プロローグ:入社前
「はあ、こりゃあ、今回もダメそうだな。
まずい。今月でお金が底をつく。」
俺は駅前のベンチでうなだれながら小言をつぶやいていた。
平日の昼間にスーツ姿で一人とか、切なさマックスである。
俺の名前は仮 染太郎。
俺は今、転職活動の真っ最中だ。
そして今日は本命と思っている会社の採用試験の3次試験だった。
どうも面接の感触がいまいちだ。そういう時は必ず落ちる。
転職を通して何社も受けてきたから、面接相手の所作からある程度察することができてしまう。
どうしてこうなってしまったのか。
容姿は平々凡々でクラスの中でもおとなしくて目立たないタイプの人間だ。
特に大きな波風もなく普通の人生を歩んできていたと思っている。
まあ、それも学生の間までだったが。
就職を機に俺の状況は一変した。
最初に就職した会社は配属先が酷かった。新人クラッシャーとして有名なクソ上司のもとに配属されてしまった。後から聞いた話だと彼の下についた人間は精神をやられるか、その前に退職しているかのどっちかだった。
俺もこのままでは精神崩崩壊を起こすと思い2年で退職した。
次に就職した会社は労働基準法?何それ?おいしいのって言うぐらい真っ黒な会社だったのでそこもすぐに退職。民間がダメなら安定安心の公務員だと思って転職を果たす。
公務員と言えばホワイトだと思ってた時が俺にもありました。民間と違って残業は青天井でし放題。ただし残業前提の仕事量を割り振られるため、クソ忙しい。さらにクビにならないため、一般常識に欠ける職員が一定数いるわけで、最初の職場を上回るクソがいた。
誰だ、公務員はホワイトで定時あがりとか言ったやつ。完全にブラックやないか。精神をやられる前に退職した。
気が付けば、30代目前で3社転職してしまっていた。
さすがにそんな経歴の俺を取ってくれそうな会社は少ないだろう。
その後、貯金とわずかなバイトで食いつなぎながら就職先を探す日々だった。
だが、バイト先が潰れてしまい、生命線であった貯金もあと少ししか残っていない。
もうなんでもいいからどこかに就職させてくれないかな、なんて考えていると、風に舞った紙が目の前に落ちてきた。
どうやら採用試験の書類のようだ。受験会場と受験番号、それに時間が明記されている。
会場はすぐ近くで、時間もこれからだ。だけど名前が書かれていない。
少し変な受験票だなと思ったが、その時の俺はそんなことは気にしていなかった。
むしろ、落とし主に同情すらしており、気まぐれを起こした。
お節介にも受験会場に落とし物として持っていこうと思ってしまったのだ。
***
「えーと、ここか。会社の名前はと、あ、あってるね。」
着いた場所はオフィス街の一角にある雑居ビルの5階だ。
創造リアリティシミュレーション事業社と書かれている。
改めて見ると、非常に胡散臭そうな名前の会社である。
「なんか、俺が受験するわけじゃないけど勇気がいるな。」
とりあえず、落とし物を届けるだけだと自分に言い聞かせ、俺はその会社を訪ねた。
「いらっしゃいませ。」
会社のドアを開けると、受付嬢が出迎えてくれた。
受付嬢は非常に綺麗な女性だった。美人はいいよね。
事情を説明しようと受験番号が書かれた紙を取り出す。
「あの、すいませ…」
「あ、紙をお持ちということは、受験生の方ですね。
詳しい話は面談室で行いますので、こちらの突き当り右の部屋で待っていてくださいね。」
おっと、若干食い気味に返してきたぞ。
だが、これはどうも勘違いしているようだ。
「いや、あの、俺は、…」
「すいません。私は今から担当の者を呼んできますので。」
そう言って受付嬢はさっさと奥に引っ込んでしまった。
俺は、仕方なしに受付で待つことになった。
1分ほどして、2人の男女が現れた。
男性の方は、スーツ姿の長身でちょび髭を蓄えた中年男性。ダンディーなナイスミドルといった感じだ。
バーテンダーとかすると似合いそうだ。
女性の方は、スーツに身を包んだポニーテールの眼鏡で、スレンダーな美人さんだ。
知性溢れる秘書って感じだね。
「いやー、お待ちしておりました。
私、この会社の代表をしています、リオンと申します。
あ、隣にいるのは担当者のリリーです。」
男性は会社の社長のようだった。すごく腰の低い人だった。
「あ、いえ。こちらこそ。私、仮 染太郎と申します。実は…」
「ええ、わかってます。
早速、本題に入りたいのですが、こんな場所ではなんですからまずはこちらにお越しください。」
そう言われて俺は応接室に案内された。
「改めまして、仮 染太郎さんですね。
創造リアリティシミュレーション事業社にようこそ。
先ほど紹介されましたリリーと申します。
早速、話を進めさせていただきたいと…」
「ちょ、ちょっと待ってください。」
俺は思わずリリーさんの説明を止めた。
「?? どうされました?」
リリーさんが不思議そうな顔をしている。
「あの、実はですね。」
そう言って俺はこの会社に来た経緯を話した。
「なるほど。そういうことだったんですか。事情は分かりました。
それではどうしましょうか、社長。」
「ふむ。それにしてもなかなか変わったことをするんだね。
就職活動中にもかかわらず、見ず知らずの他人のためにわざわざうちに受験票を届けに来たなんて。
どうだろう。仮君だったね。うちの会社に来ないか?」
俺は一瞬何を言っているのかわからなかった。
「…えっ?その、それは就職ということですか?」
リオンさんはにっこりと微笑んで肯定した。
「君の行動力や性格も興味深い。
うちの会社は色々な人材を必要としていてね。是非とも一緒に働きたい。」
「本当ですか!!ありがとうございます。」
そうして、俺は新たな就職先で働くことになった。