよう。


 今日は休日で、アルバイト初日は昼から三時間のシフトとなったため、今はまだ夕方の四時。寮の夕食は六時から八時の間に食堂で自由に取ればよいので、まだまだ時間がある。帰りにコンビニで買い込んだ甘い袋菓子を多数開封しつつ、ジンジャエールをおかわりする。


 最新の建造物や店舗形態は海外から入ってくることもあるが、サンブックにしかない独自のものもある。コンビニなどはまさにその一つで、飲食物や日用品を二十四時間販売するこの業態は、国王家の発案で約二十年前から整備されていったと言われている。

 このように、国王家の発案はことごとく成果を収めており、国民からの信用を高める一因となっているが、半鎖国状態だったサンブックが先進諸外国を差し置いて先進的な発明ができるには何か理由があるに違いないと訝しがる者が、特に大学等の研究者に多く存在する。


「明日から学校か。アタシは放課後にシフト入ってるから、夕方は集まれねえぜ」

「ちょっとイナコ。私の部屋なんだから、スナックぼろぼろこぼさないでよね」

「そんなことよりあなた達、これを見なさい」


 二人の他愛ない小競り合いを制し、ユキがおもむろに灰色の紙の塊をビニール袋から取り出した。バサバサと広げたのは、コンビニで一通り買い漁った各社の新聞だ。

 二十九日前、議会の翌日にも同じように各社分を買い集めていた。大手新聞社に加え、コンビニや駅でしか売っていないスポーツ紙も混ざっている。


「議会の次の日のものと、今日発行のもの。比べてみてどう思う?」


 ユキは自分で読みながら、視線を上げずに二人に問いかける。ただし、飲み物やお菓子をつまみながらなので、今日まで三十日間の重苦しいミーティングの雰囲気は解け、くだけた意見も出せそうな空気感だ。


 サンブックのある惑星・ナバスでは、一日が二十四時間、一年が三百六十日で周期している。サンブックではそのうち『五の倍数の日とその翌日』を『休日』と定め、平日四日間と休日二日間、合計六日間を一つのブロックと見立てて『一週間』と呼称している。

 日付は年が明ける度にリセットされ、一日、二日と数えていく。寒くなる一日から九十日を『冬』、暖かくなる九十一日から百八十日を『春』、暑くなる百八十一日から二百七十日を『夏』、涼しくなる二百七十一日から三百六十日を『秋』と呼ぶ、季節という概念もある。学校は春が始まる九十一日から新学年が始まる。

 何週目という呼び方もあるが、基本的には単純に何日と言うことが多い。年号は国王が交代する度に変わり、現在はスライビー三十二年だが、これも普段はそれほど意識することがない。


 議会があったのが冬の最終日、九十日。翌日、三人は留年で二回目の一年生となり、その二十五日後、百十六日に新紙幣が発行された。今日は百二十一日。明日からは学校が始まる。


「そうだなあ。議会の次の日、九十一日に買ったやつは、スポーツ新聞ですら野球とかサッカーじゃなく、一面が全部新紙幣発行の話題だったからビビったよな」

「今日は新紙幣発行から一週間で、皆の手許に新紙幣が行き渡りだしたって見出しね。でもスポーツ紙では四面とか五面記事かあ」


 半鎖国状態にあったサンブックでは、最近では海外スポーツも紹介されてきてはいるが、主流はサンブック独自で発展した野球やサッカーだ。これらのスポーツも数十年前の国王家が『選手を集めて私の前でこのルールでやってみよ』と言って始めさせ、そこからプロチームが発足し、国民的スポーツへと発展していったらしい。

 中でもイナコは野球観戦が好きで、国立第一魔法学校があるゴッズドアに昔から憧れがあったことから、ゴッズドアに本拠地を構える『ゴッズドア・タイガース』の大ファンだ。ユキとキセキは野球に明るくないが、しばしばイナコに球場まで連行されるため、簡単なルールやタイガースの選手についてはわかるようになってきた。

 ただし、諸外国と交流を進めるにつれ、海外でも似たようなスポーツがあることがわかり、サンブックも国際試合に出る意向が出てきたので、ボールの大きさや塁間の距離など、海外ルールに少しずつ近づけつつある。


 コンビニにしろ野球にしろ、国王家がどこからユニークな着想を得ているのかは謎に包まれている。


「イナコ、いつまでタイガースの記事見てるのよ。大事なのはそこじゃないでしょう」

「固いなあ、ちょっとぐらいいいだろ。わかってるよへいへいへい」


 ユキに諭されて新聞を閉じるが、昨日のタイガースはライバル球団の『セルリード・ジャイアンツ』に珍しく快勝だったためご機嫌だ。ジャイアンツは大手新聞社のセルリード社が、タイガースはゴッズドア周辺における交通機関の運営会社、ゴッズドア電鉄が親会社として運営している。他にも色々な企業が運営するプロチームがあるが、イナコイチオシのタイガースは弱い年が多い。今年もあまり期待はできなさそうだ。


