七、街
「左舘様がこの街の街長になられたのは三年ほど前です。当時からこの街は大都市の中継地点としてそれなり栄えていました。前街長はとても穏やかな方で規制がゆるく誰にでも開けている代わりに、治安も悪くなっていきました」
「自由と統治における優しさの意味を違えてたのか。まあ向いてなかったんだろうな。」
焔羅は頷く。
「ええ、そうですね。とても街人からの人望もある方だったのですが、仰る通り向いていなかったのです。そして治安の悪化に耐えられず街長の選挙を執り行うこととなり、選ばれたのが左館様です」
「左館ってのはこの街の人間だったのか?」
「いいえ」
「いきなり外からやってきた人に皆さん投票したんですか?」
刃と守風は疑問を投げかける。
「その点では左館様はとてもお上手な方でした。人々を惹きつける甘い言葉を吐き、前街長がいかに無能かを説き、あらゆる年代の人々を誘導していったのです」
「なるほど。そういうところはすげー賢そうだよな」
「元々外の国でも豪商として名を馳せておられた方ですから。演説や人心掌握はお得意なのです」
「で、左館が街長になったと」
焔羅は再び頷く。
「はい。そしてそれからは街人に重税を課すようになりました。理由は治安を好転させる為です。結果的には税を払えない違法者などは街から出ていき、現在は治安も良好と言えます。しかし…」
「払えない街人も出ていかざるを得なかったと」
「ええ、その通りです」
「無理に払おうとして働き詰める人もいたでしょうね」
辛そうな顔で守風が言う。
先ほど街中で石を投げてきた子供を思い出す。父親がそうだったのだろう。
「その結果が先日起こった襲撃事件に繋がります。左館様が屋敷から出てきたところを複数人の街人に襲われました。私が対応し事なきを得ましたが、左館様は大層お怒りになり、あるものは追放、あるものは…処刑されました。」
「………」
「………」
違う。先ほどの子供はきっと殺された父親の…。
「なんで話した?そんな話を聞いてまっとうな感性の人間が快く護衛を引き受けるとは思わないだろ?」
「はい、けれどこの街が良くなったのも確かに左館様の功績です。そして知っておいてほしかったのです。この街のことを」
「……」
「あの、焔羅さんはこの街の方なんですか?」
「いいえ、違います。私はこの街に来る前から左館様の秘書です」
「そうですか…」
何か考えこむ守風。
「とりあえず気乗りはしないが、囀哩の紹介ってこともあるしな。仕事はきっちりやる」
「ありがとうございます。期間としては左館様がこの街を離れる一週間後までお願いできればと思っております」
「離れる?」
どういうことだ?
「はい。先日の襲撃事件で身の危険を強く感じられたとのことで、拠点を別の街に移すことにしたのです」
「それは街長を辞めるってことじゃなくてか?」
「はい。この街には別の代理人を立てて、遠方から指示を出すような形になります」
「なんだそりゃ。街を見ずに何が統治だよ」
段々怒りを通り越して呆れてきた。
「わかった。一週間な」
「よろしくお願い致します」
焔羅は深々と一度頭を下げると立ち上がる。
「それではお部屋にご案内致します」
非常に気は乗らないが仕事だ。と言い聞かせそのあとに付いていった。
ふと守風を見るとまだ考え込むような顔をしていた。
次の日左館は屋敷から出ないということで家の周辺の見回りをすることにした。
だが辺りは襲撃されるどころか人の気配すらない。
暇すぎるので街中視察という名目で街へと向かった。
「いいんでしょうか。なんだかさぼってるみたいで」
「いいんだよ。殺気とか何も感じなかったんだろ?」
「はい、それはありませんでした」
「なら大丈夫だ。何かあったら駆け付けりゃいい」
「刃さん。ちょっと投げやりですね」
苦笑しながら守風が言う。
「そりゃあな、あんな話を聞いたらな」
