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第十二話 アイドルに懸けるユキの想い

 校長室から抜け出した三人は、屋上に向かって走っていた。

 もう2限目の『数学Ⅰ』が始まっているのだが、そんなことはもう関係ない。昨年合格した科目の授業は、校長直々に欠席が許可されたのだ。


「ねえ、本当にサボっちゃっていいのかな!」

「いいんだよ! 校長がそう言ってんだからよ!」

「学年末試験をもう一度クリアできれば問題ないんでしょう? 実技以外は大丈夫だったんだし、大丈夫よね、大丈夫!」


 授業をサボるという初体験の背徳感に酔いしれつつも、本当にそれで良いのかどうか、個々人で判断するのが怖いので、確認し合いながら階段を駆け上がる。

 第一魔法学校の屋上は、転落事故の危険性から、文部省の全国的な指導によりしばらく立入禁止になっていたが、鉄製の柵が設けられ、昨年からはまた生徒が自由に出入りできるよう開放された。

 魔法学校とはいえど、箒や杖無しで落ちたら何もする術がなく大事故になるし、それを防ぐ魔方陣や見えないバリアがあったりするわけでもなく、思いのほか地味なものだ。入学直後の一年生は、まずこのあたりに想像とのギャップを感じる者が多いらしい。


「っしゃー!」


 一番乗りで登り切ったイナコが、勢いよく扉を開ける。続いてキセキ、ユキの順で到着したが、二人は手を膝について息を切らしている。イナコは腕力だけでなく、体力も常識離れしていると痛感する。


「ちょ……ちょっと……速すぎでしょ、イナコ……」

「五階ってこんなに辛かったかしら……?」


 不満を漏らしつつも、満面の笑みを浮かべる二人。

 イナコも笑顔のまま、まだ呼吸の整わないユキをいじることにした。


「ユキ姉さ~ん……アイドルって何なんすか! あっしら聞いてねえっすよ~!」

「あっ、それ! そうだよ。急に言われたからビックリしたよ。何で教えてくれないのさ」


 すかさずキセキも乗っかる。二人は頬を膨らませて怒ったポーズをとってはいるが、顔はニコニコしたままで、もちろん本気でユキを責め立てるつもりはない。

 しかし、当の本人は心に大きくダメージを負っていた。


「あ、あの、ごめんね? あの場でいきなりあんなことになるなんて、私予想もしてなくて……。せめて今朝、通学の時に言っておけば良かったわよね」

「いや、冗談だよ冗談、怒ってないよ! 通学の時にアイドルなんて話持ち出されても、それこそ冗談としか思わなかっただろうし、意味ないよ」


 本気でへこんでいるユキが可哀想になり、キセキはフォローを入れたつもりだが、さらにグサッとユキの心に突き刺さる。ユキにとっては、アイドル作戦はかなり本気で考えたアイデアで、恥ずかしいという批判は承知の上だったが、真に受けられないというのは悲しかった。


「まあでもよ、水臭いぜ。本気でそう考えてたんなら、言ってくれりゃいいじゃねえか。嫌なら嫌って言うしさ」

「むっ……じゃあアイドル計画には賛成してくれるのね?」

「そりゃあもう……その、なんだ……なあキセキ?」

「うん……まあ、そうだねえ」

「ほらやっぱり! 『何言ってんだこの女、やらかしてくれやがって』って、そう思ってるんだ!」


 ユキは大きな声をあげ、両手を顔の前に当てて泣きだした。


「いや、冗談だって冗談! やるやる、やるよアイドル!」

「私もやるやる! 楽しそうじゃん、ね? いいと思う!」


 リーダーに泣かれたのでは、二人には立つ瀬がない。もはや覚悟を決めるしかなかった。本意ではない言葉でユキを盛り立てる。

 それを聞いたユキは両手を顔の前から離すが、泣いていた割には綺麗な顔で、二人は胸をなで下ろす。


「じゃあ、一緒にやってくれるってことよね?」


 その顔は既に笑っていた。二人の優しさにつけ込み、嘘泣き攻撃をかましたのだ。


「あっ、汚え! 騙しやがったのか!」

「女に二言はないわよね」


 イナコは表面上怒りの言葉をぶつけているが、本心ではユキが心を痛めていなかったことに対する安堵感が勝っていた。それだけユキのことを想っているのだ。

 キセキもイナコと気持ちは同じだが、やはり自分がアイドルとして活動するイメージが持てない。率直に、ユキがどこからその発想に至ったのかを聞いてみたかった。


「うーん、私もまともな対案も無いから、ユキの案に乗っかるしかないんだけど……。どうしてアイドルなの?」

「校長室で言ったとおりよ。尊敬できない、好きでもない人物が肖像画になってるから紙幣って価値がないよね、現金なんか止めてキャッシュレスにしようね、という方向に持っていきたいのが政府の戦略でしょう? だったら私達が皆に好かれる人間になって、皆の財布に入れておきたくなるような、そんな人になればいいのよ」

「うん、それはわかった。でも、それがなんでアイドルなのって……」

「キセキは皆から尊敬される人間になれる自信、ある?」


 唐突な逆質問にキセキは戸惑う。色々な国民性があるようで、海外には自信をもって発言することが好まれる国もあるようだが、サンブックという国は昔から、こういう時は主張せずに謙遜するのが無難とされる。