「セルリードの新聞が、昨日のジャイアンツの良かった所を何とか引っ張り出そうとしてて面白かっただけだぜ。リリーフが二回無失点ピシャリ、とかな。渋すぎるぜまったく」

「タイガース寄りのスポーツ新聞はほとんど毎日同じことしてるんだからお互い様でしょ。ジャイアンツに快勝だなんて、まるで砂漠で五千円札を拾うような確率の出来事だね」

「勝利の女神、イナコ様の肖像画入りってか? いいこと言うじゃねえか。まあそれで、だ」


 自分が野球の話に脱線したくせに、そろそろ真面目に語ろうぜと言わんばかりに手のひらをキセキに向ける。随分と上機嫌だ。

 もちろんツッコミ待ちの冗談でやっているのだが、あからさまなボケに対してツッコミは野暮かと思い、キセキは遠慮することにした。


「まあ議会の次の日、九十一日は全部一面で当然だ。肖像画が変わるなんて、それこそ数十年スパンなわけだし。それもサンブック史上初、肖像画への女性の登用だったわけだ」

「凄かったよね。新聞六紙、テレビ、ネット。全部それ一色だったもん」


 数十年前からインターネット技術が海外から取り込まれ、二十年前頃から一般にも普及し始めた。そこから人々が情報を得る手段は新聞、テレビから徐々にネットに移行していった。新聞もネットが広まる前と比べると刊行数が減少し、コンビニにもスポーツ新聞含めて五から六紙程度しか置かれなくなった。

 それでもサンブックでは未だ新聞、テレビといった従来型メディアに重きを置く人が多い。今までそれで困らなかったから、という理由が最も多いようだ。


「それにしても本当に御用新聞ばっかりなんだな。今見ても笑っちゃうぜこんなの。私達にインタビューもしてねえくせに、採用された三人も喜んでるだなんて、こんな適当なことよく書けるぜホント」

「そうね。でも政府が記事に口出ししないという約束は守ってくれたのかしら。私達を貶すような記事はないようだけど」

「あっ、でも今日のこの新聞、コラムみたいなとこに『広まってきた新紙幣に疑問。何の実績もない三人を家柄と若さで採用したのは安直。他の女性著名人にも大変失礼』とか書いてあるよ」


 キセキが取り出したのは、タイガースファン御用達のスポーツ新聞『ウィクリー』の今日の四面記事だ。ゴッズドア内の喫茶店には高確率で置いてあり、喫茶店に行けばイナコも必ず読む新聞なので、何とも歯がゆい気持ちになる。


「所詮スポ新だぜ。別に国の肩を持ったりしないだろ。しかもこのコラム、いっつも偉そうにタイガース戦の感想書き散らかしてるオッサンじゃねえか。昨日のタイガースで叩くところが無かったから寂しかったのか」

「まあでもこの人の言ってることはもっともよ。実際政府も採用の理由として、色々なことに新たに挑戦していきたいから存命の若い人を採用した、私達が旧紙幣の三人の子孫だから白羽の矢が立ったって、公式に声明を出してるんだもの。建前の理由だけどね」


 ユキの言ったことはそのままそっくり議会の翌日の記事にも載っている。

 本来は議会でその建前を言って記事にさせるのが普通だが、議会ではハッキリと、威厳のない三人に肖像画を変えて現金を廃止に向かわせるという方針を告げていた。それにも拘わらず記事がこの結果というのは、議会で何を言おうがメディアが適当に忖度してくれるだろうという、政府とメディアの悪しき信頼関係を裏付けるものといえよう。


「でもさ、発行から一週間経って新紙幣が流通し始めてますなんて、出来事としては薄くない? 発行開始した一週間前も全紙一面はそればっかり、それはわかるけど、一週間してもスポ新以外まだ一面をキープなんてさ。ちょっとおかしいよやっぱり」

「アルペイさんは『記事の内容に口出ししない』とは言ってたけど、記事にさせないとは言ってないからねえ。国民の関心をこの件に向かせるように、記事を目立たせるようメディアに働きかけてるのかもしれないわね」

「国の野郎どもが絡んでるニオイはするな。でもこの記事の内容だと、むしろ新紙幣を使おうみたいな流れになってないか? 現ナマに対するマイナスイメージは無いぜ」


 うーんと首を傾げる三人。三人寄れば文殊の知恵というが、まだ何も浮かんでこない。女三人で姦しいといったところが限界だ。

 あれこれ話し合ううちに、もう夜の七時過ぎ。食堂のオーダーストップ前に駆け込まなければならないので、話は一旦中断とした。


 メディアが政府側に付いていることはよくわかった。しかし政府の狙いは何なのか。思いつかないのは疲れているからということにして、今日は大人しく床に就くことにした。

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