第十話:新しい○生が始まる
井戸から水を汲んでいると、若いエルフの女性が訪ねてきた。
美しい金髪のロングヘアーと整った顔。儚げな表情を浮かべている。
「すいません、街はどちらの方向でしょうか」
女性は腕にカゴを下げている。
「あっちです」
僕は王都のほうを指さした。
「ありがとうございます。
これを売りに行くところなのですが、ひとつ差し上げます」
エルフはカゴから小さな木箱を取り出した。
上のフタをスライドし、中から小さな木の棒をつまみ出す。
棒の先端は赤く盛り上がっている。マッチだ。
「棒の先端を箱のザラザラした部分で強くこすると、火がつくんです。
よかったら、火打ち石の代わりに使ってみてください」
エルフはマッチを1本燃やしてみせた。
使い方は知ってるよ、と言いそうになったがこらえる。
この世界では新しい発明だ。
「これは便利そうだ、使ってみます。お代は?」
「けっこうです。気に入って頂けたら、あとで買いに来てください」
「ありがとう、きっと売れるよ。
それと、変なことを聞くけど… ゴブリンは怖くない?」
「里にはゴブリンを怖がるエルフも多いのですが、私は平気です。
エルフとゴブリンは、もっと仲良くできると思うんです」
「僕もそう思うよ」
「ありがとうございます。それではまた」
エルフは一礼すると去っていった。
…
……
風がやんだ。
また時間が止まったようだ。
「呪ってやるぅ~~~」
アカネが井戸の中からはい出してきた。
「懐かしい登場の仕方ですね」
「あれ、井戸から出てきたら怖がるかと思ったけど、そうでもない?」
「そこそこ昔のホラー映画ですよ、それ。
担当者ならもうちょっと出身世界のトレンドを勉強しといてください」
出身世界のローカルネタも今や懐かしい。
「それで… 今のエルフが元凶だったんですね」
「そう。彼女こそがこの世界を滅ぼす禁断魔法を完成させたエルフ!
今は平和的な発明家になったみたいだけどね」
――― 少し時間をさかのぼると、僕はアカネとこんな話をした。
「"世界を滅ぼす魂"っていうのも、再犯の可能性があるんですか?」
「自殺しがちな魂に比べると数が少なくて、なんとも言えないかなー」
「でも、魂が多い世界に生まれたらかなり危険な存在でしょう」
「まあ、そうかもね」
「じゃあ、提案なんですけど、100年か200年くらい過去に戻って、
禁断魔法を研究したエルフを更生プログラムの対象にしたらどうです?
その後の行動が変わるか、いい受刑者サンプルになるんじゃないですか」
「へー! それは試してみたいかも。いいよ、やってみよっか。
ていうかキミ、そんな機転も効かせられるようになったんだねぇ」
「ゴブリンの商売人ってけっこうシビアですから。
安く買い叩かれないように交渉術は身についたと思います」
「あっはは、なるほどー。じゃあ、ちょっくら行ってくるね」
―――そして、この世界は救われた。
「あのエルフ、更生プログラムを受ける前はどんな感じだったんですか」
「ゴブリンが憎くて憎くてしょうがない、って顔に出てたよ。
この世界に生まれる前、ひどい目に合わされたのかもね。
ちなみに、キミのいた世界だと無害な研究者だったよ」
「また気が変わらなければいいんですけど」
「まー、気が変わったら変わったで、それも貴重な受刑サンプルってことで」
アカネが時折見せるドライな反応は、彼女が人間より上位の存在なのだと感じさせる。
「そろそろ私はお暇するね。
もうあまり時間は無いから、それは覚悟して」
「今回の死因は決まってるんですか?」
「この世界のキミも、本当ならもう死んでるからねー…
向こうのガケでキノコを取ろうとして落ちた時にね」
身重の奥さんがいてそんな死に方はしたくない。
だが、それも別の世界の僕が自殺したことに起因する死なのだ。
「だから、幽霊に死因はないよ。どこかでパッと消えちゃう。
この世界の人の記憶でも、キミは半年前に死んだことに書き換わる」
「僕が育てた作物とか、作った家具とかはどうなるんですか」
「モノは残るけど、何かしら辻褄が合うように変わっちゃうはずだよ。
エリカちゃんが実家の両親と和解したとか、村の人が助けてくれたとか、ね」
「そう、ですか」
寂しい話だ。
だが、この半年の記憶は僕の魂に刻まれた…と信じよう。
「キミの次の転生先、聞きたい?」
「いえ、聞かないでおきます」
「えー、言いたいのに! ヒントは~…女の子! 以上!」
「だからヒントも聞いてないって…」
一瞬視界がゆがみ、アカネは目の前から消えていた。
家の中からエリカの苦しむ声が聞こえる。
早くお湯を沸かさないと。
水の入った鍋を持ち、家に入ると、暖炉の火は消えていた。
薪を足し忘れていたのだ。
灰をかいて、薪をキャンプファイヤーのように並べた。
薪の中心には、おがくずと乾燥した小枝を入れる。
もらったマッチをこすり、点火。やはり火打ち石より便利だ。
暖炉の上に鉄鍋を乗せる。
エリカの苦しむ声は、絶叫とも悲鳴ともつかない声に変わってきた。
目を閉じ、手を組み、母子の無事を神に祈る。
この世界に、神は本当にいると知っているから。
それは無慈悲な神かもしれないけど、
ほんの少し、気まぐれで情けをかけてくれる日もある神様なのだろう。
……
しまった、こんなときに気を失っていた。
赤子の泣き声が聞こえる。ついに、産まれたのだ。
僕は寝室のドアを開けた。
「さあ、布で身体を拭きましょうね」
産婆のメイさんが薄緑の肌をした赤子を抱いている。女の子だ。
エリカは顔色こそ悪いものの、ほっとした表情で赤子を見つめている。
2人が僕のほうに振り返った。
「あら、ドアを閉めてなかったかしら」
視線の先には、暖炉の炎が静かにゆらめいている。
「名前は決めてあるの?」
メイさんが尋ねる。
「男の子だったら、あの人の名前をつけようと思っていたのだけど」
「今は疲れているでしょう、名前はまた落ち着いてから決めてあげなさい。
ほら、抱っこしてあげて。首のうしろを支えてあげてね」
エリカがゆっくりと赤子を受け取る。
「ううん、女の子の名前も決まっているわ。
昨日の夜、あの人と夢の中で相談した気がするの」
「アカネ、あなたはアカネちゃんよ」
暖炉の上で、鉄鍋の水がふつふつと音を立て始めた。
これで終わりです。ありがとうございました。
普段はたまに文章を書く仕事をしているのですが、
自分の思うままに小説を書いてみたことはなかったので、
今回初めてチャレンジしてみました。
いや~、大変ですね! でも、こりゃ楽しい。
お見苦しい点も非常に多かったかと思いますが、
もし最後までお付き合い頂けたのでしたら幸いです。
ありがとうございました。