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転生できたと思ったら"○生"だった件  作者: 無限おしぼり
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第八話:最後の日

あれから半年、僕はまだゴブリンの世界で生活していた。


畑を耕し、家畜の世話をしながら、週に一度は街へ作物を出荷し、買い出しへ。

医学生を目指して浪人していた頃は想像だにしなかった生活だ。


エリカとは妊娠を期に駆け落ちしたらしく、

家と農地の賃料を払うのに精一杯の暮らしだった。


この世界の状況も分かってきた。


文明レベルは数百年前のようで、トラクターのような農業機械が存在していない。

スマホどころか電気もガスも水道も無い生活に最初は戸惑ったが、不思議と順応できた。

ゴブリンたちの国は、国王、領主、村長によって統治されている。

国王や領主は全員ゴブリンで世襲制。村長は村の年長者の話し合いで決まる。


ゴブリンが人口のほとんどを占めるが、おそらく2割ほど、オークも生活している。

オークは身体が大きく、肉体労働者に従事していることが多い。


農耕民族的な考え方のゴブリンに対し、オークは狩猟民族的で、

その日の酒代を稼いではすぐ使ってしまうような生活を送っていた。


他の種族はと言えば、人間以外のエルフやドワーフはまだ絶滅していなかった。、

それぞれ集落を作って生活しているらしい。


エルフはゴブリンを滅ぼすための怪しげな研究を続けているといった噂もあったが、

ここ数百年は動きが無く、種族内での小競り合いでむしろ数を減らしていると言う。


モンスターは存在するが、森や洞窟に引きこもっていてほとんどは無害だ。

そのため、軍備の規模も小さい。

「小さな政府」ゆえに税率はリーズナブルで、一揆が起こることも無いようだ。


村や王都で聞いて分かったことはここまでだ。


さらに外の世界のことは誰も知らなかった。

むしろ、知らないというより、世界の在り方に興味を持っていないようだった。


そして、それは僕も例外ではなかった。

転生した当初は人間世界の知識を用いて一儲けしようと思っていたが、

すっかりその気は失せていた。


人間世界での記憶はだんだんと薄れている。

3ヶ月前に日本の47都道府県を思い出そうとしたが、書き出せたのは20ほどだった。


科学を進歩させて、生活レベルを向上させよう、という感情は、

人間だけが持つ特性なのかもしれない。


僕は人間だったことを忘れ、この世界のゴブリンになろうとしている。


……


そして、ついにその日がきた。

この世界のゴブリンの妊娠期間は10ヶ月。

基本は一度に一人ずつ産むという、人間と全く同じ生態だ。


日が暮れる頃、畑仕事から戻るとエリカがうずくまっていた。


「出血した。陣痛かもしれない。

 メイさん、呼んできて」


「わ、わ、わかった!」


僕はあわてて家を飛び出し、メイさんの家へと走る。

メイさんはいわゆる産婆だ。


村は異様な雰囲気に包まれていた。

ほとんどの村人が家の外に出ている。


広場の人だかりの中に産婆を見つけた。


「来てください、産まれそうです!」


「あらあら、それじゃ行きますね」


小走りで村外れの家に引き返す。


「村の人、みんな外に出てましたけど、何かあったんですか?」


「さっき地鳴りみたいな音が聞こえてねぇ。地震かしら…」


嫌な予感がする。

ゴブリンになる以前に幾度となく感じた、死の予感。


思えばこの半年間、なぜ死なずに済んできたのだろう。

今日のこの日、出産まで母親を守るためなのか?


それが自分の役目というなら、

せめて出産を見届けてから死にたい。


……


メイさんを連れて家に戻ると、エリカはベッドにもたれかかっていた。

スカートに血がにじんでいる。


「ごめん! ベッドに寝かせてから出るんだった」


「ベッドに上げましょ。そっち、上半身持ってね」

さすが歴戦の産婆は冷静だ。

二人がかりでエリカをベッドに横たえる。


エリカが上体を起こし、ゆっくりと口を開く。


「見てほしくないから… 外で待ってて」


僕はメイさんを見た。


「そうね。ここにいてもしょうがないし…とにかくお湯を運んでちょうだい」


「わかりました」

血を見るのは苦手なので、立ち会い出産ではないことに内心ほっとする。


電気ケトルも保温ポットもない、水道もない。

この世界でお湯を沸かすことの大変さは身にしみていたが、

半年も生活すれば手際も良くなるものだ。


井戸から組んでおいた水を鉄鍋に入れ、暖炉の天板に置いて沸かす。

沸いたお湯を浅めの桶に移した。


「これで足りますか」

エリカのうめく声が聞こえる。


「そうね…念のため、別の桶にもう一杯お願い」

 

「水を汲んできます」

僕は家の外に出た。井戸は家の裏手にある。


「ああ…」

思わずため息がこぼれる。

城の方角に赤い狼煙が上がっているのが見える。


号令のような音が聞こえた。

まさか、オークの軍隊がクーデターでも起こしたのだろうか。


「やっぱり、今日なのか」

また死ぬのか、という諦めと、

ただでは死ぬまい、という感情が去来する。


とにかく急ごう。

まだ時間があるうちに、やるべきことを終えなくては。


井戸の桶から水を汲み、鉄鍋に移し替える。


城の方向、空が赤く光った。

すごい風だ。窓ガラスがビリビリと震える。

遅れて爆発音が届く。大きな爆発があったのだろうか。


急いで戻ろうとして、足が止まった。

玄関に誰か立っている。


…ゴブリンじゃない。

フード付きの赤いローブで全身を覆っているが、真横に耳が飛び出している。

あれは、エルフだ。


「どいてください、お湯を沸かさないと」


「大丈夫、時間は止まってるから」

聞き覚えのある、若い女性の声がした。


「えっ?」

そういえば、風が止んでいる。異様に静かだ。

運んでいる鍋の水面が動いていない。


「出所です」


「"シュッショ"?」


「うん、刑期が終わったからね」

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