第三話:理想の異世界
僕は雑誌コーナーで棒立ちになっていた。
冷や汗で背中はじっとり濡れている。
ノドに手を当てるが、風穴は塞がっていた。
店内にオークの強盗は見当たらない。
火の精霊は何事もなく立ち読みを続けている。
魔族の店員はホットスナックを補充しているようだ。
僕は再びヤングジャンプを手に取った。
さっきまで尻尾の生えた人間だった巻頭グラビアのアイドルは
ほぼ獣人と言えるほどに毛深くなっていた。
人間の女性的なくびれはそのままだ。ケモナー歓喜の世界を予感する。
「キングダム」のページをぱらぱらとめくる。
さっきより異種族のキャラが増えているような気がする。
よし、とりあえず考えを整理するためにパズドラだ、とスマホをアンロックすると、
LINEメッセージの通知に気がついた。
アカネ:『どうだった? 大丈夫?』
3度目の転生で人間関係にも変化があったのだろうか。
名前は男か女か判断がつかないが、アイコンからは女子オーラを感じる。
返信したい気持ちをおさえて、まずは「アカネ」のプロフィール画像を確認する。
頭を右後ろ斜めから撮ったような自撮り、とがった耳から察するにエルフ♀だ。
落ち着け!と自分に言い聞かせながらも期待値の上昇が止まらない。
次は… 写真を見てみよう。
いつもはラーメンの写真くらいしか撮らない僕の写真フォルダに、
知らないエルフ♀の写真が何枚か混ざっている。
アカネは写真を撮られたくないようで、顔を隠しているものや
盗撮したような写真も多かったが、なんとなく容姿や雰囲気が分かった。
穏やかで、かわいらしい。
エルフにしてはほっぺたの肉が少しふくよかだ。
だが、僕は間違いなくぽっちゃり派。
くだけた表情や二人きりのシチュエーションを見るに、これは99%いい仲だろう。
「よっしゃ…!」小さく拳を握りしめる。
そして、この世界のこれまでの自分に感謝した。
突然できた彼女になんと返信しよう。
直前のLINEのやり取りでは合格発表を見に行くと連絡している。
合格発表の結果について「不合格で自殺したとかじゃないよね?大丈夫?」と
気にかけてくれているのだろう。
『大丈夫! 死んだけど、マジで死んでよかったわ~!!!』
と返したいが、まだ打ち明けるのはやめておこう。
いや、待てよ。
転生して彼女ができたということは、
大学の合否が変わる可能性もありえるのではないか?
ショルダーバッグの中の受験票を確認する。
受験番号「14956」。受験番号が、変わっている。
もう一度、大学の掲示板を見に行かなければ。
『実はまだ見に行ってなくて… これから見に行く』
とアカネに返信する。ちょっと事務的すぎたか。
しかしフォローは後だ。大学が閉まる前に急がなくては。
コンビニを小走りで飛び出した。
少し走って街の様子に違和感を覚え、辺りを見回す。
振り返ってハッとした。
ローソンだったはずのコンビニが、セイコーマートに変わっている。
セイコーマートと言えば北海道最強のコンビニ… こんな変化もあるのか。
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大学は駅から徒歩5分の距離にあった。
街は閑散として感じる。
それに、すれ違うのはエルフやドワーフ、異種族ばかりだ。
人間とはすれ違わない。
息を切らせながら、少し前に絶望を味わった掲示板の前にたどり着いた。
日が落ちてすっかり暗くなっていたが、目をこらす。
新しい受験番号は14956…。
14945、14947… 14956…
え?
14947、14956、14966…
あ、あった! 14956だ!
手元の受験票と同じ、14956番。
受かった。
3浪した医学部に、ついに受かったんだ。
こみ上げる喜びに思わず声が出た。
「っ……やったっ!」
パチパチパチパチ、と拍手が起こる。
掲示板の脇に10人ほどの集団がいたようだ。
エルフ、ドワーフ、オーク、獣人… ぱっと見で人間はいない。
何人かはアメフトの防具を身につけている。
「おめでと~~~う!!!」
体格の良い獣人とオークが僕の足元にかがみ、両手で足をつかんだ。
おお、これはまさか、合格発表名物の胴上げ。
こんな形で自分が胴上げされる日が来るなんて思わなかった。
「ワッショーイ! ワッショーイ!」
1回、2回、ポーンとカラダが宙に浮く。
さすが異種族、人間離れした腕力で僕の身体は空高く舞い上がった。
「せーのっ! ワッショーイ!」
3回目の胴上げで、右足を持っていたオークが不釣り合いな力をかけた。
僕はきりもみ回転しながら掲示板の反対側に投げ飛ばされ、茂みに落ちた。
「痛って…」
茂みから降りようとするが、何かに引っかかって動けない。
「ゴボッ」
ノドの奥から血の臭いがする。
何かに引っかかったんじゃない、刺さっている。
茂みの中のフェンスに串刺しになったのだ。
仰向けの姿勢のまま、自分の腹と胸から飛び出た2本の突起を見て察する。
胴上げしていた集団は呆然とこちらを見ている。
救急車を呼ぼう、助けよう、という様子は無い。
掲示板の横に「アファーマティブ・アクション 断固反対!」
と大きく書かれた横断幕がかかっていることに気がついた。
"アファーマティブ・アクション"、どんな意味だったっけ…。
今回も助かる気はしない。
胸ポケットからスマホを取り出し、未読メッセージの通知を確認する。
アカネ:『最近ぶっそうだし、暗くなる前に帰ってきてね』
もしかして、アカネの『大丈夫?』は僕の精神状態を気遣ってではなく、
治安の悪さを警告していたのか。
せめて一度、電話しておくんだった。
首を起こすが、ノドに血が流れ込んで喋るどころではない。
視界が霞んできた、最後に声だけでも聞いてみたい。
目をこらしてアカネへの通話ボタンを押す。
ああ、出ない。
…
……
………
…………