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弐 長良とかいう姉妹

「んで……お前らはどっかに所属してる祓い屋かい。呪いを前にしたって随分と涼しい顔してたが?」


 屋敷兼温泉宿となっている広い敷地の一角にある和室で胡坐をかいて三姉妹を睨みつける俺。

 そんな俺から心底鬱陶しいですって感じで顔を逸らしやがる三姉妹。


「あのなぁ……さっきからだんまりじゃねえか……祓い屋にだって守らなきゃならねえルールってもんがあるだろ?」

「そんなもの知りませんね」

「……やっと口を開いたらそれかよ」


 長女らしい女子高生は依頼者――女将だったらしい――が運んできた食事を口へ運びつつ、黒髪の妹が料理に舌鼓を打つ言葉には笑顔で返す。


「ほぉ、これは中々美味いのぉ」

「ふふ、遠くまで来て良かったね。お母さん達も許してくれたし」


 姉を挟むように座っている反対側の白髪頭の妹は病気、か? 目も赤いし……いや、それとこれとは無関係だから聞くのも野暮か。


「姉上、この煮つけも美味いぞ。よぉく味が染みとるわい」

「お箸で簡単に崩れちゃうね」

「な、なぁ……おい。飯を食うのはこの際、いいからよ……せめて所属だけでも……」

「別におじさんには話しかけてないんですけど」

「っぐ……」


 さっきからこの感じであしらわれ続けているが、根気よく聞く俺にだって理由はある。

 このガキどもが祓い屋なら、口が堅いのも頷ける。


 祓い屋に敷かれた絶対的掟があるのだ。

 一つ、祓い屋同士は直接的に争ってはいけない。

 たったこれだけだが、この解釈っていうのがまた難儀なもんで。祓い屋同士である事が確認できなきゃ争っていいじゃねえかって奴がいくらか居て、それが〝宗家〟にバレたらまずい事になる。

 具体的には――霊力を剥奪されるのだ。俺はそれを目の前で何度も見て来た。


「なぁ……祓い屋ならわかってくれよ。ここでお嬢ちゃんの所属さえわかりゃ俺もぴーぴー喚いたりしねえから。な?」

「……あの、何なんですか、さっきから。その所属とか、祓い屋とかって」


 つーん、とした態度を貫く長女に、俺は深く溜息を吐き出して、ついでに持って来られていた俺の分の料理に箸を伸ばしながら言った。


「祓い屋っていやぁ、俺とか、ほら、さっき屋敷の前に集まってた奴らの事だよ。もしかしてお嬢ちゃん達は祓い屋じゃ――」

「礼儀がなっておらんのぉ……姉上にかような口を叩くとは、それも、飯時に」

「ぇあっ……?」

「まずは名乗れ。問いたい事をまとめ、一言で訊け。申し訳なさそうに頭を垂れて礼儀を弁えろ。そうすれば答えてやる」

「な……!」


 白髪のガキの口調もさることながら、ぐうの音も出ない頭ごなしの言葉に喉が詰まった俺だったが、ここで激情に駆られるほど馬鹿では無い。

 俺は胃からせり上がってくる熱を飲み込みながら箸を置き、胡坐をかいたまま膝に手をぱんとついて頭を下げた。


「よし、わかった……。俺の名前は京秋良、フリーの祓い屋だ。で、俺が訊きてえのはあんたらに〝霊力〟を感じたから、どっかに所属してる祓い屋なのかどうかって事だ。これでいいか?」

