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第一話 固い決意! 留年トリオ、現ナマの意地見せろ

 苦しい。悔しい。許せない――。

 そんな負の感情をしこたま胸に抱えたまま、三人は慣れない作り笑顔でそれを誤魔化しつつ、レジの前に立っていた。


「いや、そりゃカードのほうが楽だもん。お釣りで財布ジャラジャラすんの嫌だし。なんでそんなこと聞くの?」

「あっ、いえいえ! 私、そこの魔法学校の生徒で、今『会計の方法』について研究してるんですよ」

「魔法学校の学生さんが? 変わった研究してるんだね……まあいいけど」

「ありがとうございましたー」


 市場調査の目的でアルバイトとして入ったファストフード店。世界的に展開する大規模チェーンが、この魔法の国『サンブック』にも進出してきたのは、もはや数十年前のことになる。

 かつては伝統ある古風な街の雰囲気を維持したまま発展してきたサンブックだが、今や海外の企業や有名店が並ぶのは当たり前の光景となった。

 この街『ゴッズドア』のような都市部では、レンガ造りの所謂“ザ・魔女の家“といった建物はすっかり影を潜め、鉄筋コンクリート造の高層オフィスビルが所狭しと立ち並んでいる。


「ヤバいぜ……。ひっきりなしに客が来る。流行りすぎだろ」

「ヤバいのはそこじゃないでしょう、イナコ」

「わぁぁあってるよユキ!」


 イナコは客に見えないように厨房の方を向きながら、押し殺すような声で答える。

 友人の父が経営する喫茶店が、斜向いに建ったコーヒー店に潰されたことを、未だに強く根に持っている。これまた世界規模で展開する海外資本のコーヒーチェーンだった。

 そんなイナコの気持ちも、姉貴分のユキはよくわかっているつもりだが、彼女らが直面している問題はそこではない。


「受け入れなきゃいけないのよ、外国のものも。もう昔のサンブックじゃないんだから」

「わかってるユキ。その件は別だ。そのとおりだよ」

「よろしい。では何が問題なのかな?」


 教師が指示棒を生徒に指すような素振りを見せるユキに、いつもなら得意のツッコミを入れてやるところだが、想像以上に事は大きい。

 得意気なユキの表情を横目に、ふうっと大きく息を吐き、イナコは真面目に、核心に触れる。


「……私らが思ってた以上に”カードで”金を払う奴が多いってことだ」

「流石はイナコ。一浪一留なだけあるわね」


 事情を知らない人にはとんでもない憎まれ口に聞こえるが、皮肉ではなく最大限の賛辞だ。

 国立第一魔法学校に入学するのに、ユキは二年浪人している。イナコは年下の同級生で、自分より早く学校に入れたのだから、それすなわち自分より優秀であるという、理論派を気取るユキらしい考え方だった。

 ユキは昨年見事留年し二浪一留。留年で仲良く一年生をやり直すことになったのはこの二人と、レジで一生懸命”研究”をしながら注文を捌いている現役入学で一留のキセキ、計三人。歳は一つずつ違えど、年下クラスに混じって授業を受け続ける彼女らの結束は、クラスメイトの白い目線が突き刺さるほど固くなっていった。


 上下関係なく敬語も使わないのは、イナコやキセキが礼儀知らずのお転婆だからというわけではなく、それだけ三人の距離が近づいた証拠だとユキは分析している。しかし、本人は気づいていないが、それは親しみやすいユキの人柄がなせる技であり、その雰囲気を作ってくれているユキに対し、イナコやキセキは言葉には出さずとも確かに感謝していた。

 こんな状況下でも一浪一留などという冗談をかましてくれる、心優しい姉貴分がなせる技と言えよう。


「ありがとよ、二浪の姉貴。喫茶店のことはもう引きずらねえ。私らのプライドは、あの”現ナマ”にかかってるんだから」

「あなたの切り替えの早いところ、私好きよイナコ」


 小さな頃から甘やかされた経験が少ないイナコは、ユキに褒められると素直に嬉しくなってしまう。

 少しバサついた金髪やハッキリした目つきが彼女を『怖い』と認識させるのか、落ち度も無いのに悪者扱いされることがあり、グレてしまった時期もあるほどだ。その時期に鍛えたおかげで、腕っ節なら間違いなく学校一なのだが、魔法には何ら活かせていないのが残念なところだ。

 イナコは褒められると毎度顔がほころび、そこをキセキに茶化されるのが日課といった具合だが、今日は一味違う。レジで会計する客を見やりながら、いつになく真面目に、冷静に切り出した。


