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夏夢  作者: ara-suji.com
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最終話「残された者の想い」

巧の手をしっかりと握り、巧の目を見つめるマヤ。そのまっすぐな瞳と美香そっくりのその姿につい巧は目がくらみそうになる。


「美香先輩が死んだときはほんとにショックでした。自分はこの先生きてても意味がない。もういっそ自殺したほうが楽になるかと思った。でもこうも思ったんです。美香先輩がもういないなら自分が美香先輩になればいいんじゃないかって」


 マヤの巧の手を握る手が強くなる。


「それから私はずっと美香先輩に少しでも近づけるように努力しました。髪型だって変えたし運動万能だった美香先輩になるために前は苦手だったランニングだって欠かさずやって、Twitterアカウントもそのまま使えば美香先輩が友達だった人とそのまま知り合えるとも思った。だけどどうしても足りないものがあった。それが巧先輩、あなたです」


「お、俺が……?」


「悔しいんですけど美香先輩の巧先輩への思いは本物でした、それは見てればすぐ分かりました。部活のあと巧先輩と帰るってわかってる日には時間かかってもシャワー浴びて服を全部着替えたりとか巧先輩とメッセージ交換してる時だって本当に幸せそうで。きっと事故で死ななければ美香先輩は巧先輩と結婚する気だったんだと思います。だけどできなかった。それじゃ私がやるべきことはひとつしかないってそう思ったんです」


 恍惚とした表情でまるで自分の言葉にでも酔っているのかと思うほど饒舌に語るマヤに気を取られていた巧だったが、次の瞬間うっと息ができなくなったことを感じ取る。マヤが自分の唇にキスをしたことに気づくのはマヤが唇を離した瞬間だった。


「Twitterに投稿したのは東京にいってた巧先輩を呼び戻すためでしたけどこんなにうまくいくとは思いませんでした。まぁ先輩が犯人探しに夢中になって全然私の方を向いてくれなかったのは計算外でしたけどもう今となっては小さい問題ですよね」


 そういってマヤは今度は巧の耳元に口を近づけ、まるで声帯模写かと思うほどに美香そっくりのこえで、


「ね?たくちゃん。私と付き合ってくれるよね」


 と呼びかける。一方、この数分で想像以上にいろいろなことが自分の周りで置きすぎた巧は完全に情報のオーバーフローが脳内で起きており、語りかけるマヤの声にもまるで蛇に


見込まれたカエルのようになんとか頷くのが精一杯であった。だがその時である。


「マヤ!!」


 バイクでようやく追いついたルカの甲高い声に巧がようやく我に返る。


「チッ、あとちょっとだったってのに……」


 舌打ちをして巧の手を掴んでお堂から離れようとするマヤだったが藪の中から


「逃がさないわよ!」


 っと、夏希がメガネのずれた顔をのぞかせる。かといってさらにもう一方に逃げようにもそこにはマヤの心の闇に触れて泣きそうな顔の聖也が立ちふさがっていた。一方をお堂の壁、そして三方を囲まれマヤはため息をついた。


「さあ観念してなりすましをやめなさい!あとついでに先輩も放しなさい!」


「いや、俺はついでかよ……」


 自分を助けに来てくれたはずなのだろうが、あまりに雑な扱いに思わず泣きそうになる巧。だが夏希はさらに容赦がない。


「だいたい先輩もほら!マヤに銃突きつけられてるわけじゃあるまいし、逃げようと思えば逃げられるでしょう普通に」


 言われてみればそれもそうである。巧はひとまず自分の手をしっかりと握り締めているマヤの手を振りほどこうとする。が、マヤはなかなか放してくれない。


「マヤちゃん、終わりだよもう」


「嫌です、行かないでください先輩……」


「そういうわけにもいかないよマヤちゃん」


「なんでですか先輩、美香先輩のこと好きだった巧先輩なら私の気持ちわかってくれると思ったのに……!」


「マヤちゃん……」


「美香先輩のこと好きだったんじゃないんですか!?ならなんで東京に行ったりしたんですか!」


「……」

「ルカも!夏希も!美香先輩が死んだってのに一年も経つとまるで何もなかったみたいに、暮らし始めて。今でも悲しんでるのは私だけみたいで……すごく悲しくて……」


 もう巧はマヤから離れようとしていなかったがマヤは力なくその場にくずおれるように手を放している。


「私はただ……みんなに忘れて欲しくなかった。まるで美香先輩が最初っからいなかったかみたいに……。だから、まだTwitterに先輩のふりして投稿すればみんなが美香先輩のこと

