転生
ある日、いつもクラスで寝ている男子生徒になんとなく声をかけてみた。
ソイツは所謂オタク気質で、ライトノベルなる物を読んでいるそうだ。
そういった界隈にも、当然ながら流行は存在するもので、最近は『異世界』とかいう系統の話を読んでいるらしい。
いくつか渡されたタイトルを家でペラペラと読んだ。
内容はどれも違う世界で自我を保ったまま生まれ変わったり転移したりで、超人的な能力を授かって世界を救うとかのんびり暮らすとか、そんな感じだ。
中にはとてもじゃないが読み進めることの出来ない物もあった。
そもそもどうして主人公が全員パッとしてないんだ?
そして何故かモテる。 目立とうとせずにしている主人公ですらモテる。
さらには性行為の描写まで出てきた。
俺は驚愕した。
表紙の主人公と隣に居る女が今まさに文字の中でセックスをおっぱじめたのだ。
話の中でセックスをするのはホラー映画くらいだと思っていた。
まさかアニメ絵のキャラクター達がエロ漫画以外でこういった行為を表に出すとは思わなかったのだ。
後日、オタクくんに本を返して感想を伝えた。
「確かに、あまり面白くない物もありますね。 最近は質よりも量というか、書き手の早さが求められているようで。 でもその数ある作品の中から面白い物を探し当てた時は楽しいですね」
「ふーん、曲ディグるみてぇなもんか」
「……で、でぃぐ?」
「つーか、主人公達ってなんで転生のことをさも当然のように知ってんの?」
「主人公達の世界にも僕たちと同じように異世界系が流行ってるからですかね? 主人公自体がそういう本を読んだり、内容を友人から聞いていたりで……」
「それって読者を主人公に感情移入させる為?」
「どうなんでしょう、そうなのかもしれませんね」
「じゃあ最近の中学生とかは学校にテロリストが来るような妄想じゃなくて、異世界に行く妄想とかしてんのか」
「はははっ、その可能性高そうですね! わりと中学生に限らずいい大人もしてるかもしれませんよ」
「夢想が現実離れ過ぎて哀しい世の中だな」
「まぁでも、実際にあったら面白いですよねぇ。 僕ならのんびり生きたいですね。 でもアニメが観れなくなってしまうのでやっぱり現実が良いです」
「へぇー……。 なぁ、煙草吸い行かね?」
「えっ!?」
―――――
羽宮 翼空。
どこにでも居る高校生。 最近の悩みはゲームのタイムアタックをやり過ぎて出席日数が足りず、留年してしまったことだ。 故に、今年で19歳となる。
父親は居眠り運転で事故を起こして死んだ。 暴力的で、死んで当然の男だった。 母親は毎月金を置いてどこかへ行く。 その度に罵詈雑言を浴びせられるが、仕方がない。 金を持ってくるのが、あの女の仕事、俺はその女のストレスの捌け口となる仕事だ。
唐突に家の窓が、ガタガタと何度も引っ掛かりながら開く。
一般的に見てガラの悪い金髪で肌の浅黒い男がこちらを覗き込んでいた。
その男は俺を確認すると、小さくため息を吐いてこう言った。
「またゲームしてんのかよタスク。 おら、学校行くぞ」
男は俺の友人だった。
コイツは俺と同じ年齢で、俺と違ってちゃんと高校を卒業していた。
今では近所の町工場で正社員として働いている。 休日には俺もそこへバイトに行っており、卒業後はそこへ就職することも決まっている。
「……ユウヤか。 今行く」
ダルそうに答えた。
俺は、ゲームのタイムアタックで徹夜した身体がこれ以上辛くならないように、炊飯器から適当に米を掬って口に運ぶ、そして亜鉛のサプリをマルチビタミンのゼリーで飲み込んだ。
汚い部屋の中で身体をぶつけながら着替える。
煙草に火をつけ、団地の階段をかったるく一歩一歩降りていった。
外では既にユウヤがバイクに跨り待っていた。
「おら、メット」
「……お」
投げ渡されたヘルメットを受け取り、被る。
ちょっと前まではノーヘルが当たり前だったのに、社会人になるとしっかりするもんだな。
煙草を投げ捨ててユウヤの後ろへと座る。
そういえばこのバイク、族の先輩からもらった物だったな。 あまり接点のない先輩で怪しかったし、金が無かったから俺は断ったんだったか。 ユウヤの様子を見る感じ、どうやら特に訳ありのバイクというわけでもなかったようだ。
他愛もないことを考えていると、バイクは進み始めた。
数年前までは不良やチンピラが堂々と歩き、そこかしこで喧嘩していたこの街も、今じゃ見る影もない。
時代の波か、地元の後輩で尖った者は少なく、上の代の者達は不審死や、行方不明が相次いでいる。
この辺りには有名な通り魔が居るが、不良の集団や団体の人間を狙っているようで、俺たちのような一般人には被害も無く、平穏そのものだ。 通り魔は今もなお捕まっていない。
