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第三話 ”舌”好調の留年トリオ、虎の威を借る狐の化けの皮を剥ぐ

 イナコは震えていた。声も、喉も、体も、手足も。すべてが震えていた。もちろん緊張もあるが、怒りが最も大きな根源だ。

 震えた声だが、怯えているわけではない。議事堂に響き渡るドスの効いた声は、議員達の胸を突き刺すだけの威力を有していた。

 議員も人間だ。彼女らがどんな気持ちで先刻の話を聞いていたか、推し量れないわけはないだろう。議事堂は突如、静寂に包まれた。


「もう一度説明、というのは一からということでしょうか?」


 アルペイが両眼の間、眼鏡の山部分をクイッと上げながら、事も無げに語りかける。

 イナコとて齢十七歳にもなる女子で、それも名家・ニトゥーベ家の生まれだ。家での揉め事もあり、今はちょっとばかり“親しみやすい“言葉遣いをしているが、幼少の頃から政治家などの要人と話をする機会も多く、大人慣れしている。ありふれた十七歳ではない。

 アルペイのような小役人の心の内など、話し方と表情を見ればわかる。上には媚び、上が見ていないところで下を虐げる。イナコの最も軽蔑する人種。初対面にも拘わらず、感覚的にそう確信した。


「一からじゃなくてさ、結論のとこだよ。最後にさ、あんたが言ってたじゃん。良く聞こえなくてさ」

「イナコ――!」


 アルペイに向かって歩きだそうとした猛獣を、ユキが背後から両手を掴み、小声で静止する。

 だが、時既に遅し。ノーペイ首相が苦言を呈する。


「いくら学生とはいえ、敬語も使わずに、挙げ句の果てには人を睨みつける威嚇行為。あまりに非常識ではありませんか」


 イナコは頭が混乱する中、必死に声を出したのに、ユキには止められ、まさかの首相からの叱責を浴び、目眩で倒れそうになる。


「総理、彼女らを責めないであげてください。突然のことで、冷静さを失っているように見えます。議案は成立したわけですし、彼女らは説明が欲しいということですから、本議案の責任者である私が残って説明します」

「そういうことでしたら、後は総務省にお任せします。議員は解散とします」


 アルペイの申出に、ノーペイ首相が応える。

 この瞬間、イナコは気づいた。ミチャット親子にハメられたことに。

 退席する議員達の群れに攻撃魔法をぶっ放したい衝動に駆られたが、まだ掴まれているユキの両手に免じて、静かに見送った。

 暴れればイナコの力なら振り解くことはできるが、しなかった。滝のように流れる自分の手汗に比べ、ユキの手はいつも通り。自分よりユキのほうが冷静で、そのユキが『今は黙ってやり過ごせ』と指示を出している。ユキを信じることにした。


 総務省の人間はアルペイの上司や部下も残っていたが、アルペイが一言かけた途端に全員退席した。記者も全員引き上げて、広い議事堂に残ったのは三人とアルペイの計四人だけとなった。


「いやあ、皆さんにお帰りいただけてよかった。申し遅れました、私はアルペイ・ミチャットです。君達とお話がしたかった。私は今回の政策の責任者ということにされているのですが、すべて上から言われただけでして、私も反対したのですが……」

「私達の名前はご存知のとおりです。私はユキ・フクザッツと申します。わざわざ残っていただいて、ありがとうございます」


 アルペイとユキが、お互い低姿勢を保ったまま、淡々と挨拶を済ませる。

 先ほどはユキに任せようと決めたはずのイナコであったが、やはりこのアルペイの態度には引っかかるものがあり、怒りが沸々と再燃してきた。


「おい、いつまで猫被ってやがんだ。お前の本性――」

「にゃあ~ん。って、猫なんか被ってないわよ失礼な! いつも通りでしょ!」


 イナコはもちろんアルペイに向かって言ったのだが、ユキが超反応で自分へのボケにすり替える。

 私はアルペイに言ったんだ、と言おうとしたイナコだが、ノリツッコミを終えても両手で頭に猫耳を作ったまま、じっと自分の目を見つめるユキを見て察する。何とかここはこらえてほしいという、ユキなりのサインだろう。この努力を無下にするのは流石に忍びない。


「失礼しました、アルペイさん」

「いえ、とても仲がよろしそうで羨ましい。やはり“特別な“三人だから、というところですかね」


 不敵な笑みを浮かべながらアルペイが言い放つ。特別というのは、一年生で留年したことを指しているのだろう。

 国立第一魔法学校は、もちろん名門中の名門に違いはない。ただ、それこそ昔は三年の卒業時の検定で不合格になる者はいたが、昨今は習得すべき魔法もパターン化されており、大分甘くなっている。ましてや、一年生で留年は前代未聞ということらしい。

