第十四話 屋上での出会い、それは青春の予兆
サフィーは三限目の授業に向かったが、三人は未だ屋上で、ああでもないこうでもないと議論を交わしていた。
今日は三人が落とした『魔法実技基礎』の授業が五限目に控えているが、午前中は教養科目だけなので出席する必要はない。
ただ、話し込むうちに時間はみるみる進み、いつの間にか四限目終了の鐘が鳴り、昼休みの時間に入っていた。
「おい、話はちょっと後回しにして、とりあえずメシ行こうメシ」
「そうねえ。今日はどうする?」
「五限目には遅れられないし、購買でパンでも買ってサッと済ませようよ」
第一魔法学校は全寮制であることから、学費の中に寮の居住費や食事代も含まれたコミコミ料金になっているが、平日の日中、学校での昼食代だけは含まれておらず、各自の実費負担となっている。よって学校の食堂で食べるか、購買のパンや弁当を買って教室等で食べるかを選択できる。
寮の食事は朝はバイキング方式、夜はメインディッシュを二択で選べる方式だが、固定料金の食事なので大きく差はできない。それと比べて食堂のメニューは価格帯の幅も広く、自由度が高い。
全校生徒数二百七十名の学校ながら、採算度外視で頑張っているのは、寮生活で息が詰まらないようにとの学校側の配慮だった。
食堂の評判は良いが、少し出遅れると混雑に巻き込まれることがあるため、購買を回避策として活用することもある。
「そうすっか。んじゃ行こうぜ」
話し込む途中で疲れてしまい、地べたに座っていた三人は、重い腰を年寄り臭く持ち上げ、お尻をパンパンとはたいた。
すると、屋上の扉がまたガチャリと音をたてる。サフィーが様子を気にして来てくれたのかと思ったが、どうやら生徒のようだ。
屋上は開放されているとはいえ、普通は授業中に来ることはなく、ベンチも何も設置されていないので、休み時間にも生徒が好き好んで来るような場所ではなかった。
同級生と顔を合わせたくない三人にとっては、人が来ない場所というのは好都合でよく来ていたのだが、人が来るのは久しぶりだった。
「あ、どうも。私達、同じ学年の……わかるッスかね?」
屋上に入ってきたのは四人の同級生で、自分達がいるのを知っていたような口ぶりで話しかけてきたことに、三人は面食らった。
一学年一クラスで、同級生は全員同じ教室で授業を受けるので、顔は見たことがある。同級生に興味がない三人はあまりクラスの現状がわかっていないが、グループでいうと派手すぎず陰気でもない、いつも同じ面子でつるんでいる人達といった印象だった。
誰も質問に応じようとしないので、一番歳が近いであろうキセキが、同級生と話すには不相応な警戒心を抱きながら応える。
「あ、あの、うん。ごめん。名前は覚えてないけど……」
「あっ、大丈夫ッス! 突然話しかけてすいません。皆さんがここにいるかもって、サフィー先生に聞いたもので」
やはり自分達を訪ねてきたようで、三人の警戒心はさらに高まる。サフィーは何勝手に言ってくれてるんだ、余計なことをするなと思いながら、同級生が何をしに来たのか各々推理し始めた。
しかし、教室では大人しく過ごしている三人が文句を言われる筋合いはない。まだクラス行事のような、小っ恥ずかしい言い方で三人は嫌いだが、クラスの“絆“や“団結力“といったものが試される機会もないので、不真面目さを注意される言われもない。
唯一あるとすれば、今日の二限目以降の授業をサボっていることだが、それを注意しに来るならあの“真面目の権化“とも言うべき学級委員長、セリアの役割だろう。
そうこう考えても答えが出ない。同級生達も緊張しているのか、なかなか次の言葉が出てこないので、沈黙を破るために仕方なくキセキが切りだした。
「私達、何かやっちゃったかな? ごめんね、記憶になくって……」
心当たりがないわりに、加害者意識の高さが凄い。昨年一年間、先生相手に色々謝りたおしてきたキセキは、同級生にすら素直に対応できなくなっていた。
「ええっ、どうして謝るんスか? 何も悪いことされてないッスよ」
何も悪いことをしていないのに謝るという行為を、てっきりウケ狙いのネタだと解釈した同級生達が、申し訳程度に笑い声をあげる。
「あっ、そうなんだ! いやごめんごめん、てっきり怒られるのかと思ったよ。じゃあ、私達に何か用があったの?」
「はい。用というか、ちょっとお話してみたいなあって。これ、よかったら皆で食べませんか?」
キセキの本意ではないネタでアイスブレイクできたところで、同級生の一人がビニール袋に入った大量のパンを見せる。どうやら先程購買で買い込んできたものらしかった。
「えっ、そんな……悪いよ。私達も今から買いに行こうと思ってたところで……」
「いや、もう買っちゃったんで! 余っちゃいますし! ここは助けると思ってどうか何卒!」
随分と押しの強い女子だ。ここまで言われて断るのも感じが悪い気がしたので、提案を受け入れることにした。
「そ、そこまで言ってくれるなら……ごめんね、わざわざありがとう」
「「ありがとう」」
ユキとイナコも、キセキの謝辞に合わせる。付き合いのなかった同級生との、何とも不思議な食事会が始まった。
