第九話:○生
「"ケーキ"が終わった?」
「うん、刑期。180日間お疲れさま」
「いったい何がなんだか」
「あ、そうか。ちょっと待ってね」
エルフは指をパチンと鳴らすと、一瞬視界がゆがんだ。
「この世界でいろいろ忘れちゃってるはずなんで、
思い出してもらいました。オッケー?」
頭がすっきりしてくる。
今なら山手線の駅名も全部言えそうだ。
この丸顔のエルフにも見覚えがある…
前に転生した世界で会った、おそらく"アカネ"という名前のエルフだ。
「刑期とか出所とか、どういうことなんですか。
あと、あなたってアカネさんですか?」
僕は時の止まった鍋を足元に置いた。
「あれ?なんで名前知ってるんだっけ?」
エルフはフードを下ろすとフランクに話し始めた。
「やー、ぶっちゃけるとね」
「キミの担当者なの、私」
アカネは、エヘエヘ、と照れ笑いしながら話し始めた。
「何の担当者…」
「はい、キミが受けている"魂の更生プログラム"の担当者!」
「タマシイのコウセイ? もう少し、詳しくご説明願えますか」
僕は苛立ちを隠さずに腕組みした。
「あれっ、キレてる?」
アカネは少したじろいだ。
「えーと…この度はご愁傷様です。あー、順番が違うかな」
「お悔やみは結構ですので」
「うわ、キレてるなー…」
アカネはゲホン、と咳払いした。
「ハイ、魂の更生プログラムというのはですね、
あー、問題行動の多い魂を更生する…プログラム、である!」
「あなた、説明ヘタですか」
「うう、普段は人と話さないから、しょうがないじゃん」
「そもそもあなたは何者なんですか」
「おっ、いい質問ですね~!
ふふん、キミの世界観でシンプルに言っちゃうと、神の遣いかな」
「ほう」
「質問形式のほうがうまく説明できるかも。
次の質問、どーぞ」
「チャットボットみたいだなぁ…
前の世界で毒を盛って僕を殺したのはあなたですか?
その前の世界で僕とLINEしてたのも…」
「あれは、私の化身みたいなものかな。
キミが死ぬ結果に誘導したから、殺したも同然だけど」
「悪気はなかったってことですね」
「そうそう、そんな感じ。恨んでたらゴメン!
次の質問、どーぞ」
「恨む気も失せましたよ。
話変わりますけど、人間の魂ってどんな仕組みなんですか?」
「あー、そこからか。そうだよねぇ」
ドヤ顔にちょっとイラッとしたが、その通りとうなずく。
「まず、魂は循環してます。"輪廻転生"ってマジ話なの」
「なるほど。じゃあ、この世界って本当に存在するんですか?」
「世界っていうのはね、それこそ無数にあるの。
知ってると思うけど、"平行世界"ね、あれもマジ話」
よくぞ聞いてくれましたとばかり、アカネはドヤ顔になった。
「キミは死ぬたびに平行世界を一個ずつ隣に移動してたの。
死んでる間に魂をひょいっとつまんで、ポイッと隣の世界に落としてたのが、私!」
今のアカネは人間と変わらないサイズで目の前に立っているが、
一応は人間より上位の存在なのだろう。
「なるほど、人間が少ない平行世界へ少しずつ移動させられてたんですね。
で、僕はどういう状態なんですか、今」
「キミは自殺して、次に転生する器がまだ決まってない。
現世と同じで、"魂が浪人してる"って感じかな!
ヤバ、今の自分で言っててウケるかも」
「…ケンカ売ってます?
