第四話:転生の法則
視界が戻ってくる。これで4度目の転生。
世界は一変していた。
鉄骨が積まれた工事現場のような場所に立っている。
高い建物が見当たらない。
これまで3度の転生では、死ぬ少し前にいた場所に戻されていた。
そのルールから外れていなければ、今いる場所は大学の周辺だ。
そういえば前回は、ローソンだったコンビニがセイコーマートに変化した。
じゃあ今回は… ?
変化したのは周囲の状況だけではなかった。
服が緑色の作業着に変わっている。
それに、バッグもスマホも手元から消えている。
何か、嫌な予感がする。
フラついた足で踏み出そうとして、
左右の足首に何かがはまっていることに気がついた。
金属製の赤い輪っかだ。ずしりと重たい。
首にも同じものが付けられている。
「おい! そこで何してる!」
嫌な予感が確信に変わった。
ムチを持ったオークが睨みつけている。
「お前の担当はこっちだ」
逃げてどうにかなる状況では無さそうだ。
僕は無言でオークに従う。
1分ほど歩き、連れてこられたのは別の工事現場だった。
何か大きな建物の基礎工事をしているように見える。
ここまで周囲を確認していたが、やはり高い建物は無い。
1、2、3・・・8人、他の人間がいる。
少しホッとした。
全員上下の作業着、まるで刑務所だ。
そういえば少し気温が上がったのだろうか。薄着のわりには寒くない。
「班長のところに戻れ」
と言うとオークはパイプ椅子に腰掛けた。
あの名札の色が違う男性が班長だろうか。
30代くらいに見える。
「すいません ちょっと具合が悪くて」
班長は怪訝な顔でこちらを見た。
「大丈夫? あんまり離れると爆発するよ」
ああやっぱり、この首輪と足輪は爆弾なのか…。
「具合が悪いところ申し訳ないけど…
今日はエンドウくんを手伝ってあげて」
班長は少し離れたところにいる坊主頭の男性を見た。彼がエンドウなのだろう。
地面に鉄筋を設置しているようだ。
「はい」
今は、なるべく無口に、自分の素性を明かさずに状況を探ろう。
告げ口でもされたら面倒なことになる。
それにしても困った、土木作業なんてやったことないぞ…。
エンドウは手慣れた手付きで鉄筋を設置している。
「エンドウさん 班長に手伝えって言われました」
「そうか」
エンドウはチラッとこちらを見ると、鉄筋工事に戻った。
「すいません 何か手伝えることありますか」
エンドウは手を止めずに答える。
「いや ちょうどこれで終わりだ。もう夜休憩だろ」
サイレンが鳴った。
人間たちが作業を止めてプレハブに入っていく。
僕もエンドウの後ろに続いた。
40人か50人分の席に、夕食のトレーが配膳されている。
目立たないように、流れに合わせて着席する。
メニューは玄米ご飯、焼鮭、ひじき、わかめの味噌汁、高菜漬け。
ミラノ風ドリアを食べて1時間も経っていなかったはずだが、空腹だ。
おそらく、今いる場所は"人間の刑務所"だ。
人間だけが収容されている。
エンドウに探りを入れてみる。
おそらく寡黙なタイプだから、僕が変な発言をしても告げ口しないだろう。
「ここに入ってどれくらいになるんでしたっけ」
「私語は禁止だ。半年くらいじゃないか」
刑務所の食事なら、それもそうだろう。
「すいません」
無心で口に運びながら、状況を整理することにした。
転生した世界を振り返ってみる。
死ぬたびに変化する世界に、何か法則があるのではないか。
一つ目の世界では、ミラノ風ドリアに淡白な謎の肉が乗っていたり、
「ドラゴンパウダー」という謎の調味料がサイゼリヤに置かれていた。
確認できたのはそれだけで、トラックに轢かれた。
二つ目の世界では、エルフやドワーフが生活していた。
魔族、オーク、精霊のような種族もいたが、まだ半分以上は人間だった。
コンビニ強盗の盾にされて、反撃する店員に撃ち殺されてしまった。
三つ目の世界ではエルフの彼女ができていて、大学にも合格していた。
街や大学の中で、人間には一人も会わなかった。
先輩の胴上げで投げ飛ばされて、フェンスに串刺しになって死んだ。
本当に、本当に口惜しい…。
そして四つ目の世界、人間だけの刑務所で働かされている。
看守はオーク。足首と首に輪っか型の爆弾をはめられて逃げられない。
班長やエンドウは前科者に見えなかった。
僕だって、後ろ暗い性格ではあれど、それは自分に向かう気持ちであって、
執行猶予も無しに刑務所にぶち込まれるような犯罪は起こさない…はずだ。
"人間だから"という理由で強制労働されているのではなかろうか。
僕は過去の転生と今の状況から、転生のルールに一つの仮説を立てた。
私語は厳禁ということだが、この仮説を確かめたい… 次の質問はこれだ。
「人間って、あとどれくらい残ってるんでしょうか」
「………」
エンドウは答えない。
「3万人だってよ。看守が言ってた」
左隣に座っていた男がぼそっと答えた。
「少ないですね」
「………」
左隣の男は無言で食事を続けている。
仮説が正しいことをほぼ確信できた。
【僕が死んで転生する度に、"人間の割合が徐々に減っていくルール"】だろう。
おそらく、1つ目の世界から異種族は出現していたが、
人間が支配的だったため、家畜化されていた。
ミラノ風ドリアに乗っていた肉はモンスターのものだったのかもしれない。
2つ目の世界では異種族の社会進出が進んでいた。
ただ、日本語はカタコトだったし、移民のような扱いだったのではないか。
3つ目の世界では一度も人間を見なかった。
おそらく人間の割合はかなり減っていたのではないか。
ふと大学で見た「アファーマティブ・アクション 断固反対!」の横断幕を思い出す。
「アファーマティブ・アクション」とは、人種の偏りを調整する施策だったはず。
例えば大学受験で成績優秀な人種の合格基準を難しくし、
一方で、成績が悪い傾向の人種は点数をかさ上げする措置。
異種族との間でこれが実施されていれば、
マイノリティ種族にまで数が減った人間は有利に調整されていた可能性がある。
つまり、僕が大学に合格していたのは、下駄を履かせてもらえたから…
もしかして、エルフの彼女ができたのも…?
やめておこう。これ以上は考えたら虚しくなる。
"転生したときのルール"は想像できたが、"殺される条件"もあるのだろうか。
と、考え始めたところで夜休憩終了のサイレンが鳴った。
トレーの夕飯はまだ半分も減っていなかった。