「そうですね、刃さんも言っていた通り何故焔羅さんが私達にその話をしたのかも気になります」
「焔羅か。確かによくわからんな。結局左館を守ったり、ずっと付いているあたり忠実な部下なんだろうが」
「そうですね」
街の中央通りともいうべきところはかなりの賑わいを見せていた。
昨日も感じたことだが一見したところ治安も良く、栄えた街という感じだ。
通りの先まで行ったところで横に曲がる。だが段々と空気が変わってくるのを感じた。
こりゃ…
更に歩き続けると明らかに暗く淀んだ薄汚い通りがちらほら見えてきた。
貧民街か。
「治安が良くなったのでは」
「まあ貧富の差もできただろうし、すぐ街から出ていけない人間もいるだろうし、こうなるよな」
「……」
これ以上進むのは危険な匂いがして、二人は引き返す。
この街には淀みが溜まっていることは分かった。
そしてそれを引き起こしたのは左館だ。だが救ったのもまたヤツなのだ。
本当に守るべきは…
「お前ら!あいつの仲間か!」
元の大きな通りに戻ってきたところで急に大きな声が聞こえ驚く。
見ると昨日焔羅に石を投げていた少年だった。
恐らく父親を殺されたという…
「私たちは…」
答えようとした守風の前に立ち言う。
「いや、違う。俺たちは正しい者の味方だ」
我ながら曖昧な答えだ。だが嘘は言っていない。
「ただしい者?じゃあ敵じゃない?」
「はい」
今度は守風が優しく答える。
「私たちは守るために来ました。だから…」
「だったら!だったらなんで!なんでもっと早く…!」
守風へと振り上げられた拳を庇うように前に出て代わりに刃が受ける。
弱い力だ。でも悔しさや悲しさが伝わってくる。
ドンドンと何度も叩かれる内に女性の声がかかる。
「!なにしてるの!」
少年の母親らしき女性が止めに入った。
「ごめんなさい。見知らぬ方に」
「いや、大丈夫だ。それよりあんた達は大丈夫なのか?」
「え?」
「俺たちは昨日商談の為にこの街に来たんだが、色々良くない話を聞いてな。例えば…街長のこととか…」
適当な自分達の設定を考えて話を聞こうと試みる。佐舘の傭兵と言えば何も答えてはくれないだろう。
「…事件のことも聞いたのね」
「ああ。もしかしてあんた達の家族は…」
母親は俯き、少年を強く抱きしめたまま絞り出すよう言った。
「…ええ、そう、あの男に、殺された」
「………」
「恨んでも恨み切れない。だれでもいいから殺してほしい。あの男を」
「………」
「…ごめんなさい。来たばかりの方にこんなことを」
母親は謝る。自分達もつらいはずなのに他人を気遣うとは。
なんと声をかけて良いのかわからずただ聞いていた。
「でも忠告よ。この街に住みたいならそれはやめた方がいい。絶対に」
怒りと悲しみを称えた瞳。
恐らくだがこの街の人間の大半が差はあれどこんな感情を持っているのだろう。
そして少年は呟く。およそその年齢に相応しくない恨みの言葉を。
「殺してやる、おれがあいつを」
母親はただぎゅっと少年を抱きしめた。
「…もう一つ…聞いてもいいですか?」
守風が問う。
「焔羅さんについては何か知っていますか?」
「焔羅?もしかして秘書の?」
「はい」
「そう。そういう名前なのね。あの人には一度助けてもらったことがあるの。でも佐舘の側近ということならあれは単なる偶然だったのかもしれない…何もわからないわ、何も言ってくれないのだもの」
「そうですか。ありがとうございます」
そして守風は真っ直ぐに親子を見つめる。
「あの、最後に一つだけ」
「?」
「先ほど言った守るという言葉に嘘はありません。だから信じてください」
「…あなた達は」
「すまん。邪魔したな」
そのまま守風を促し場を去った。
「すみません。勝手なこと言いました」
「いや、俺も同じこと思ってたよ。お前が言わなきゃ俺が言ってた」




