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第十八話 サフィーP感情暴走! メグミ、実力裏付けるデモ曲披露

 休日、昼食後の三人は寮の多目的室でメグミが来るのを待っていた。

 寮には各居室や大浴場の他、体育館や多目的室、会議室まである。部屋はそれぞれ予約制で、寮の管理人に言う必要があるが、利用は無料だ。

 小さな魔法ならそれぞれの部屋でできるし、逆に大技を練習するなら広い体育館が必要で、多目的室はなかなか使いどころがない。チーム制で魔法を使う授業の前にはミーティングをしたりもするが、会議室が複数あって机もあるのに比べ、多目的室には何も備品がない。そのような理由から、大抵は空室となっていた。


「すまん、待たせてしまったな」


 そう言って現れたのは、またまた目に大きなクマをこしらえたメグミだった。後ろには至って健康そうなワカナも付いており、その対比でメグミがさらにやつれて見える。


「何だよ、お前に呼び出されたから来たんだぜメグミ……っと、文句の一つも言ってやろうと思ったが。それどころじゃねえなお前、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。すまない、部屋の予約をこの時間に取っていたから、死ぬ気で間に合わせようと思ったんだが……ちょっと遅れてしまったよ」


 そう言って右手を右膝につけてうなだれるメグミの左手には、ケースに入った一枚のCDが握られている。そしてワカナは、重そうなCDラジカセを両手で持っていた。


「メグミ、それってまさか!」

「お察しのとおり。君達の記念すべき一曲目、と思って作ってみたんだ。まだ調整も何もしてないから、素案といったところなんだが……」


 メグミがすべて言い切る前に、三人は早足でメグミの許に駆け寄った。


「すごい! これがデビュー曲か~。頑張ってくれたんだね、メグミ。ありがとう!」

「おい、まだ聞いてもいねえだろ。早く聴かせてくれ早く」

「デビュー曲っていうのかしら。いや、デビューの定義はやはりCDを発売してからになるのかしら」


 三人は魔法学校の合格発表以来ともいえる喜びようで、一曲目のお披露目を歓迎している。これだけ喜んでもらえるのは、作者冥利に尽きるといったところで、その反応にメグミもホッと胸をなでおろした。


「まだ完成じゃないから! 焦らないでほしい。でもまあ、曲の雰囲気を聴いてもらう意味で。もしイメージと全然違っていたら困るしな」

「勝手なイメージは作ってないわ。大丈夫よ」


 ワカナがラジカセを長方形の部屋の短辺の中央に直置きする。木製の床にはよく響きそうだ。

 メグミはラジカセの天板、CD挿入口の右下部分をポチッと押下し、開いたところに何もプリントされていないCDを挿入する。


「懐かしいわね、ラジカセ。私も家にあるやつ、持ってこようかしら。最近はスマートフォンに音楽入れられちゃうものねえ」

「そうだね。私も外で聴く時はスマホだなあ。そういえばスマホも王宮省発案の技術で、サンブックでしか流通してないみたいだね。海外からも注目されてるみたい。リサチが言ってた」


 ユキとキセキはまだ余裕があるのか、口数多くCDの再生を待つ。対照的に、イナコは緊張しているのか、黙ってラジカセをじっと見つめている。

 メグミは曲の公開に慣れているが、顔を出して自分の曲と言うのは初めてで、リルリバへのアップロードとは全然違う緊張感を味わっていた。


「うむ。モニタリングというんだが、私は自分の曲を調整する時、色んな機械で聴いて試すんだ。もちろん部屋には専用のスピーカーがあるが、スマホで聴いたらイマイチというのでは、皆に喜んでもらえないからな。私もスマホとか、あえてこういう古い機器で聴くこともあるぞ」


 うんちくで引き延ばそうとするが、三人は既に私語を慎んでメグミを見つめている。この辺りが限界のようだと察した。


「じゃあ、いくよ」


 そう言ってメグミは再生ボタンを押した。


 前奏から飛ばしている。

 航空機のように重厚感があるシンセベースが、紙飛行機のように軽やかに走っている。その飛行機の挙動を落ち着かせるように、真上で指揮を執るドラムスは、パイロットそのものだ。

