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双ツ刃のマガツカゼ  作者: 路折
第一章、出会
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五、礎

翌日は朝から囀哩(さえずり)の護衛任務だ。とはいえ同じ街の中の系列店への荷物移送の護衛の為、そこまで時間も手間もかからない。

そっと守風(しゅか)の顔を伺うがいつも通りだった。


無事依頼を済ませ少し早いが夕食をとることにした。守風は今日一日思い詰めた表情をしており空気は重い。

それでもさらりと依頼をこなしてしまうあたりこいつの凄いところだが。


食事を終え外に出ると店に入る前はまだ明るかった空がすっかり暗くなっていた。


「少し歩くか」

「…はい」


海沿いのこの街は散歩道が多い。治安もそこまで悪くなく、活気もあるため家族連れにも人気のある街らしい。だからこそ稼げるとふんでここに店を構えたのだ。


人気の無い道に入ったところで守風が切り出す。


(じん)さん」

「なんだ?」

「刃さんは…」

「…」

「人を殺したことがありますか?」


ずっと、心の隅に追いやっていた悪い予感。それはそのまま悪い方に的中した。


「ない」

「そうですか」

「ああ」

「私はあります」


少し息が詰まる。思わず歩みを止めてしまった。

守風は止まらず数歩先を歩いたところで止まり振り返る。いつか見たのと同じ月明かりを背負い逆光のなか佇む姿。その顔には感情の色は浮かんでいなかった。

まるで、心を無くして人を斬る暗殺者のように。


「……」


「刃さん。私の名前は(いしずえ)…礎守風。暗殺者一族である礎家の人間です」


「……」


「これまで何人もの人間を手にかけてきました。十の時から、私の手は血にまみれていました」


礎。

あまり裏の世界に明るくない刃でも聞いたことのある名。


「私には…貴方と一緒に…誰かを守る資格は…ありません」


失敗は無く、依頼した人物は必ず仕留めるという必殺の暗殺者一族。

それが、守風?

冗談だろう。


だが戦いなれた彼女の姿を思い出せば出すほど、それは真実なのだと裏付けられる。


けれど…


「守風」

「…はい」

「俺は俺の見てきたお前しかしらない。だから、今から俺個人の勝手な思いを言わせて貰う」

「刃…さん」


「俺は…誰かを守って嬉しそうにしたり、誰かを助けられて喜んでるお前を見てきた。お疲れさんって言葉に笑顔になったり、仕事終わりの夕食を旨そうに食べたり、たとえほんの少しの間一緒にいて見てきただけだったとしても、俺はそれが本当のお前だと思ってる」


「……」


昨日から、いや予感を感じたあの日からずっと言おうと思っていたこと。そして伝えたかったこと。その言葉をただ守風に向ける。


「家のこととか過去のことが知りたいんじゃない。俺が知りたいのは今お前がどうしたいかだ」

「私は…」

「お前が俺とこの仕事を続けたいって言うなら絶対に俺が守ってやる」

「でも…」

「最近風を使うことが楽しくなってきたんだ。それを教えてくれたのはお前だ」

「いえ、それは私が勝手に」

「まだ何も返せてない。もっと時間が欲しい」

「わた…」


「俺は!」

「!」


「お前と一緒に戦いたい」


守風は驚きと迷いと不安と色々ないまぜになった顔をしていた。


「刃…さん…」

「言え、守風」


「…っ」

「どうしたい」


「私は…」


どれ程暗い世界を生きてきたのか刃には全くわからない。想像も出来ない。けれどあの日からいつも自分に向けられていた笑顔だけは真実だとはっきりわかる。そしてそれを失わせたくない。


「私も…!私も貴方と一緒に…っ」

「うん」


守風の目に涙が浮かぶ。叫ぶ声には祈りのような想いがのる。


「誰かを守りたいです!助けたいです!もう!誰かの意思で私は殺したくない!」


「まかせろ」


そのまま刃は竜巻を生み出す。横抱きにした守風と自分を屋根の上まで持ち上げ、更に上へと昇る。


「え!?じ、じんさ…」

「こうしてさらってやるから。大丈夫だ」

「……」


守風は驚き刃を見ていたが、その言葉で顔を真っ赤にしてうつむいた。



少しかっこつけすぎた気がする。露李(つゆり)がいたら絶対からかわれていただろう。

だがこのまま望みもしない別れをするのは絶対に御免だった。

だから言いたいことは全部言ったし、守風の本当の想いも聞きたかった。


頬の熱を冷ますために暫く風に身を任せ自分の店の方に飛ぶ。


「まあなんだ、説得に失敗したらすまん。多分俺じゃ兄貴には勝てんからな」

「そのときは私が戦います。兄様は…私には勝てませんから」


昨日もそんなことを言っていたな。この兄弟の関係性はまだよくわからない。


ふわりと屋根に着地した。同時に目の前に風と共に男が現れる。


「兄様」

「別れの挨拶は済んだか」

「私は…」

「話を聞けっつってんだろ」


庇うように守風の前に出る。


「部外者は黙っていろと言っただろう。もう充分利用したはずだ」

「あ?」

「金の為に守風は使えただろう」


苛立ちが募る。


「ふざけんな。そんな目的でこいつと一緒に戦ってきたんじゃない」

「他になにがある」

「確かに、きっかけは守風の強さを借りたかったからだ。でも今は違う」


一度守風を見やり、また視線を戻す。


「一緒に戦っていると楽しい。こいつは俺に色んなことを教えてくれる。だから」


「まだ利用するのか?」

「だから違うっつってんだろ!」


互いに睨み合う。


「あんたは守風の意思はどうでもいいのか?望みもしない殺しをやらせるのか?」

「……」

「俺は嫌だ。こいつの願いを叶えてやりたい」

「望み」

「こいつは誰かを守りたいと言った。助けたいと言った」


「守る…か」


「兄様」


男は視線だけを守風に向ける。


「何故ここに来たのが兄様なのか。何故母様ではないのか。私の予想が合っているのならそれは…」

「守風…それがお前の望みなんだな。誰かを守るためにその刀を振りたいと」

「はい」


逆光の中、表情ははっきりとはわからないがそれでも何かを迷っているのを感じる。目を合わせぬまま守風に告げる。


「全ては僕のせいだ。だからお前が本当にそれを望むなら…僕がなんとかする」

「兄様…」

「最悪の場合はあの人を頼る」

「……」

「守風。僕ではあまり時間稼ぎは出来ないかもしれない、だが…」


二人の視線が交錯する。

それから男は再び刃へと視線を向けた。


「守風を頼む」

「あ?ああ、当然だ」


そのまま風と共に消えた。


「説得できたのか…?」

「…」


未だに晴れない守風の顔を見るとそうではないのだろう。一反の嵐は去っただけ…ということか。


「でも、まだ一緒にいられます。刃さん、どうかこれからもよろしくお願いします」


不安げに笑う守風。

こんな顔をさせたくはない。必ず守ると心の中で誓う。


「それはこっちの台詞だ」


手を取り強く握手する。守風は一瞬驚いたが照れたように笑い、


「はい」


と言った。



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