第十九話 展望大浴場で語る今後の素敵な展望
楽曲披露の後、色々意見を出し合っているうちに多目的室の予約していた時間が終了となり、その場は解散となった。
話し足りない生徒達は、大浴場で更なる打ち合わせをすることに決めた。時刻は午後三時過ぎ。一旦それぞれの部屋に戻って準備をしている。
「イナコ遅いよー」
「悪い悪い。タオル全部まとめて洗濯しててさ。新しいタオルを探してたんだ」
「洗濯はこまめにやりなさいよ。もう」
大浴場は寮の最上階、十二階にある。一階はロビーと管理人室、二階から十階までは居室、十一階に多目的室や会議室、遊戯室ときて、最後が十二階の展望大浴場といったあらましだ。
二百七十人分の居室が一つの建物に入っていて、さらに天然温泉が最上階に展望風呂として湧いている。ゼアホースは観光地としても栄えているが、近隣にある多数の温泉旅館と比較しても、規模としてはこの寮が最大だ。
居室は学年に関係なくバラバラに配置され、三年生が卒業した部屋に新入生が入る方式だが、ユキ、イナコ、キセキの三人は、偶然居室が同じ十階ということもあり、誘い合って行くことが多い。
三人揃ってエレベーターで十二階まで上がってきた。
「おっ、みんな揃ってるな」
脱衣所には、先日の協力メンバー五人が揃っていた。他に人はおらず、どうやら貸し切りのようだ。メイディー、リサチ、マオナの三人はワカナから誘ってもらうよう伝えてあった。
脱衣所の木製ロッカーにはカゴが置かれているだけで、扉も鍵も付いていない。わざわざ部屋から貴重品を持ってくることもないし、一階では警備員がきちんと見張っているので、寮生以外の侵入もないから、盗難の危険性はない。セキュリティが優れていることの証でもあった。
「何かまた打ち合わせって? フフッ。パワーランチならぬ、パワースパといったところかな。面白そう」
「自分、何でもやるッスよ~!」
メイディーが勢いよく服を脱ぎ、内風呂へ繋がる引き戸をガラガラと開け、湯煙の中に飛び出して行った。
ユキ達三人とメイディー達五人は知り合ったばかり。知らない生徒の前で脱ぐのは恥ずかしくないが、知り合いの前で脱ぐとなると、同性といえども何となく気恥ずかしさが生まれるものだ。
そんな女子達の気持ちを知ってか知らずか、メイディーがあっさり裸になったので、七人も気兼ねなく服を脱ぎ、浴槽へと向かって行った。
「メイディー、ちゃんと体洗ってから入りなさいよ~」
「もちろんッスよワカナさん! お湯を汚すのはマナー違反ッスから」
ワカナに注意されるまでもなく、洗い場に腰掛けてボディーソープを手に取っている。お転婆に見えて、意外にも常識は人一倍わきまえているのがメイディーの長所でもある。
一行は体を洗うと、すぐに露天風呂へ向かった。もう季節は春。標高が高く、夜はまだまだ冷え込むので、内風呂で温まってから露天に行くが、昼間ならいきなり外に出ても大丈夫だ。
魔法学校の生徒は暇を見つけては温泉に入っている。登校前の朝風呂は魔法力の充填に必須だし、寝る前には汗を流さないと気持ち悪い。そして休日には日中にも浸かる者がいるが、そこまでくると魔法力の云々は関係なく、単純に温泉が好きなのだろう。
「ああ~、染みわたるなあ」
「本当よねえ。一年入ってても飽きないわ」
檜の露天風呂で景色を見渡しながら、一同は年寄りくさく息を漏らしている。
あくまで寮であり、国立の学校ということで予算には制限があり、内装の質は旅館に劣る。しかし、展望大浴場から見下ろす景色はゼアホースで一番の絶景だ。
一般には公開していないため、旅行雑誌のランキングなどにも絶対に出てくることはないが、ゼアホースの一番高台にあり、その上空から街の景色をすべて見渡せるので、これ以上の絶景はあり得ないと、生徒達は異口同音に評する。ゼアホースでは多様な泉質の温泉が湧いているが、硫黄泉などと異なり、刺激も匂いも少ない単純温泉であることも、女子にとってポイントが高い。
内風呂は大理石、露天は檜風呂で、いずれも源泉かけ流し。内風呂もガラス張りの大パノラマとなっており、温泉だけは設計者の強いこだわりが見受けられる。
周囲に建物がなく、覗き見られる心配がないのも生徒にとっては重要なポイントだ。これだけの高台に建設できたのは、魔法学校生徒がホウキで通学するという特殊性に基づくものであって、自動車ですら登ってくるのが厳しい場所だ。
「して、ユキさん。今日の本題とは?」
肩まで浸かる者、半身浴や足湯にする者など、各々自由にしてはいるが、視線はユキに向いている。
三人の中では年長者ということで成り行きでリーダーのような扱いになっているが、五人には誰がリーダーとは言っていない。それでも全員がユキに注目するのは、それだけリーダーシップを発揮している様を普段から見せているからなのだが、当の本人はなぜイナコやキセキがリーダーと思われないのか不思議に感じていた。
「オホン、そうね。まずはメグミ。素晴らしい楽曲、本当にありがとう。本当はドロップとして発表したいでしょうに、かたじけない想いでいっぱいよ」
「私が面白そうだと思ったから参加しただけだ。そんな言い方はよしてくれ。歌詞はどうするか聞いてなかったから、とりあえず仮で入れておいたんだが。私は作曲した後に詞を付ける曲先タイプだから、歌詞はわりと後からどうにでもできる感じだ」
