第二話 三人呆然! 王国議会、無情な現金廃止策を強制採択
――時は遡り、三十日前の王国議会議事堂。
「おいキセキ。ヤツらが何言ってんのか、お前わかるか? 私はサッパリわかんねー」
「何で私に聞くの。イナコ姉ちゃんしっかりしてよ」
「こんな時だけ姉扱いすんじゃねえ。お前ストレートで入学したんだから、政治の勉強とかもしっかりしてんだろ」
「浪人しようが勉強してるのは一緒でしょ。もう、頼りないなあ」
「浪人の話はもういいでしょう、あなた達……」
「あっ、すまんユキ姉」
相変わらず掛け合い漫才が好きな三人だが、この場ばかりはいつものような姦しい雰囲気では話せない。サンブックの王国議会に『重要参考人』として招致されているからだ。
サンブックは、国王が参集する議会ですべての意志決定を行う、非常に簡潔な王国議会制を採用している。かつては二院制や委員会制など、段取りを踏んで慎重に進める方式を採用していたが、現国王が類を見ないせっかちな性格で、意志決定に時間がかかるのを嫌い、本会議のみの議会制にしてしまった。
人口一億人程度の国家で、国会議員は丁度百人。重要な法案や政策等の議論はすべてこの本会議、通称『王国議会』で国王立会のもと決定され、細部の制度設計は各省庁に下ろされる。有り体に言えば、省庁職員である国家公務員に丸投げするということに他ならない。
そのため省庁職員の業務は非常に多く、インターネット界隈では俗に言う『ブラック企業』と揶揄されることがある。ただ、議会で大枠が決まった後は職員らの裁量に委ねられる部分が大きく、その点に大きなやりがいを感じる者も多い。
今、壇上で答弁をしている総務省経済効率促進課長、アルペイ・ミチャットも、まさにその“やりがいを感じる者“の一人だ。
「ご質問いただきました食料自給率の低下につきましてですが、私どもの統計では前年五二・七%に対しまして、今年の数値は、確定はしておりませんが、現時点での平均ベースで見ると四九・六%ということで、三%程度の大きな減少が見込まれます。原因として推測しておりますのは、夏の豪雨災害等による農作物被害、加えて右肩上がりの人口増加、特に高齢化、ということが常に言われておるところでございますが……」
アルペイは期待の若手として、省内だけでなく国会議員からの評価も高い。停滞するサンブックの経済成長の打開策を練る新部隊として、昨年発足した経済効率促進課に、通常より十年は早い、異例の二十八歳で課長に登用された。
ただ、議員のトップである内閣総理大臣、ノーペイ・ミチャットの息子ということもあり、一部からは『コネで成り上がったボンボン』という僻み感情を持たれているのも事実だ。
「従いまして、やはり国民の生活水準を上げていくためにですね、即ち端的に申し上げれば所得を上げていく、ということと考えておりますけれども、今後重要になってまいりますのは、まず貿易赤字の解消というところで、避けられない輸入増加に対して我が国の輸出産業の強化、具体的に申し上げますと……」
政治に興味がなければ何とも眠たい内容だ。重要参考人として招致され、それなりに目立つ席についていた三人だったが、ユキとイナコは魂が抜けるような大きなあくびをかましている。
手で口元を隠したり下を向いたりして、人には見えないようにして、一応女学生らしく振る舞っている。国立第一魔法学校の生徒として、外出先でも恥ずべき行動は慎むよう、普段から特に厳しく注意されている三人だからこそ、こういう場での最低限のマナーは身に付いている。
服も当然学校の制服を着用してきた。グレーを基調とした上服と黒のスカートは、いかにも真面目な校風を顕現している。
「あくびは移るって本当なのねえ。イナコのが私にも移っちゃったわ」
「いや、ユキが一発目だったろ今の。まあいいけどよ。ところでなんで政治家とか役人の話ってのはこうもわかりにくいんだ。なんつーか、メリハリ? 抑揚がないっつーか」
「確かに話し方はアレだけど、内容は大体わかるけどなあ」
「んじゃキセキ、私に教えてみろ」
政治経済分野に比較的、少なくとも三人の中では最も明るいと自負するキセキ。自分がわからないからって偉そうだなあと、イナコに苛立ちを覚えつつも、早く説明を済ませて続きを聞く方針に切り替えた。
「つまりさ、今までは貿易なんかしなくてもサンブックにある物だけでやっていけたから、半分鎖国みたいな状態だったけど、人口が増えてきたから、食糧が足りなくなってきてるじゃん。でも人口は都市部に集中してるから、農業とか漁業とかに就く人は減ってるよね。だからもう、食糧は外国からの輸入に頼らざるを得ない」
「ほほう」
「輸入するってことは、当然それだけお金がいるってことね。外国にお金を払うだけじゃサンブックは破綻しちゃうから、サンブックも何か輸出して外国からお金を得る必要があるよね。かっこよく言えば”外貨の獲得”ってとこかな」
「かっこいいな」