じゃあ、このゴブリンの身体は?」
「その身体は、この世界でのキミ"だったもの"かな。
平行世界の魂は全員同じ時期に産まれて、全員が同じ時期に死ぬの。
死因はまちまちなんだけどね」
「それじゃあ、このゴブリンはもう…」
「ゴブリンのキミも本当はもう死んじゃってるんだけど、
この身体は環境がちょうど良かったんで、死期を伸ばしたわ。
キミの世界のサッカーで言うところのロスタイムね」
「今はロスタイムじゃなくてアディショナルタイムって言うんですよ。
それで、環境がちょうどいい、って、何が?」
神の遣いの記憶はけっこういい加減のようだ。
「自殺するような濁った魂はね、
すぐに転生させてもまた同じような死に方をしがちなの。
うちらの業界では"再犯率が高い"って言うんだけど」
濁った魂と言われてしまった。
神の視点では自殺者は命を粗末に扱うイレギュラーなのだろう。
「自殺する魂はほっとくとずーっと増えていくみたいで、
サイアク、全ての世界で生物が死に絶えるかも、って。
それで最近施行されたのが、魂の更生プログラム!」
「あー、ちょっと分かってきたような気がします」
「次の転生前に人生経験を積ませてね、魂を前向きにしてるってわけ。
生きてるってハッピーなことなんだよ!ってね」
「何度も死んで、いろいろあったっしょ?
この世界は居心地が良さそうだから死にたくないな~、とか思ったり、
時にはほのかな恋心を抱いたり…」
ほのかな恋心と指摘される居心地の悪さよ。
だが、今はアカネに対して全くドキドキしない。
このキャラのせいなのか、何か魔法のようなもので制限されているのか。
「はあ、なるほど…
一応もう一回聞きますけど、この世界がちょうどいい、というのは?」
「この世界で経験してもらいたかったテーマは、
"自分の家族を持つって幸せ!"ってことね。
この経験を魂に刻み込んで、次の人生前向きにガンバレー!ってこと」
「確かに、死んでから成長できたとは思います、ヘンな話ですけど。
死ぬまでは参考書を詰め込んで覚えるばかりで、
自分の頭で考える、ってことをしてこなかった」
「前の世界の話だけど、脱走を行動に移さなかったら、
しばらく収容所で働いてもらうつもりだったからね~」
アカネは満足そうにニコニコしている。
「ほかには、死んでみてどうだった?」
「まだ子供は産まれてませんが、親のありがたみは分かりました。
あとは、自分に余裕のないときほど、他人の世話をしてみるのもいい、
って思ったかも」
「おおー、なるほどなるほど~。
貴重な受刑者レビュー、ありがとね」
僕の転生は、"転生"ではなく、"更生"だった。
複雑な気持ちだが、僕は更生プログラムに感謝している。
今は、"異世界"ではない人間だけの世界にもう一度生まれてもいいと思える。
「でも、何もこのタイミングで迎えに来なくても。あと少しで子供が産まれるのに」
「あー、それはちょっと、ワケありかも…」
アカネのテンションが落ちた。
「この更生プログラム、始まったばっかりで、
ちょっとバグがあったり、見積もりが甘いところがあるんだよね~…」
「バグって、異世界から元の世界に戻っちゃう人がいたりとか、ですか」
これまでを振り返っても、全てが台本通りというわけでは無かった気がする。
「そうそう、キミの世界の予備校にいたよね、異世界から戻ってきた人。
あの人、担当は私じゃないからよく知らないけど!」
「神の遣いでも、世界の動きを完全にコントロールできているわけじゃない…」
「ご名答! 世界の運営方針はこれまでレット・イット・ビーだったの。
つまり放置プレイね。
だから、たまに文明や生物がまるっと滅びる世界もあって。
この世界で生き残りのエルフが禁断魔法を完成させちゃったので~…」
「じゃあ、さっきの爆発は?」
「お城と軍隊が禁断魔法でドカーン!…ってわけ。
ここが焼け野原になるのも時間の問題だし、この世界も近いうちに滅びると思う。
「それって、この世界にいる人の平行世界の魂も、全員死ぬんじゃないですか?」
「この世界は魂の数が少ないから、全員が死んでも他の世界にそんなに影響は無いの。
キミの世界で言えば、軽く天災とか戦争があるかもしれないけど。
で、キミは十分更生できたから回収に」
このまま別の世界に転生することは… 逃げではないのか。
「事情はわかったけど、僕もここで投げ出すわけにはいかない。
本当に、打つ手はないんですか?」
「わぁ、即答~! 昔のキミに見せてあげたいわ」
「昔の自分に見せる、ですか…
時間停止もできるんだし、もしかして過去に戻れたりします?」
「あー、うん。少しくらいならね」
僕は少し考えてから提案した。
「ちょっと、思いついたことがあるんですけど」