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陸 閻魔と円卓。

 話を進めようとした巴の肩を掴んで引き寄せ、俺は見下ろすような格好でコソコソと言う。


「おい……! 勝手に話を進めようとすんじゃねえよ……!」

「おじさん、話を聞いて無かったんですか? 悪霊を放置していれば、六道が穢れで滅亡しかけた時のように――」

「その穢れだとかいうのも知らねえってんだ! 順を追え、順を!」

「はぁぁぁ……分かりましたよ」


 何でそんなに面倒そうなんだこのガキ……。

 俺と巴が話しているのを驚愕の表情で見つめるエマ。そういや、閻魔は部下だって言ってたか。

 対等な立ち位置よりも大人と子どもとして接するのが驚愕に値するのか、それとも別の理由があるかは定かでは無い。

 巴がエマに向き直るのと同じくして、エマは巴ではなく、俺に声を掛けてきた。


「勢いで喜んだけど、あなた……京さん、だったかしら? 巴さんとお知り合い?」

「知り合いっていうか、まあ、そうだな。おう。知り合いだ」


 煮え切らない返事をすると、こちらへ進んできたエマはぐっと顔を寄せてきて眼鏡の奥から真っ黒な瞳で俺を見つめてくる。

 良く見なくとも美人な姉ちゃんに顔を寄せられたら、俺だって一歩も二歩も引くってもんだ。

 免疫が無いんじゃなくて、単純に腰が引けるという意味でな。免疫が無いんじゃないぞ。


「巴さんと知り合いなのに、ただの人間ね……。九重衆に雇われてる人って事でいいのね?」


 出た。九重衆。

 ()()()()と俺が思い込んでた人は、巴の部下って話だ。なんて情報量の多さだクソ。


「あぁ、閻魔さんよ。正直に言うが――」

「閻魔じゃなく、エマよ、エマ」

「あぁ、そうかい。じゃあエマさんよ、正直に言うが巴の知り合いって言っても今日の今日知ったばっかりなんだ。あんたは祓い屋について知ってるのかもしれねえが、巴達は知らねえらしいじゃねえか? 俺が協力するしないよりも、まずはそっちを解決すべきじゃねえか?」

「……ま、まぁ、そうね。京さんの言う通りだわ? でも、これを話せばあなたを逃がすわけには――」


 テレビか映画で聞くようなセリフを吐こうとしやがるなこの姉ちゃんは。

 と、俺はふっと湧いた苛立ちをそのまま吐き出す。


「ここまで連れて来られて逃げる逃げないとか俺が言えると思ってんのかよ? あぁ? アマテラスって神でも、こいつは女子高生なんだろ。なら大人として説明してやれよ。ガキに叱られるような事を大人がやってんじゃねえ」

「ぅぐっ……」


 喉が詰まったみたいに声を出せなくなったエマが、そろりと視線を巴に移せば、巴の視線とかち合う。


「たまには良い事言うじゃないですか、おじさん」

「うるせえな。あと〝弟に会う〟って約束、忘れんじゃねえぞ」

「わかってますよ」


 短く言葉を交わせば、巴は総立ちしている老人達に片手を振って、空いていたエマの席まで歩いていくと、そこにすとんと腰を下ろした。

 九と葉月はそちらについていき、器用に巴の左右の膝にちょこんと座りこむ。

 何というかまあ、堂々としている三姉妹なこった。

 それから、巴は空中であやとりでもするみたいに俺に向かって指をくるくると動かす。何やってんだと見つめている間に、巴の声。


「祓い屋……京さんから、悪霊をこの三途へ送るお仕事だって聞いてますけど、実際の所はどうなんです?」


 巴が話し始めると、老人達は各々の席へ座る。

 円卓の中央には何やら不思議な銀色の球体が浮かんでおり、それが光を発して空中に映像を投影し始める。

 映像には、俺の知っている人物が数人映っていた。別の祓い屋の奴らだ。中には俺によく突っかかってくる屋敷で顔を合わせた小太りの女もいた。


「浄玻璃に映ってるこれが祓い屋と呼ばれている人間達よ。彼らはこの六道に干渉するための微弱な〝神気〟を生まれながらにして持っていて、自分達の間で霊力と呼んでいるらしいわ。恐らく、人間道で生を終えた後は天道の神に属す神使となる種ね」