ふむふむと相槌を打ちながら、イナコは真剣に聞いている。人に伝えるのは得意ではなく、上手く伝えられるか実は不安だったので、キセキは顔には出さないがホッと一安心した。
「だからさっきの話は、まさにその外貨の獲得のために、輸出できるものを増やしていきましょうって話でしょ」
「外貨を獲得するってのは他にやり方はないのか?」
「他に言うならまあ……観光かなあ。外国人がサンブックに来て、物を買ったり食べたり、お金を使ってくれたら、それだけサンブックが儲かるわけじゃん」
キセキが話していると、アルペイからも同じ『観光』のワードが聞こえてきた。話を止めて、議会のほうに耳を傾ける。
「輸出産業強化の他に重要なのは観光需要への対応です。近年、魔法を使ったサーカス団によるショーですとか、魔法を用いた玩具などの商品が、海外客を中心に人気を博しております。商品のほうは、既に輸出品としても成果を上げ始めているところでございますが、ショーなどのほうは、ご存知のとおり我が国の魔法使用条件の特異性から、サンブック内でしか活用できないところでございまして、熱心なファンの外国人などは、ショーのために我が国に訪れていただいていると。いうような状況でこざいます」
答弁のために書き上げてきたであろう台本のようなメモに、しばしば視線を落としながら、切れ目無く話し続ける。聴者への配慮があるとは言い難いが、キセキから授かった予備知識のおかげて、何とかイナコやユキの頭でも咀嚼できている。
「すげえ! キセキが言ったこと、ズバリじゃねえか!」
「キセキは流石ね。お姉さん達、頼りにしちゃうわ~」
「ま、まあね!」
キセキもまさか自分の考えが議会レベルの場において的を射るなどと、厚かましいことは考えていなかった。嬉しさで思わず心が躍り『次は次は』とイナコに急かされるまま、観光産業の現状を語ろうとする。
アルペイの発言はまだ矢継ぎ早に続いている。
「そこで問題となっておりますのが、海外諸国は常識となっているクレジットカード決済が、我が国においてまだまだ浸透していない点でございます。我が国では現金の決済比率が、地域差も大きいのですが、私共の統計では約八から九割となっておりまして、そもそも現金のみしか支払いを受け付けないという店舗も未だ多く存在します。キャッシュレス化が進む海外からの旅行客にとって、サンブックの現金を用意するというのは想像以上の手間が……」
アルペイの発言が先へ先へと進むのに対し、キセキはサンブックの観光地について二人に語っている。
「我が国は鎖国状態から抜け出すべく、海外のインターネット技術を導入し、クレジットカード決済についても対応を進めてきたところではありますが、海外客を取り込むためには、クレジットカード決済を国内の全店舗に早急に促進していく必要がございまして……」
観光地の話題から、出身地のお国自慢にまで三人の話は脱線し、まるで本当に旅に出かけてしまったかのような浮かれようだ。
三人はいつだって、こうやって楽しく馬鹿話をしながら過ごしてきたのだ。
……しかし。
三人は忘れていた。自分達が『重要参考人』としてこの議会に呼ばれていたことを。なぜこのようなテーマで、政治に何の関わりもない学生が招致されたのか。
アルペイの発言で、呆気なく知ることになる。
「従いまして、国民の現金信仰からの脱却を図るため、彼女ら前代未聞の『魔法学校一年生留年三人組』をサンブック紙幣の肖像画に採用します。現金の威厳を低下させることで、国民の現金に対する執着心、安心感といったものを取り除いていこうと。今回の案はこういうことでございます」
「「「……は?」」」
三人は口を揃えて同じ言葉を発し、そのまま口を開けっぱなしにすることしかできなかった。
「本議案に賛成の者は起立願います」
議長の一声に、議員達は周囲の様子を恐る恐る確認しつつ、大物議員が続々と立ち上がって拍手をするのを見て、終いには金魚の糞の如く、議員全員が起立していた。百人の拍手が、議事堂に大きくこだまする。
放心状態の女生徒達の、小さな小さな心の器で、この無遠慮な音の塊を受け止めきれというのは余りにも残酷だった。
「全員賛成で、本議案は可決いたしました。本議案には、ミスティ国王の意志も事前に伺っており、緊急性を要する案件として、二十六日後から施行します」
先程まで饒舌だったキセキも、いつもは頼りになる姉貴分のユキも、ポッカリと空いた心の穴を埋める材料を、脳の中を駆け回って探している。
「最後に、重要参考人のユキ・フクザッツ氏、イナコ・ニトゥーベ氏、キセキ・ナツメ氏からは何かございませんか? 何もないようでしたら、本日はこれにて閉会と」
「……ちょっと待て」
イナコはやんちゃな口調とは裏腹に、非常に繊細な心の持ち主だ。突然の宣告、起立、拍手のコンボで、乙女メンタルはボロボロだ。だが、このまま終わってはいけないという気持ちだけが、彼女の喉を突き動かした。
「もう一回説明してくんねーか?」