 細かいハイハットの動きと時折不規則に連動する二本のギター。右翼にはワウの効いたエレキのカッティング、左翼には伸びのあるアコギのアルペジオ。機体の両翼バランスをうまく取っている。


 Aメロからはメグミの歌声が入っている。

 ドロップのボーカルは非常に特徴的で、音楽関係者でも再現が難しいと言われるほど、複雑なエフェクトがかかっていることで有名だが、この歌は生声そのままのようだ。おそらく三人が歌う部分だから仮で入れたのだろう。いずれにせよ、地声からは想像できない、趣のある美しい歌声だ。


 一般的なポップス等の楽曲は、Bメロを経たりして、いかにも今からサビがくるということを予感させるが、メグミの楽曲にはそのポイントがない。

 しかし、確かにサビのメロディラインは間違いなく一番甘美な響きで、まったく物足りなさを感じさせない。記念日にさり気なくサプライズを渡す恋人のような、憎い演出に大満足だ。


「うん、大満足。聴き惚れちゃうわあ~」


 そう思わず声を漏らしたのは、扉を少しだけ開け、ひっそりと部屋の外で聴いていたサフィーだった。

 サフィーは感動する出来事かあると、感想ををポエムのように交えて一人で脳内レビューを始めることがある。脳内で留めておけば良いのだが、感動が頂点に達すると無意識に口から出てしまう癖を持っていて、映画鑑賞で友達を失った経験もあるほどだった。


「あっ、まずいまずい……。多分何か言ってたよね、今……」


 悪癖に自覚はある。苦い過去を思い出しかけたところで、それをかき消すようにパンパンと頬を叩いて部屋に入室した。

 生徒は皆メグミの許に駆け寄って感想を言い合っている。メグミにとってはお褒めの言葉ばかりだが、面と向かって品評される恥ずかしさに慣れず、はにかんでいる。


「オ、オホン」

「あっ、先生! お待ちしてました」


 誰にも気づいてもらえない居心地の悪さにしびれを切らし、咳払いをしたサフィー。それを、渡りに船を出してくれたものと勘違いし、メグミが会釈をしながら必要以上に大きな声で挨拶をした。


「先生、どうしてここに? 今日って休日だよね」

「キセキ、決まってんだろ? 新曲のお披露目に来ないプロデューサーがいるかっての」

「イナコさん! だからプロデューサーじゃないって何度言わせればわかるんですか」


 イナコは半ば冗談でプロデューサーと呼んでいるが、呼び続ければ既成事実にならないだろうかという気持ちがあり、根気よく呼び続けることに決めている。サフィーにとっては迷惑な話だ。


「つっても、わざわざ見に来てくれたんじゃねーの? なあメグミ」

「ん、まあね。サフィー先生が三人のプロデューサーをやっているって聞いたから、休みの日で悪いけど、ここにお呼びしてみたんだ。特に断られもしなかったから、てっきり本当だと思ってたんだが……」

「プロデューサーというのはイナコさんの妄想です。ただ、私は校長から三人の面倒を見るよう指令を受けているから、仕方なく来ただけです。休日出勤手当、ちゃんとつくのかしらこれ。まったく……」


 最後は生徒達に聞かせまいと小声で話したが、サフィーの声は自分が思っているよりよく通る。生徒達は教師の職務環境を慮ったが、それでも来てくれているサフィーをたいへん立派に感じた。

 サフィーは生徒寮の隣にある教師寮に住んでいるので、距離としては近いのだが、それでも休日を潰して来てくれるのは非常にありがたいことだ。


「まあまあ先生。とにかくありがとうございます。先程メグミさんの曲は聴かれていましたか? とても素晴らしかったんですよ」

「ええ、聴いていましたよ。この間、作曲家が見つかったってイナコさんに聞いて、失礼ですけど正直学生の馴れ合い活動で終わると思っていたんです。でもそれは、まったくの見当違いだったのでした」


