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双ツ刃のマガツカゼ  作者: 路折
第一章、出会
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六、人

「人が欲しい…」


山積みの書類に囲まれぐったりとした(じん)がそう呟く。


「人…雇うんですか?事務関係の処理をしてくれるような」

「あー、いやしかし給料もそんなに払えるわけでもないし。あー」

「すみません、私がそのあたりも出来たら良かったんですが」

「いやいやいや、これ以上お前に望むことは何もない。そもそも書類が溢れるっつーこんな贅沢な悩み自体も守風(しゅか)のお陰だしな。すまん、気にしないでくれ」



依頼は途切れず日々やってくる。そして契約書やら領収書やらその他書類やらも日々やってくる。

おかげで借金は完済できたものの、ややハードワークぎみに詰め込み過ぎたせいでこうして書類の山に囲まれるに至っている。

だが事務員を雇うというのも現時点の収益では少々厳しい。


以前は一人でやっていた為、店を構えつつも個人の手続きのみでよかったのだが、今は守風がいる。その為傭兵事務所として、一つの会社として仕事を請け負うようになった。

名前は安直だが時間もなく良い案も浮かばなかったので自分の名字を取って裂守(さきもり)傭兵事務所としている。


会社としてやっていくことにより事務処理や審査や契約まわりやらとんでもなく面倒なことになっていたがなんとかこなしていった。

厳密に言うとこなしたかった。

全然その辺りは終わっていない…。


何から手を付けたものやらと頭を悩ませていると、机にトンとお茶が置かれる。


「これくらいしか出来ませんが…刃さん無理せずに」

「いや、充分過ぎるくらいだ。ありがとう」


申し訳なさそうな守風に笑みを返す。そうだ、やれる限りは自分でやって、ぶっ倒れたら考えればいい。守風の入れてくれたお茶に心を暖められつつ、刃は書類を片付けていった。



翌日。

その日も囀哩(さえずり)からの紹介づての依頼だった。


(本当にあの人には感謝しないとな)


一旦書類のことは綺麗に忘れ依頼に頭を集中させる。


今回の内容はいつものような日雇いの護衛ではない。

この街から少し離れたところにある【千秋(せんしゅう)】の街で、街を納めている【左舘(さだて)】という男を町民から守って欲しい、というものだった。

町民に恨まれている…事情はよくわからないが、実はこの依頼は囀哩自身からも頼まれた為断ることはできなかった。


「行ってみるしかねーか」


砂漠を横断する列車に乗り一時間ほどで目的の街に着く。

基本的にこの地域は砂漠が多く、ほとんどの街が砂漠に囲まれている。その為街間の移動は列車か自動車となる。

しかし列車も主要都市の周りしか張り巡らされていないため小さな街の人間はあまり頻繁に遠出ができない。

これから向かう千秋の街は小さな街ではあるが灯籠(とうろう)竜胆(りんどう)という二つの大きな街に挟まれている為線路が走っている。つまり物資輸送の中継地点でもあり重要な街でもある。

囀哩が直接口を挟んできたのも恐らくその辺りが理由だろう。


「あー着いた着いた」

「一時間とはいえずっと揺られながら座ってると疲れますね」

「だな」


伸びをしながら同意する。


「さて、ここが千秋か。列車の到着に合わせて街長の使いが迎えに来るって話だが」


すると駅のベンチに座っていた女性が立ち上がりやってくる。

長身に肩までで切り揃えた青い髪、きっちりとしたスーツを身に纏った綺麗な女性。

彼女はこちらに一礼をすると問うてくる。


「あなたが裂守(さきもり)さんですか?」

「ああ」

「そして守風さん」

「はい、はじめまして」

「はじめまして。私は左舘様の秘書をしております城居焔羅(しろいえんら)と申します。」


秘書、というわりには隙がない。なんだか強そうだ。


「早速ですがお屋敷までご案内致します」

「ああ、頼む」


三人は街の中を歩いていく。車での送迎を期待していたのだが、徒歩だった。


街自体はそこまで大きくはない。

しかし大通りはそれなりに賑わっていた。

流石中継となる街だ。出店なんかもある。


ただ一つ。先程からずっと気になっているのは。


「見られてるよな」

「そうですね」


街の人々から向けられる視線。しかしそれは好意的なものとは言いがたい。そしてその視線は自分達ではなく全て前を歩く焔羅に向けられていた。


「もう少しでお屋敷に到着致します。気になるようでしたら少し離れてお歩きください」


こちらを気遣うように焔羅が声をかける。

そこへ少年が飛び出してきた。


「父さんの(かたき)!消えろ!」


叫びと共に石が投げられる。


「!」


それをかわすことなく焔羅は受ける。顔に傷ができた。よく見ると見える範囲で焔羅の体に小さな傷がいくつもあるのがわかった。


「焔羅さ…」

「問題ありません。行きましょう」


かわしもせず、咎めもせず、焔羅は歩き続ける。

刃と守風は一度顔を見合せ、そのまま着いていった。


「こちらが左舘様のお屋敷です」

「でか…」

「大きいですね…」


ここまで見てきた街には不釣り合いなほど豪華な屋敷。かなりの金遣いの荒さを感じる。こういうところに住む奴は大抵ろくでもないのが定番だ。


「贅の限りでも尽くしてそうだな」

「……」


この言葉には焔羅は答えなかった。



家の中に通される。


「着いて早々申し訳ありませんが左舘様に会って頂きます」

「わかった」

「こちらへ」


有無を言わさず館の主のもとへ案内される。


「お連れしました」

「入れ」


主の部屋と思われる大きく豪華な扉が開く。中にいたのは予想通りの肥えた豚のような男。第一印象だけで言うなら生理的に受け付けられそうにない。


「お前達か。囀哩が贔屓にしているという傭兵は。とんでもない腕利きという話だが…」


値踏みされるようにじろじろと見た後、見下し切った目で告げる。


「まあせいぜい役に立ってくれ。もしもの時は私の代わりに死ね」


チャキと後ろで守風が刀に手をかける音がする。それを軽く手で制し、


「勿論、それに値する相手であればそうするさ」


挑むように言った。


「ふん、金で動く傭兵風情が生意気な。焔羅連れていけ」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


部屋を出る。絵に描いたように嫌なやつだ。

左舘が具体的に何をしたのかは知らないが、街人の態度もわかる気がした。


「申し訳ありません。主に代わり謝罪致します」

「あんたが謝ることじゃないだろ。いつもあんななのか?」

「ええ…そうですね。詳しくは後程お話しますが、先日起こった街人の襲撃事件以来特に気が立っておりまして」

「そりゃ襲撃したくもなるな」

「襲撃事件…それで護衛の依頼を出されたんですね」

「ええ、その通りです」


そして客間に通される。床から天井までの大きな窓がある明るく広い部屋だった。


「わ、素敵ですね」


守風が感嘆の声をあげる。確かに家主のことを考えなければセンスの良い屋敷だ。


「どうぞお座りください。今お茶をご用意します」


そう言って焔羅は茶の準備をする。

他に使用人などはいないのだろうか。全ての雑務を彼女がこなしているように見える。


その間に刃と守風はソファーに腰かける。


「わ、ふかふかですね」


またも守風が感嘆の声をあげた。気に入ったのなら事務所にもソファーを置こうかなんてことを考える。


「お待たせ致しました。どうぞ」


出された茶を一度すすり一息着いたところで本題を促した。


「で、俺達はあいつを護衛すればいいのか?」

「はい、その前に少しこの街のことをお話させて頂けますか?」

「ああ」

「ありがとうございます」


そして焔羅は話し始めた。この街と左舘のことを。


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