「ま、及第点としてやろう」

「……そりゃどうも」


 黒髪のガキが、ふん、と鼻を鳴らしやがったのも気に食わねえが、今はまず、祓い屋かどうかだけを訊く事ができりゃいい。

 祓い屋じゃねえってんなら……こいつらに世間の厳しさを教え込んでやらぁ……。


「して……京とやらは、わしらから霊力なるものを感じ、祓い屋と思っておるようじゃが……残念ながら、そうではない」

「というか祓い屋って何じゃそれ。先のあれか、巴に金銭を押し付けるような事をするのが、はらい屋、と?」

「っくく、であらば、随分と気前の良い仕事よのぉ」


 黒髪と白髪が鈴を転がしたような声音で笑う。ふざけやがって。

 ……もういい。


「あぁ、そうかい。祓い屋じゃねえなら話は早えってもんだ」


 料理の乗った盆をずずっと横にずらし、俺は眉に皺を寄せて、喉を鳴らすような低い声で言ってやった。


「……こりゃ遊びじゃねえんだ。ガキが首を突っ込んでんじゃねえぞ」


 不本意ながらも、俺は強面らしい。四十年以上付き合ってきた顔なもんで自分じゃピンと来ないが、大体の奴はこうすれば黙るか泣くか、はたまた腰を抜かして謝るか。

 俺は三姉妹が何かを言う前に、畳み掛ける。


「お嬢ちゃん達には知らねえ世界ってもんがあるんだ。お父ちゃんお母ちゃんでも、警察にさえどうにも出来ねえようなバケモンがこの世にはいる。俺はそれを退治する専門の仕事ってぇわけよ……今日は運が良かっただけだ。次は無い。分かったらとっとと妹連れて家に帰って、大人しく勉強してな」

「化け物、ですかぁ……それは具体的に、どんなものなんです?」

「あ……? お、おい、俺の話聞いてたよな……?」

「はい。聞いた上で質問してるんですけど……?」


 つんけんしてると思えば、今度はきょとんとした顔で聞いてきやがる長女に、もう俺は毒気という毒気を抜かれて辟易する。


「……はぁぁぁぁ……化け物ってのは、悪霊の事だ、悪霊」

「悪霊……」

「そうだ。悪霊。この世に未練を残したりだとか、恨めしい奴がいて、そいつを殺すまでとか、無差別に生きてる人間を呪って生気を吸い取り続けるだとか……テレビとかでよくあんだろ? それだよ、それ」

「なるほど……で、祓い屋っていうのは何なんです?」

「今度は俺に質問攻めかよ……ったくよぉぉ……!」


 がしがしと頭を掻いてから、まあ俺だって質問し続けたんだからと答えてやった。


「祓い屋ってのは、その悪霊をあの世へ叩き返す仕事だ。この世で悪さをするくらいなら、さっさと成仏させて――」

「あの世へ?」

「お、おう……なんだよ……」

「いえ、続けて下さい」


 突然、真剣な顔つきになった長女に気圧されつつも、ここまで来たならさっさと説明して、妄想の種でも与えてた方が大人しくなるだろうと結論付け、話を続けた。


「悪霊を成仏させてあの世に還す……言うなりゃそれだけの仕事だが、その悪霊とやり合うには霊力ってもんが必要になる。その霊力は元々人に備わったもんだが、開花するのはほんの一握りだ。霊力が使えなきゃ悪霊と対話も出来ねえし、触れもしねえ。祓い屋ってのはその霊力が開花した奴らの集まりで、言っちまえば悪霊をそそのかして好き勝手出来る力、でもあるわけだな? だから、その霊力を持った奴らを統括する〝宗家〟ってもんがあって、祓い屋をやるにゃあ一人も漏れず、そこにいるお方に会う必要がある」