ヤクザも暴れる必要が無く静かにビジネスをしている。 暴走族やチームは未だにあるが、これといって大きな争いもない。 ストレスも無いがつまらない街になってしまった。
ボーッと地元の汚い街並みを眺めていると、緩やかに景色が止まった。
どうやらもう着いたようだ
「タスク」
「……お」
ゆっくりと降りて、ユウヤにメットを返す。
「ほんじゃあ、また夕方な」
「……お」
眠たい声で答えた。
またもや煙草を取り出し、ユウヤが走り去って行った道をボケーッと、一服しながら眺めていた。
吸い終わった煙草を放り投げ、あくびをしながら学校に向かって歩きだす。
轟音が迫って来ていることにも気付かず。
―――――
強い倦怠感を伴いながら目が覚める。
いつのまにか寝ていたのか俺は、高校へ向かっていたような気がしたが、夢だったのか。
まぁ、だるいし今日は行かなくていいか。
ゲーム機の電源を入れると、いつもと違う音を鳴らし、ガビガビと歪みながら起動した。
「……んだよ。データ飛んでんじゃん」
キャラクターの作り直しからだ。
とはいっても俺はいつもランダムだ、姿形なんてものはどうだっていいのだこんなものは。
出来上がったのは青いロボット。
種族は『無敵殺戮マシーン ガイアス』
知らない種族だ、なんて馬鹿げた名前だろう。
そもそも俺は今なんのゲームをしているのだろう。
今は何時だ? 窓から外を見るとユウヤ達が爆竹で遊んでいた。あ、もう夕暮れなのか。
襖の向こうから化粧をしているであろう母ちゃんの苛立った声が聞こえる。
父ちゃんは? 父ちゃんが帰ってくるからナイフを持って押し入れに隠れないと。
「おーい」
玄関からユウヤとテツトの声が聞こえる。
族の抗争で、バットで殴られて死んだテツト。玄関横の小窓からテツトが俺を呼ぶ。
「何してんだよ、おせーぞタスク」
「んー、今行くよ」
母ちゃんの置いた千円をポケットに入れて玄関に行くと、さっきまで話していたユウヤとテツトの声が聞こえなくなった。
「テツトー? ユウヤー?」
蝉の鳴き声だけが聞こえる。
「母ちゃーん」
蝉の鳴き声だけが聞こえる。
ドンッ!
玄関から衝撃音が鳴った。
「タスク!!開けろオラァ!父ちゃんをイラつかせてそんなに楽しいか!?あぁッ!?」
急いで俺はナイフを掴んで襖へ向かう。
一歩一歩、床を踏み締める音が近づいてくる。
押し入れの暗闇に隠れ、ナイフを握り締めて過ぎ去るのを待つ。
「あのクソガキどこ行きやがった! 朱美! テメェの躾がなってねぇからあの馬鹿がつけ上がるんだろうが!!」
「痛い!やめて!」
「うるせぇ!なんで俺の言うことがきけねぇんだよ!あぁ!?」
隙間から覗くと母ちゃんが髪を掴まれて殴られていた。
この後は父ちゃんに見つかって殴られるか、母ちゃんに見つかって殴られるか。
今日は秘密基地でみんなと過ごすしかない、明かりの蝋燭とお菓子を万引きしてから行こう。
でも今は外に出れない。
蝉の鳴き声が聞こえる。
暑い。でもなんだか風がある気がする、押し入れの中なのに。
押し入れの奥、暗闇が広がっている。音を立てないようにゆっくり、這いずって
落ちた。
―――――
なんだか、浮遊感を感じる。
強い風の音。
高速道路で窓開けているみたいだ。
「――! ――い! ――起きろッ!」
目を開けると、目に違和感を感じた。
視界には深い青と散りばめられた光。 その片隅に落下中の文字と落下スピードが表示されている。
なんだか視界がクリアすぎる。視力もいつもより良い気がする。
あれ、そういえば今は全く瞬きしていないな。
「おいッ! 起きろ!」
「なんだよ、うるせぇな。起きてるよ」
声がする方に頭を向けると、カンガルーが口の周りをブルブルと震わせ、歯茎をむき出しながらこちらに話しかけていた。
思わず吹き出す。
「なに笑ってんだテメーッ!」
「い、いや、すまん……」
そう言いつつも再度吹き出す。
「テメェ……ッ!」
「それよりも今はどういう状況なんだこれは」
夢か?
ユウヤに送ってもらって高校に行ったと思っていたが、なんだか様子がおかしい。
やけにリアルだ。風を全身に浴びる感覚を強く感じる。明晰夢ってやつか?
しかし、カンガルーとスカイダイビングをする夢だなんて突拍子も無い。明晰夢なんて初めて見たな、大体友達と遊んでいたり、勝てない喧嘩の夢とかを見るんだが、ここまで意識があるのは初めてだ。
「どうもこうもねぇよ! 落ちてんだよ俺達ッ! 絶賛空の旅満喫中だバカヤローッ! 終点はあの世だコラァッ!」
カンガルーが指差す先を見ると、ゲームの世界を実写化したかのような、ファンタジー世界が広がっていた。