「いえ、歌詞も良かったと思う。そのままメグミがよければ、そのまま使わせていただくわ」
メグミは無言で親指を立て、グッドのサインをユキに送る。ユキも無言で肯いた。
「続いて振付だけど……誰か詳しい人がいれば。メグミさんは?」
「すまないが音楽以外は専門外だ」
「んじゃこれはユキしかいねえな」
ユキも最初から自分がやる心積もりだったので、振られても大きな驚きはない。誰よりもアイドルの動きを見てきた自分が適任だと考えていた。
「わかったわ。イナコはセンターで配置するよう、積極的に検討します」
「おい、なんだそりゃ!」
一同から笑いが起こる。
三人のユニット。ステージに立つと、当然左、右、中央と三カ所のポジションができる。どこに立っても観客の目に触れるのは間違いないが、センターが一番緊張するというのはイナコにも何となく想像でイメージできる。
曲と振付のことが決まり、ユキの話が少し途切れたところで、キセキがテーマを変える。
「話はまったく変わるんだけど、マオナとリサチのスパイ活動状況はどうかな?」
「ス、スススパイ活動って、正式名称になっちゃったんですか! まだ、だ、大それたことはしてませんが……。やっばり国王家の闇、と、特に。ナバス以外の惑星から文化を、ぬす、盗んで……? あああいや、真似! 真似している件。その証拠を追うための、題材を探しているところですね……はい」
「言い換えなくても『盗んでる』って合ってるだろ。本当にあの仮説が正しいとしたらな。だからこそ重要な仕事だ」
突然振られたリサチは、盛大に噛んでしまった。温泉のリラックス効果も、あがり症は癒やせないようだ。
「うん、そのテーマは続けて調査してほしい。ただ、結論を出すには長い時間がかかると思う。ゆっくりやってもらっていいから、並行して頼みたい別の調査があるんだ」
「ふうん? どんな調査?」
「ズバリ、キャッシュレスに関する調査全般だね。私達はドモドモでバイトしてるから、何となく現場というか、現金周りの動きとか、カード決済の仕組みなんかは雰囲気はわかってきた。でも、わかるのはそこまでなんだよね。それ以上の情報がほしい」
「フフッ。ザックリしてるね。具体的にはどんなこと?」
マオナに『具体的に』と言われ、せっかくメモに書いていたのに温泉までは持って来られなかった事情を嘆くキセキ。ただ、頭の中でもある程度整理されていた。
「私達はこれから、皆にカードじゃなくて現金を使うよう促していかなきゃいけない。方法はまだ検討中だけど……。だから、現金のメリットやカードのデメリットを押さえて、そこを人々に説いていく必要がある。その情報を、現場レベルだけでなく、他の目線でも調べて教えてほしい」
「なるほど。カード決済のデメリットはあまり語られることがないけど、当然手放しで褒められるものではなくて、何かしらのリスクもあるでしょうね。いいわ。そのへんはリサチのほうが得意でしょう」
そう言ってマオナがリサチの肩を叩くと、リサチは飛び跳ねるように驚いた。その様子にマオナは普通の女子と同じように笑った。
そしてキセキの方を向き直し、今度はいつもの含みを持たせた不気味な笑みを浮かべながら口を開ける。
「私は政府のキャッシュレスに関する動きを追いかけるわ。カード決済を促進したいんだから、当然カードを使う事業者や利用者に便益を与えようとしてくるんじゃない? 次は。フフッ。メディアより先に、国の思惑を掴んでみせるわ」
「確かにそれは超有益な情報だけど……メディアより先になんて、そんなの可能なの?」
「何言ってるのよ。“スパイ“って命名は名ばかりだったの? 正攻法でやるわけないでしょ。泥船に乗った気で待ってなさい」
「大船に乗りたいんだけど……」
「タダでいい船を買えるわけないでしょ。……なんてね、フフッ。冗談よ。バレないようにやるから安心して」
謎の自信に満ちあふれたマオナを見て、彼女は一体どんな人生を歩んできたのかと、キセキは恐ろしく感じた。スパイかどうかはわからないが、それに類することを経験した者でないと生まれない自信だろう。
話が終わったところで、イナコが一番の本題を切り出した。
「そんで、目下の最重要課題は……初のライブってのを、どこでやるかっつー話じゃねえか?」
曲も揃った。振付もこれから練習する。アイドルデビューへの道は着々と進めているのに、肝心の活動場所が決まっていなかった。サフィーの言っていた“営業力“の重要性が、ここにきて一番大きな課題となっていることを思い知らされた。
「うーん、まずはゴッズドアの路上でゲリラライブからスタートになるかしらね……。まずは聴いてもらわないことには始まらないから」
「ええっ、絶対道行く人に笑われるよ! 恥ずかしいなあ……」
ギターの弾き語りなどとは異なり、可愛い服を着てダンスまでやるとなると、視線を浴びることになるのは間違いない。しかしこの場合『好奇の目にさらされる』という表現が正しいだろう。
晴れていた空が、突然曇り始める。いや、三人にはそう見えただけなのかもしれない。
案がない以上は路上ライブをやるしかないかと、三人が諦めて覚悟を決めようとした、その時だった。一筋の光がスーッと雲間から差し、その光を追いかけて見ると、自分達の背後に立っている女子生徒が見えた。
「あのー、皆さん、ライブがしたいんですか?」