「なっがい説明じゃなぁ……」


 黒髪が呆れた顔で漬物をぽりぽり食べて言う横で、長女がふむ、と一拍置いて言う。


「霊力を持つ人の中でも、その宗家って所に顔を出した人達が営む仕事が、祓い屋、という事ですね」

「あ、あぁ……まあ、そうだな」

「では、その宗家っていうのは」

「あぁ!? そこまで説明しなきゃなんねえのかよ!?」

「私達に絡んできたのはおじさんなんですが」

「……っち! わぁったよ! くそ!」


 こいつらのペースに飲まれるな京秋良。落ち着け、クールに。クールにだ。


「宗家っていうのは、つい最近……ほんの二か月くらい前に名乗り出て、日本各地の霊能者を集め始めた奴らだよ。九重このえって名乗って――」

「んぐっ!? げほっ! げほっ、ごほっ……!」


 宗家の名前を出した途端に咽た長女。やはり霊能者の端くれ、ではあるようだ。

 この名前を知らない霊能者はもぐりだと言っていい。


 九重――こことは別のある山中に小さな屋敷を構え、世に跋扈する悪霊を退治する為に暗躍する霊能者の筆頭。その膨大な霊力は間違いなく日本一。桁違いの能力者だ。

 いつも真っ白い被布をしてるもんで、その顔を見た事のある奴は誰一人としていないが……俺を見つけ出し、この仕事に就かせた人物でもある。

 ありとあらゆる諍いを嫌う九重は、慈悲深さを以って霊能者達の力を増長させ、悪霊をあの世へ叩き返す事だけを目的にしている。


「……名前だけは知ってるみたいだが、会ったことは」

「げほっ……んんっ……な、無いですね」


 長女はとんとんっと胸を叩いて落ち着くと、妹達へコソコソと「聞いてないよ……何でいるの……!?」と言い始めた。

 いる、とは……多分、俺の言い方が悪かったのかもしれない。


「ああ、今その九重さんが来てるってわけじゃねえ。安心しな。でもその口振りからするに……お前らも九重さんに会った事あるんだな?」

「あっ、えー……そう、です、ねぇ……はい、はい、会ったことというか、聞いたことが……でも、祓い屋とか知らなくて、あはは」


 急にしおらしくなった長女に、黒髪が言った。


「……そういうお触れでも出たんじゃないのかの」


 それに続き、白髪が言う。


「一応会っておく方が無難じゃな。事情も分からんし、このままで困るのは姉上も、であろう?」


 随分と物分かりが良くなった。こりゃ、九重さんに感謝しなきゃな。

 なんて考えているうちに、長女が慌てて姿勢を正し、浅く会釈して名乗った。


「お、遅れまして……長良巴、と言います。こっちのは、長良九、こっちが、長良葉月……妹です」

「九じゃ。気安く呼んでくれるなよ」

「葉月じゃ。よろしくするつもりは無いでの」

「ふ、二人とも! ちょっと、やめて!」


 存外、長女はまともらしい。くそ生意気な妹どもは気に入らねえが、霊能者なんてもんは偏屈な奴らの集まりだ、慣れている。


「巴に、九に、葉月だな。よろしく……と言いたい所だが、九重さんに会うのはまた後で、だ。まずはこの宿に呪いが残ってねえか調べる。飯の後にでも俺がぐるっと周って――」

「ああ、いいです。大丈夫です! 私が行きます! はい! バイト代のお話もしなきゃいけないんで! じゃ!」

「あっ、おい! 待てよ!」


 俺が止めるよりも早く立ちあがった巴は、食事の途中にも関わらず九と葉月を置いて小走りで部屋を出て行った。


「ったくよぉぉぉ……素人が手を出すんじゃねえって……!」


 俺も立ち上がって、巴の後を追おうとするが――たった数十秒で、部屋の襖がばん! と開かれた。

 そして、そこには――。


「呪いって〝この人〟が出してるこの、もやもやっとしたこれですかね!? この人をあの世に送ればいいんですかね!?」


――悪霊の首根っこを掴んで、必死な表情の巴が居た。


「なっ……おま……えぇぇ!?」

「巴、首がすっごい締まっておるよ、何か可哀想じゃよそれ」

「姉上、姉上、首が締まりすぎて声出せておらんから、それ」


 そして、次の瞬間には――。


「はい! それじゃ、また六道のどこかで! ね! エマさんによろしくお伝えください!」


 悪霊を地面に向かって叩きつけ――その勢いで、悪霊は――強制的に退場させられる。


「い、いま……おい、巴……今、お前、悪霊、素手で、地面に投げ……えぇ……!?」

「悪霊退治ってこんな感じでいいんですかね!? その、九重って人がこういうのしてるんですもんね!? ですよね!?」

「あ……え、と……いや……あ……」


 長年の経験ってのはすごいもんだ。悪霊を一目でも見た瞬間に俺の身体は自然と動いていて、悪霊に触れられるように〝手袋〟を羽織っているジャケットの内ポケットから出そうとしていたんだから。

 手袋をつけなきゃ、悪霊の発する瘴気に侵されて、運が悪けりゃ発狂して、廃人になる。

 そんなもんを全部すっ飛ばして、この巴というガキは……それに、悪霊を見ても何食わぬ顔で飯を食い続けてる九や葉月も……。


「お、お前ら、一体なんなん……だ……?」

「さっき名乗ったでしょう! 長良ですって! それよりも、その、それ! 九重って人に会わせてください! すぐにでも! っていうかここに呼んで!」

「あぁ!? こんな辺鄙な場所に九重さんが来てくれるわけねえだろうが!?」

「いいから呼んでください! すぐに! ほら! 早く!」


 勢いが凄い。最近の女子高生ってこんな勢いなのか?

 ともあれ、クールな俺は――。






「す、すぐ、すぐ呼ぶから、落ち着け? な?」


 ――女子高生の勢いに負けていた。

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