第01話:初出社
さて、就職が決まった次の日。俺の初出社の日だ。
なんとこの会社、完全フレックスタイム制を導入しており、始業時間や終業時間が決まっていない。
自分の都合に合わせて仕事ができると思いテンションも上がっていた。
まあ、その時は何もわかっていなかったからだが。
会社について、受付嬢である相田 加恋さんに挨拶をすると、ふふっと意味深な微笑みを投げかけられた。
これはあれか、ひょっとして俺に気があるのか。なんてことは考えない。
童貞でもあるまいし、そんな幻想は抱かないさ。ちょっと期待はしてるけども。
そんなことを考えていると、社長であるリオンさんに現れた。
「おお、仮君。早いじゃないか。
それじゃあ、さっそくだが、社員研修を始めるか。
昨日と同じ応接室に来てくれ。
リリー君が説明してくれる。
それじゃあ、私は外回りに出かけてくるので。」
そう言って、ビシッとスーツを決めたナイスミドルは颯爽と出ていった。
うーむ、見るからにできる男って感じだなー。
応接室につくと、すでにリリーさんが待機していた。
「おはようございます。あれ?スーツで来られたんですか??」
「ええ、服装が自由と言われてもいまいちピンとこなかったもので無難にスーツにしました。」
そう、実はこの会社、服装自由なのである。
というのも、会社支給の作業着を着ることになるためだ。
「まあ、いいでしょう。
それではまずは座学からですね。
座学が終わったら、さっそく実務の中で業務を覚えてもらいますね。
その方が色々と理解が深まると思いますので。」
***
座学では、主にこの会社の概要を習った。というかこの会社何する会社か全然知らなかった。
「創造リアリティシミュレーション事業社」は、人間の未来を創っていく企業だ。
コンセプトは立派なんだが、会社名と同じく胡散臭いキャッチである。
この会社は、ニュース等で取り上げられるバーチャルリアリティ研究の一端を担っている会社だという。
人間心理学や行動心理学をもとにした独自の観点からデータ集積し、その情報を各研究機関やメディアなどに提供するビジネスらしい。今はもっぱらゲームやドラマの設定に合わせて脚本を提供するなどがメインの仕事であり、有名なオンラインゲームのモブキャラの行動等もこの会社が提供しているものらしい。
そして、俺の役割はサンプルデータを取得することだ。簡単に言うと、シミュレーションゲームの1キャラクターになって与えられた役割を演じるといったことかな。
「あれ、ひょっとしてこれって役者みたいなかんじですか?」
「広義ではそうね。ただ、ドラマや映画と違うのは、撮り直しができないということです。
演じるといえはそうなんですけど、その人の人生を生きるという方が近いかもしれませんね。
まあ、リアルな世界だと思ってもらっていいですよ。ただ、設定によっては魔法とかがあったり現実とは常識が違うことがあるけど。」
リリーさんは笑いながら不思議なことを言っている。
俺はあまり気に留めていなかったが、実際に体験することで少しずつ理解することになる。
***
(なんか、思ってたのと違うな。)
作業部屋に入った俺の第一印象だ。
作業着に着替えて作業部屋で業務を行うと聞かされていたので、てっきりパソコンやゲーム機のある部屋でモニタを見ながら作業するものだと思っていたが状況は全く違った。
白を基調とした部屋の真ん中に病院のMRI装置に似た機械が置いてあった。
部屋の一部はガラス張りになっており、外の様子が分かるようになっている。
今は、俺の教育担当であるリリーさんがガラスを越しに俺の様子を見ている。
俺は現在、会社のロゴの入った青色のつなぎを着て、ヘッドセットマイクを装着している。
『えー、テストテスト。聞こえますか?』
リリーさんの声が聞こえてくる。
「ええ、聞こえてますよ。」
『そう。それでは、仮君。
さっそくだけど、ケース3061番のシミュレーションを行ってもらいます。
まず、機械に仰向けに寝てください。』
言われるがまま、俺はMRI装置にそっくりな機械に寝る。
すると、頭をすっぽりと機械が覆った。目の前に液晶モニタが映っている。
ケース:3601
状 況:ダールトン伯爵に情報提供すること。
期 間:現地時間にして3日間
「何か書かれてますけどどういうことですか?」
『それは、今回の設定ね。
条件が書いてあるでしょう?それがあなたの任務になるの。』
「情報提供って、何を伝えるんですか?」
『内容は状況によって異なるから、ダイブ後に確認してね。』
ダイブとはこの会社での専門用語。
このシミュレーターと呼ばれる機械でシミュレーション実行する事を意味する。
なお、巷ではVRヘッドセットでのバーチャルリアリティが主流だが、最先端ではフルダイブ型バーチャルリアリティが体験できるらしい。
『あ、そうそう。ただ、わざと情報をぼかしてる場合があるから、考えることも大事よ。』
なるほど、データ収集が目的だもんな。与えられた条件を淡々と作業するのではなく、自分なりに考えて行動することも必要ということだな。
『楽にしててくださいね。緊張してるとダイブに失敗するかもしれません。
失敗したら最悪死んじゃいますからね。』
「ええ、ちょ、なんですかそれ。俺聞いてませんよ。」
リリーさんの言葉に慌てる。しかしクスクスと笑っている声が漏れてくる。
『ふふ、冗談ですよ。表情が硬かったので和らげようと思っただけです。
ともかくリラックスしてください。』
「もう焦りますよー。変な冗談やめてくださいよ。」
<<セット ダイブスタート>>
機械アナウンスが流れると、光に包まれた。
俺はまぶしくて思わず顔をそむけた。
俺は気が付くと草原の上にいた。
これが俺の初ダイブだった。