 そんな前代未聞が同時に三人も出たのだから、特別と言われるのは致し方ないだろう。

 耳にタコができるほど聞いた皮肉に、イナコとキセキは下唇を噛んだが、ユキは違った。左の口角をニッと上げ、目尻もフワッと緩む。“もらった“という顔をしている。


「ありがとうございます。とてもよく私達のことをご存知のようで。特別な三人、というのは?」

「ああ、いや……。今回肖像画に選ばれた、それもお三方とも、名家のご出身だ」

「肖像画に選ばれたのが特別?まあ確かにそうでしょうね。理由はともあれね」

「先ほどの理由は、省が事前に作成した答弁書をそのまま読んだだけで……」


 あくまで自分の意志ではないと言いたいアルペイだが、何とも歯切れが悪い。権力を笠に色々やってきた男だが、平均年齢五十歳を越える議員達に詰められた時の話法は、自分より十歳以上も年下の女子から詰められた時にはまったく通用しない。立場も何もかもが違いすぎるからだ。

 ましてやアルペイの場合、幼少の頃から『暇があれば勉学に励め』という父の方針に従い、同年代との交流も少なかったので、年寄り向けの話法を若者向けに応用させる難しさはひとしおだ。

 逆にユキ達名家の令嬢は年上の扱い方に慣れている。


「それはそうと、いつから政治というのは官僚の方が主導するようになったのでしょうか。あんな大事な発表を、なぜあなたが?」

「ご存知のとおり、現国王のスライビー・ミスティ様が、しきたりや建前というものをお嫌いで、現にそれを考えた者や実行する者が素直に発言せよ、とのお達しがあるからです。つまり……」

「つまり、今までも実際にはあなた方が考えさせられた制度や法令も、台本を作って議員に渡し、あたかも議員が作ったかのように言わせていたと」


 アルペイは思わず面食らい、言葉に詰まる。名家の出身とはいえ一年生で留年するような出来損ない、ましてユキは三人の中でも最もおっとりしていて、鈍臭い感じに見えたからだ。


「い、言わせていたというのは語弊がありますが……。私どもから先生方に売り込むことがないと言えば嘘ですが、ほとんどは先生方のほうから私に『何かないか』と聞いてこられるのですよ。これ、メディアには言わないでくださいよ」

「教えてあげている相手のことを『先生』と呼ぶなんて、何とも皮肉なものですね」


 それにしても今日のユキはキレキレだ。これだけ権力を持った相手に、冷静に発言を捕まえて指摘を入れていく。まるで有能政治家そのもので、頼れる姉と慕ってきたイナコでも、ここまで活きの良いユキを見るのは初めてだ。

 そして、ここまで鳴りを潜めていたキセキも、ただ沈黙していたわけではない。その成果を発揮する機会を得たと言わんばかりに、ユキの背後からすっと横に立ち、アルペイの意表を突いて加勢する。


「『先生方が私に聞いてくる』って言いましたよね。今までもあなたが議員に応対していたと。やっぱりアルペイさん、今回の制度案もあなたが作ったんですか」

「いえ『私』ではなく『私ども』です。私が窓口として先生方と話をすることはありますが、当然重要な法案や施策は、省としてトップまで決裁を取って意志決定しますよ」

「いや、確かに『私』って言ってたと思いますけど」

「聞き違いではないでしょうか」

「ふうん、そうですか」


 キセキが何か切り札を隠しているとイナコは勘づいた。キセキが口をすぼめて『ふうん』と言うのはそういう時だ。

 切り札の中身まではわからないが、どうやらアルペイから失言を引き出したいらしい。キセキのノールックパスに反応し、イナコがシュートを打ちにいく。


「なあ、もうネタは上がってんだよアルペイさん。議員は何でもあんたに聞いてきた。当たり前じゃん。総理大臣の息子なんだから。わざわざ上に話聞かなくても、どうせあんたの意見が省の意見になるんだから」

「そんなことはありません。私はあくまで一介の課長にすぎない。言いがかりはやめていただきたい」

「自分で言ったろ、さっき。考えた奴や実行する奴が議会で喋るってさ。あんたの上司が考えたんなら、その上司が喋んだろ。そいつも施策実行の責任者なんだからさ」

「最初は事務次官が答弁する予定でしたが、内容の詳細に関しては私の方が詳しいので、私が答弁をと」

「自ら志願したってか!? かあーっ、大好きなノーペイお父ちゃんに、かっこいいとこ見せたかってわけだ! もしくはあれか? そもそも総理が考えた案を、あんたが身代わり人形になって喋っただけだったり?」


 アルペイを煽りに煽るイナコ。ここまで祭り屋台のお面の如く笑顔を崩さなかったアルペイが、突如として鬼の形相に変化した。


「お父様は関係ないっ! 関係ないぞ! お前も僕を馬鹿にしやがって! 僕が考えたんだよ! 僕の功績なんだ! 聞いてるかおらあぁぁ!」


 ビンゴ、とイナコがほくそ笑むと同時に、あまりの豹変ぶりにユキとキセキは開いた口がふさがらない。

 イナコは唯一先輩面ができるキセキの方を向き、慣れないウインクをバチッとかましながら小声で囁く。


「お膳立てだ。後はお前に任せたぜ」

「えぇ……」


 イナコはキセキの意図を汲み取ってシュートを放ったつもりだが、キセキからすればもう一度パスが返ってきた格好だ。

 仕方ない。そう溜息をつきながらも、姉の無邪気な眼差しに応えるため、キセキは隠し持った切り札を使う覚悟を決めた。

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