 銀色の丸っこいのが、()()浄玻璃の鏡ってわけか。罪人を裁く為に生前の行いを見るとかいう。

 まぁ、巴も俺が知ってるあの世とは違うって言ってたし、それはいいか。

 それよりも気になるのは神気とかいう妙な単語だ。俺はぼけっと突っ立ったまま遠慮がちに手をあげる。

 気付いたエマの「何?」という短い声に、端的に質問を返す。


「神気ってなんだ?」

「六道に干渉するための力よ。事象を改変する神の力、とでも言えばいいかしら」

「神の力……マジかよ……お、俺にも霊力があるんだが! これも神気って言うのか?」


 鼻息荒く問えば、エマの代わりに巴が「えぇ、そうですよ」と答えた。

 しかし、エマは不思議そうな顔で巴達と俺を交互に見る。どうしたんだと目配せで訴えれば、エマは困り顔で唇を歪めた。


「……巴さんが九重衆を越えて連れて来たから、てっきり〝そういう人〟なのかと思ってたんだけど」

「んだよ、そういう人って」


 言い淀むエマだったが、代わりに九が巴の膝の上で事もなげに言い放つ。


「元罪人、という意味じゃ。九重衆とは巴が昔に浄化した大罪人の集まり……今は武神として、ワシらの神使をしておるがの」

「罪人だぁ? じゃあ、なにかい。エマさんには俺が罪人に見えるってことか。っていうか九重さんも罪人なのかよ……」

「っくく、その髭面にくたびれた服……煙たい匂いはおおよそ健全な人であると見えんじゃろうて」

「なっ……」


 思わず襟元を正しながら、ぱんぱんっと服の皺を叩く俺。

 幼女二人にクスクス笑われてバツが悪い。

 下を向いて溜息を吐き出せば、気を取り直して、と言わんばかりのエマの咳払いが耳に飛び込む。


「んんっ、いいかしら? この浄玻璃に映ってる以外にも祓い屋は存在するわ。私が人間道に送り込んだ九重衆が、神気を持つ人間を集めて、力を補助する形で干渉しているの。祓い屋の活動はたったひとつ……死してなお人間道に居座って、他の御霊を食らおうとする〝悪霊化した御霊〟の強制送還のみよ。これを人間道では〝除霊〟と呼んでいるみたい。そ、れ、で……巴さんに話さなかったのは、ええと」


 巴にとっての本題はここだ。越権行為、とでも言うべきか。与えられた範囲内の行動ならば巴があそこまで電話口で怒鳴りつけて九重衆を呼ばなかったわけで、飯を食ってすぐにあの世に出向く事も無かったわけだ。

 否が応でも巴の眉が八の字に歪む。


「御霊の悪霊化は昔からあったけれど、そこまで酷いものじゃなかったから、時間がたてば戻るものだと思い込んでいたのよ。やっと三人が一緒になったんだから、邪魔するべきでもない、って……」


 しばしの沈黙。数分の間、円卓を包むのはいくつかの呼吸音だけだった。

 俺の知らない事情がいくつもあるんだろうが、それに口を挟む程俺も馬鹿じゃない。どうこう決めるのは、巴達だ。

 初対面ではあるが、エマの表情にも嘘は見られない。閻魔が嘘を言っているかどうか、人間の俺が見極めようとしているなんておかしい話だが。

 たっぷりの間の後、巴は盛大に溜息を吐き出して九達を両手に抱きエマに言った。


「エマさんが困ってるっていうなら助けますよ。そりゃあ、文句くらいは言うかもしれませんけど……知らない人じゃないんですから」

「巴さん……」


 ぱあっと表情を明るくしたエマは、フチなし眼鏡を指で押し上げてから、浅く頭を下げた。


「勝手な行動については謝るわ。改めて……協力してくれないかしら、巴さん」

「……わかりました。でも、私達の生活もあるので、主力は京さんになりますよ」

「巴さんが連れて来たんだから大丈夫でしょう。私も出来る限りの協力はするわ!」

「人間道でエマさんが直接動くわけにもいかないでしょうし、京さんを通して……で、問題ありますか?」

「いいえ、十分よ。私の力を京さんに分け与えて――」


「ちょちょ、ちょっと待て。おい、待てお前ら。おいこら」


 あっぶねえ。また凄い自然に話が進む所だった。感動のシーンからの解決みたいな感じにしてんじゃねえぞちくしょう。

 俺は舌打ち混じりに巴に向かって言う。


「あの世まで来ておいて怖気づいたって訳じゃねえがなあ、俺の承諾なしに話しを進めようなんざ勝手な真似はさせねえからな」

「弟さんと会う事を交換条件にします」


 一瞬の間も置かずに口を開いた巴。


「なっ……それこそ待てよ! そんなの交換条件になるか! 弟に会いに行くってのは詫びの代わりだったろうが!」

「そうでしたっけ? まあ、私は別に会いたくないっていうならそれでも……」

「こ、んのガキ……神だか何だか知らねえが大人を舐めやがって……!」


 俺が巴に向かって歩み寄ろうとした、まさにその時だった。

 巴が何かを引っ張るような……温泉宿で俺が落とした煙草の灰を空中で止めた時みたいに、指をくんっと曲げた。

 それに合わせて、こんこん、とノックの音。


「――会議中、失礼いたします。管理局にて先日より大挙しております御霊の登録が完了しましたので、ご報告に参りました」

「あ、あぁ……ご苦労様。多財はまだ忙しそう?」


 部屋の隅っこにあった扉が開き、ぬうっと顔を覗かせた角の生えた男。

 エマがその男に話しかければ、淡々と事務的なやり取り。


「はい。流入しております御霊の数が数ですので、畜生道や餓鬼道に新たに建設される住居の申請に追われておりまして」


 葉月の「餓鬼道も忙しそうじゃのう」という呟きから察するに、鬼、なんだろう。そりゃ角を見りゃ、だろうなって感じだ。

 そうじゃない。俺はその鬼を知っているんだ。見覚えがある。


「ぁ、お……お、い……お前、正一しょういち……か……?」

「何で私の名前を知っ……て……に、兄ちゃん!?」


 口をついてでた俺の声に、鬼が顔を向けた。

 はじめはぽかんとしていた鬼だったが、だんだんと目を見開いて、両手に抱えていた紙束を取り落とす。

 エマや老人達がぽかんと見ている中で、巴だけが変わらない声音。

 いや、変わらないってのは嘘だ。見なくたって、声だけでニヤついてやがるのが手に取るようにわかる。





「縁っていうのは、やっぱり切れないものですねえ」


 俺の思考が悪態をついた。

 クソガキめ、知ってやがったな、と。

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