「カードで払う奴が増えてるってことは、現ナマを使う奴が減ってるってことだろ。つまり、国の連中の思惑に皆が近づきつつあるってことだ」

「そうね」

「クソッ。まだ奴ら大して何の仕事もしてねえくせに、既にこっちのほうが旗色悪いってことかよ」


 そうこう話しているうちに、レジが少し捌けたようで、客が途切れたタイミングでキセキが二人の方を振り返る。

 白や赤を基調とした店の制服に、肩までかかった臙脂色の髪がよく似合っているのだが、背丈や顔が高く見積もっても中学校に入学したくらいにしか見えないので、客の大半には職業体験にでも来た子なのだろうと思われている。

 大人の女性らしいユキとは対照的に、しばしばあどけない子供のような言葉遣いを覗かせるのも特徴的だ。


「イナコ、何当たり前のこと偉そうに語ってるの。いいからレジ手伝ってよ」

「うるさいな。会計の研究中なんだろ魔法学校の学生さん? 研究結果はどうなんだよ」

「どうもこうも見ての通りだよ。カード使ってる人なんて見たことなかったのに、ここじゃ三割はカードって感じじゃない?」

「田舎じゃそもそもカード使える店すらほとんどないもんな……」


 どちらの生まれのほうが田舎か、などという無駄な議論はこれまでで散々済ませている。イナコが無神経なだけで、喧嘩を売りにきているわけではないだろう。仮に売られていたとしても、買うのは子供のすることだと、背伸びしたキセキは意にも介さず、素直に肯いた。


「確かに迂闊だったぜ。私、王国議会に呼ばれてあの話聞いた時、もちろん腸が煮えくりかえるほど悔しかったけど、そんなの無理だろって思った。現ナマを廃止して、カード決済率を一〇〇%にするだなんて話。ロンビーチでカード使ってる奴なんて見たことなかったんだから」

「ベアバレーでもほとんど見たことなかった。でもさ、あの腰抜け政府が一〇〇%にするなんて大見得切ったんだよ。あいつら、勝てる勝負にしか手を出さないんだから。ある程度見込みがあって言ってるんだろうし、進捗が悪ければ権力使って次々介入してくるだろうね」

「やっぱ戦力の格差ってやつかよ。笑えてくるぜ」


 意気消沈する二人。この姿を見て、姉貴分のユキは黙っていられるわけがない。ここまでは冗談で場を和ませるよう努めていたが、それが最善の手ではなくなったと見るや、直ちに本気モードに切り替える。

 この立ち回りの上手さがありながら、なぜ浪人や留年をかましてしまうのか、本人も周囲も未だ知る由もない。


「とにかく、都会の現状はわかりました。私たちが置かれている現状と、これからの方針については、バイトの後、寮で話し合いましょう。私たちのプライドを取り返すために、全力で作戦を練っていきます」


 イナコとキセキの二人には、ユキの藍色のロングヘアーが突然艶をもち、おっとりした目の奥に突然輝きが射したように見えた。丁寧語で流暢に淡々と話すなんて、ユキが本気になっているに違いない。二人は目配せしてその本気度を確認し合う。


 ――そう、事は大きいのだ。


 まさに今、隣のレジで客から一万円札が差し出され、五千円札と千円札がお釣りで出ていった。

 一万円札にはユキの顔が、五千円札にはイナコの顔が、千円札にはキセキの顔が、それぞれ確かにハッキリと描かれている。


 ユキは最後に絞り出すような声で締めくくった。


「私達、現金を廃止するために、紙幣の肖像画に採用されてしまったんですから……!」


 久々に見たユキの本気具合に、イナコとキセキは思わず目を奪われた。三十日前の議会の件以降、いつも通りのほほんとしていたように見えたが、心の中では闘志の炎を燃やし続けていたのだろう。

 ほどなくして、客が並んでいるのにくっちゃべっている三人を見た店長に大きな雷を落とされたが、留年経験者達がそんなことでへこたれるわけはない。


 学校ではひそかに”留年トリオ”の異名をとる三人。とんでもなく不名誉な事実だ。

 しかし、これを諦めて受け入れるか、はたまた抵抗して払拭するか。それは彼女ら次第だ。

 店を出た三人は、寮への帰路の道すがら、改めてその決意を確認し合う。


「ところでイナコの”現ナマ”って言い方、なんか古臭くない?」

「そうか? でもよ、国の連中も”現金”って言ってるし、違う呼び方したほうが反逆者っぽくてかっこよくないか?」


 なぜ違う呼び方のほうがかっこいいのか、イナコの価値観がよくわからない二人だが、刃向かっていく姿勢にはグッと感じるものがあった。


「そうね。現ナマ。かっこいいかも」

「よし。じゃあイナコ、キセキ、そして私ユキの留年トリオで。現ナマの意地、見せてあげましょう!」


 三人は往来で三角形状に立ち、中央で手を重ね、オーッと気合いを入れた。部活のような光景だが、彼女らが懸けるのは部活のような勝敗ではない。一言で表すなら人生だ。


 現金の廃止を阻止する。現ナマの意地を見せる。そんな野望を持った三人が動き始めた。

初投稿でございます。

拙い点が多いかと思いますが、お読みいただければ嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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