思い出してくれるかなってそう思ったから……うぅ……」


 その先もいろいろとマヤは切々と胸中を語るもののもう巧にも夏希にもルカにも、そして聖也にも判別不能であった、だが、ルカがそこで優しくマヤを抱き寄せる。


「よーしよし、大丈夫だよマヤ。私たち美香先輩のこと忘れたりしてないよ」


「当たり前だよ、私たち三人で美香先輩ファンクラブ。そうでしょ?マヤ」


「うぅ……うんそれは、そうだけど」


 マヤはやはり涙声ではあったが次の瞬間突然はっきり声で、


「でも二人ともさっき私が美香先輩にストーカーしてたりしたこと巧先輩にバラしたよね?」


 と言ったのでルカと夏希はギクッとなるのであった。その間隙を縫って巧がマヤの肩に手を下ろす。


「マヤちゃん、そんなに心配しなくても美香のことを忘れたりしてる奴ここにはいない。そこにいる聖也に親父さんの和也おじさん、二人はな、今だって美香のこと忘れられず美香の部屋をそのままにしているんだ、美香がいたことせめて家の中に残したいってな。こいつら二人だってそうだ。マヤちゃんがなりすまていたとき、このふたりの犯人を見つけ出す情熱、それは近くで見ていたマヤちゃんが一番よくわかってるだろう?二人だって今でも美香先輩のこと大事に思ってる。それに俺もそうだぞ」


「そんな、美香先輩が死んですぐに東京に行ってしまった薄情で人情味の欠片もなくて人間の心を持ってるかすら怪しい冷血人面鬼の巧先輩も……?」


(こいつ泣きじゃくってるくせにこういうときだけ雄弁にしゃべるな)


 少しイラついたが、なんとか言葉を続ける。


「実は俺が東京に行ったのは、恥ずかしい話ながら逃げたんだ。このまま美香と暮らした波野村に残って暮らしたらさどうしても思い出しちまうから。一緒に遊んだ家の周りとかこの神社。市内の学校にデパートもだ、お前がなりすましをしてなかったらおそらく今もそうだっただろう。だから、みんな同じってことだ」

「巧先輩……」


 そう言って目を真っ赤に泣きはらし、若干化粧を落ちてしまったマヤの顔が姿を見せニッコリと笑ったので巧もニッコリと笑う。するとマヤが満面の笑みでまたしてもはっきりと告げる。


「先輩、ちょっとキモいんでそろそろ肩から手おろしてもらえません?」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 それから数日後のこと。


 令和駅へとルカ、夏希、マヤ、そして聖也の四人は東京へと立つ巧を見送りに来ていた。


「たく兄……また寂しくなるなぁ」


 そういって涙を拭く聖也。


「聖也、いろいろありがとうな。っていうか別に見送りに来なくても良かったんだぞ」


 聖也の肩に手を置いたあと巧は苦笑いしながら女子三人組のほうを向くのだが一同ブンブンと首を振る。


「そういうわけにもいかないですよ」


「まぁー……一応世話になったわけですし」


 そういってルカと夏希は笑顔を見せていたが、白いカッターシャツに黒いワンピーススカートを着た黒髪のマヤだけはふくれっ面をして巧のことを睨みつけていた。


「また東京に逃げるつもりなんですか?裏切り者!だいたいなんかこの流れ、先輩は傷を負った少女を見守るために田舎に残るみたいな流れじゃないですかここは!?」


「傷を負った少女ってお前なぁ……」


 そういって呆れ顔になる巧だがルカと夏希だけはニヤニヤとしている。


「マヤのやつ先輩とまた離れるの寂しいんですよ~」


「擬似恋愛だったはずが本命になっちゃうってやつ?まぁ若いのっていいわねぇ~」


「うっさい!もう!二人とも!死ね!」


 さっきまで自分のことを傷を負った少女とか言っていた女性とは思えない暴言を発しながらルカと夏希を割と本気で殴っているマヤ。ひとしきり殴ると今度は巧の方に向き直った。


「まぁ、それは冗談ですけど先輩本当に行っちゃうんですか?残る気はないんですか?」


 割と真面目な顔でそのように真っ直ぐに巧の目を見つめるマヤ。だが数日前に見つめてきたあの恍惚とした目ではなく、非常に落ち着いた、優しい目をしていた。


「マヤちゃん、でも俺は……」


 そういった時無人駅にたったの一両のほぼ無人の列車が到着する。紛れもなく巧が乗る予定だった電車である。


 巧は思わず電車に向かおうとするがその手をマヤは軽く握り締めていた。力いっぱい振りほどけばほどけないことはないほどの力である。


「先輩……!」


 マヤの黒いが、だが見ているとどこまでも引き込まれそうなその澄んだ目を見つめ息を呑み込む巧。


「俺は……!」


 とてつもなく長い数秒間。だが、巧はその間に意を決し、歩を進めた。







-完-

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