「少なくとも、今はないかな」

「そう。例えば勉強を頑張って学年トップを取ったら、同級生からは尊敬されるかもしれない。でもね、私達はこれから全国民を対象にしなければならない。ちょっと頑張ったくらいでは、普段関わらない人達の目にはまったく止まらないの。それこそ国民栄誉賞みたいな、国家レベルの表彰を受けたりしたら別でしょうけど、そういうのは何年も何十年もかけて研究や発明に勤しんだ人、スポーツで結果を出した人とかで、私達にはまったく見込みがないでしょう?」


 ユキは例え話を使い、順序立てて説明する。一度波に乗ると最後までコケないタイプだ。


「だから真面目にコツコツと尊敬できる人物を目指すのではなくて、全国民から好かれる人物になれる早道を探すのよ。紙幣発行停止の話が出るまで、何年あるかもわからない。モタモタしていると、現金使用量が少しでも減ったら、来年にも発行停止になるかもしれない。即効性が一番大事なの」

「なるほど。その即効性が最も高いのが、アイドルってわけか」

「そのとおりよ、イナコ。身近な人以外で私達が知っている共通の人物といえば?」

「そうだな……タイガースの選手なら皆大体わかってきたんじゃねえか?」


 ユキが求めているであろうアイドルの名前でも出すべきなのだろうが、あまりに優等生すぎる回答でもユキは満足しないかと思い、イナコは一つボケのクッションを挟んだ。

 真面目な話の最中だったので、ユキは素直に答えてほしかったが、怒って話を脱線させたくもないので、力技で持っていくことにした。渋い顔を強引に笑顔に引き戻す。


「そう。スポーツ選手とか、あとはタレントとか、アイドルよね。簡単にいうと『有名人』ってこと」

「急にアバウトな解説になったな」

「私達が有名になれる選択肢といえば、その中ではアイドルでしょう。今現在テレビに出られるコネがあるわけでもないし、あってもその機会を活かすには、トークが上手いか、歌や踊りが上手いか。何かしらの芸が必要なのよ。アイドルで経験を積めば、芸も身について一石二鳥でしょう」


 キセキは結局、最後まで押し切られてしまった。ユキの話術は教師に向いているのではないかと心の中で評していたキセキだが、営業職のほうが天職になりそうだと思い直した。何を売り込まれても買ってしまいそうな勢いがある。


「ユキの理論はよくわかった。降参だよ。でもさ、私なんかがアイドルになって成功できるかな? 私、背も小さいし、運動神経も良くないし、歌もそんなに歌わないし……自信ないよ」

「アイドルっていかにも可愛い感じの服着て踊るんだよな。私もこんなガサツな見た目で、お世辞にも自分にそんなのが似合うとは思えないぜ……」


 二人が弱気になっている。ここまではユキも予測済みだった。

 ただ、ユキは二人の素質を高く買っていたからこそ、アイドル作戦を思いついたのだった。


「キセキは今自分で言った自信のないこと、すべてが魅力に変わり得るポイントよ。背の小さい子が好きな人もいます。何でもできる子より、苦手なことを頑張っている子を応援したくなる人もいます。アイドルって皆が皆、百点満点じゃないのよ。それにあなたのたまに見せる笑顔はとっても素敵だわ」


 突然褒められて、普段は表情が少なめのポーカーフェイスも、ボッと赤くなった。


「イナコは髪を整えて、少しメイクもすれば、間違いなく可愛い服が似合う美少女になれます。私が保証します。そして運動もできるから練習すればダンスもできるし、声も通るから歌も映えます。実は私、昔からアイドルが好きでよく見てたの。その私が言うんだから安心してください」


 ユキがアイドル好きだったという事実に驚きだが、それよりも『私がアイドルに?』というドキドキで胸がいっぱいのイナコだった。


「当の私は、取り立てて何の自信もないのだけれど……。アイドルをたくさん見てきた、知識量だけはあるから、二人の足を引っ張らないように頑張るわ」


 ユキはそれこそアイドルに不可欠な美貌を持っているだろうとツッコミを入れかけた二人を、屋上の扉の音が制する。現れたのは、三人を追いかけてきたサフィーだった。例に漏れず、手を膝について息を切らしている。


「あ、あなた達……やっと見つけたわ……」

「ゲッ、先生!」


 授業をサボっているところを連れ戻されるのではないかと、三人の中でも特にイナコが大きなリアクションで身構えた。サボりに関しては常習犯というわけでもなく、むしろ三人は出席状況に関しては今までも真面目だったのだが、それ以外で怒られることが多すぎて、反射的に構えてしまうのだった。


「イナコさん、淑女たるもの『ゲッ』などという下品な言葉は慎むように。あと、別にあなた達を叱りに来たわけではありません」

「なんだ……」

「授業の欠席は校長先生が許可しましたから、あとは私からも各先生方に話を通しておきます。それより、私はあなた達の今後の活動の見守り役にされてしまったんです。だから早速助言をしに来たんですよ」

「見守り役って……えええー!?」


 三人は今日一番の驚き顔をまた更新した。

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