「何でも食べてくださいッス! 購買のパンって、最後のほうに並んでたら種類が減っていくじゃないスか。だから私達は、五人かわりばんこで買う役を決めてて、当番の人が五人分まとめて買うことにしてるんスよ」
「なるほど。五人分……あれ? 今日は四人なの?」
「はい。一人滅茶苦茶食う人がいるんスけど、今日は体調不良で休んでて。その人が三人分食べるんで、実質七人分いつも買ってるんス。だから気にしないで、ああ飲み物も買ってあるんで」
そう言いながら、一人が大きなレジャーシートを広げ、その中央にパンとドリンクを置き、皆で周りを囲んだ。
「いやあ、いつもは教室で食べてるんスけど、実は皆さんがよく屋上に行ってらっしゃるのを見てて、私達もやってみたいなって思ってんス。だからレジャーシートも買って」
「ああ、なるほど。ははは……」
三人が屋上によく行くのは確かだが、いつも地べたに座って、立ったら埃をはたくだけだ。押しの強い女子に”女子力”で完敗し、自分達が少し恥ずかしくなった。
「そうそうそれで……って、あ! 私ったら喋ってばっかりで、自己紹介すらまだでしたッスよね。失礼しました。私はメイディーッス。よろしくお願いしまッス」
メイディーに続いて、ワカナ、リサチ、マオナがそれぞれ名乗った。自分達も伝えようとキセキが口を開こうとしたところ、メイディーが驚いたように両手を広げて前に出し、制止する。
「いやいやいやいや! お三方のことはよく存じてるッス。ユキさん、イナコさん、キセキさん。皆さん紙幣の肖像画になってて、本当に凄いッス。先程もキセキさんをお二人、使わせていただいたんッスよ」
サンブックの物価水準だと、購買のパンなら種類にもよるが一個百円から百五十円程度といったところで、女子ならせいぜい二個か三個くらいしか食べないので、七人分なら飲み物を入れても二千円台で済むだろう。自分を二人使ったのいうのは初めて聞く表現で、なかなか粋な言い回しだとキセキは感心した。
「使ってくれてありがとう。その話、学校の皆としたことなかったから、皆から何か嫌なふうに思われてるのかなって、かなりへこんでたんだ。嬉しいよ」
「そうなんスか? いやあ、私達も本当は声をおかけしたかったんスが、紙幣の肖像画になるだなんて、雲の上の存在というか、そんなやすやすと接してはいけないと、自制していたんッスよ。皆もそうだと思うッスけどねえ」
「そんなふうに思われたんだ。いや、全然そんなことないんだけどね。肖像画に選ばれたのも、ニュースになってたような前向きな理由じゃなくって、ただ単に私達が前の肖像画の人物の子孫で、かつ魔法学校を一年生で留年するような落ちこぼれだから、それを利用して現金をなくしていこうっていう、馬鹿みたいな理由なんだよ。だからさ、敬語もいらないよ。同級生なんだしさ」
キセキが饒舌に語るが、その笑顔はやや引きつっている。しかし、それを聞いたメイディーは目を潤わせて、突然キセキの手を掴んだ。
「キセキさん、自分、感動したッス! 実は一限目の後、校長室の前で我々は聞いてしまったんス。肖像画になった本当の理由を! それはまだ誰にも伝えてない、隠したいことのはずなのに、キセキさんは自ら我々に伝えてくださった! 我々を信用してくださったんスね!」
突然一人称が『自分』になったこと、校長室での話を聞かれていたこと、ただ自暴自棄になって暴露しただけなのに勘違いで感動されたこと、驚くことばかりでキセキは頭の回転が追いつかない。
そんなキセキを見て、メイディーの横に座っていたワカナが、メイディーの頭を掴んで前に倒した。娘が悪いことをした時に謝らせる母親の姿そっくりだ。
「ごめんね~突然。この子ったら無神経で」
「ああいや、ちょっとビックリしたけど、大丈夫だよ」
「敬語はいらないって言ってくれたから、普通に話すわね。率直に言うと、入学式にいなかったから、あの三人は留年生なのかなあって、皆の間で噂にはなってたわ。でも皆が話しかけなかった理由はそこじゃなくって、肖像画の件だと思うわよ~。さっきこの子が言ったとおりで」
キリッとした眉でハキハキ喋るメイディーとは対照的に、ワカナは少し垂れた目尻といい、フワッとした言葉遣いといい、優しい母親の印象がピッタリ似合う女子だった。
「そっか。私達留年してるから皆より年上だろうし、それもあるのかなって思ってたけど」
「それはないわよ~。少なくとも私達には。だって私達、メイディー以外皆浪人生だし。キセキちゃんと同い年のはずよ?」
キセキは自分と同い年が数多くいたことに安心した。ユキやイナコにとっても、奥手なキセキに話せそうな仲間ができるのは喜ばしいことだった。
ただ、ユキは別の心配で頭がいっぱいだった。場も盛り上がってきたところで、恐る恐る聞いてみる。
「ところで皆は校長室でどこまで聞いてたのかしら……?」
すると、ワカナの手をパッと払い除けて、メイディーが立ち上がって力説した。
「もちろん、三人の歌が校長先生に認められるところまで聞いてたッス! それでなんですが、自分達にできることはないのかなあって! 応援させてほしいんス! よかったら、今日の寮の夕食でお話しませんか? 六時に奥の席を空けて待ってますから!」
とにかく押しの強いメイディーに、三人は首を縦に振らざるを得なかった。