 サフィーの話しぶりに、生徒達はどこか小さな、説明できない違和感を覚えた。


「リルリバで有名な作曲家と聞いて、私はいそいそとアプリをダウンロードし、ドロップという投稿者の曲を聴いてみたのです。するとどうでしょう。本当にこれが十六歳の作品? 私は耳を疑いました。誇張表現抜きで、この腕はまさしくプロ級」

「あのー、先生……?」

「シンセから放つ太い音、あえて僅かにタイミングをずらす憎いリズム、応用を加えた斬新なコード進行。異端児を気取っているようで、実は思いやりのある音圧調整……。すべてが洗練されたテクニック」


 最初は目を瞑りながら話していたサフィーが、次第に目を斜め上に向けて開け、右手を胸に当て、左手は手のひらを上に向けて視線のほうに伸ばして語り始めた。さながらオペラ歌手のようだ。

 ここで生徒達は確信した。先程の違和感は正しく、先生が何かおかしいと。


「そう、彼女はR&B界の期待の星。リルリバに巻き起こした新風を、さっきの曲でも間違いなく感じ取ることができた。それはあなた達も同じよね、ユキ、イナコ、キセキ。このエッセンスを活かすも殺すも、あなた達次第なのよ」


 そう言って最後には両手を三人のほうに差し出した。プレゼントを渡すような格好だが、手には何も載っていない。

 据わったような目をしていたが、唖然とする生徒達を見て、次第に自分が何をしていたかがわかってきた。感動冷めやらぬうちに、また恥ずかしい振る舞いをしたに違いないと。


「えっと、先生……」

「あ、い、いや、その、何というか、そのですねえ」

「いや、先生の気持ち、言わずともよ~くわかったぜ! メグミの曲は素晴らしい。これを活かせるように、私達も歌とかダンスとか、精一杯の練習をしなきゃ駄目ってことだよな」


 そう言ってイナコはサフィーに歩み寄る。サフィーは妙な振る舞いをしたことを馬鹿にされるのではと心配していたが、言いたいことは生徒に伝わったようだ。気持ちがこもっていれば、生徒は共感してくれるものだと、地獄で仏に会ったかの如く、歩み寄るイナコに自分からも近づいた。

 しかし、イナコはそこまで甘い女ではなかった。握手するように見せかけて、サフィーの手を引っ張り、耳元でそっと囁く。


「もちろん『サフィープロデューサーの指導のもと』でな。いやあ、嬉しいなあ。プロデューサーの演説、身に染み入りましたよお」

「あ、ああ、ああああああ」


 今度ばかりは、イナコの冗談を否定できない。拒否すれば、学校中に自分の妄想癖をバラされてしまう。その脅しをかけていることは明白だった。恐怖に脚が震えている。


「プロデューサー、改めて今後とも、ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」

「お、お願いしまーす」


 生徒達はサフィーにまったく恨みはないのだが、話の流れを読むにここはイナコに乗ったほうが面白い。校長と繋がっているサフィーを味方につけることは必ず今後のプラスになると、先日も話し合っていたところだった。


「わ、わかりました……。何をしていいかわかりませんが、私もできることはやります。三人はメグミさんのような逸材が身近にいて、協力者になってくれたという運命に感謝しなさい。やるからには全力でやってもらいますよ」

「はい!」

「先生、音楽に滅茶苦茶詳しそうだし、私にも指導してほしいぞ」

「ドロップに私が教えられることなどあるはずがないでしょう」


 サフィーにも笑顔が戻り、一件落着。

 ドロップがリルリバに巻き起こしたR&B界の新風を、現実にも吹かせることができるか。生徒達には今後の壮絶な努力が試される。

 その試練の前に、サフィーはどうしても生徒達に言っておきたいことがあった。


「あなた達、さっきの私のこと、絶対に言わないでね? お願いだから。ねえ……」

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