四、影
それからは依頼を着実にこなしていった。特に囀哩の依頼料が破格だっただけに借金も半分ほどまで減った。
なにもかも順調。ただ一つ、守風がいつまでここにいられるかという不安以外は。
一月ほど経った頃。今日は海を渡り外の国から来た商人の護衛任務。最近は囀哩が贔屓にしているという評判から他からも依頼が入るようになった。
「刃さん!行きましょう!」
「おー」
朝から張り切っている様子の守風。だが内心は自分も同じ気持ちだ。
ここのところ守風との息が合ってきたのをはっきりと感じる。すこぶる調子が良い。
お互いに見えなくても相手の居場所を感じ、そして対応出来るようになってきた。
風使い達は皆こんな風に戦うのかと一度守風に聞いてみたのだが、
「いえ、あまりそういう話は聞かないですね。親族以外でこんなに相性が良い風は初めてです」
とのことだった。ますます守風に感謝したい。
準備を終え護衛対象の元へと向かう。
街の中の荷物移送中の護衛ということだが、この依頼人はとある刺客に狙われているとの話だった。かなり腕利きということで囀哩づてで刃の元へ依頼がきたのだ。
「誰の差し金かはわからんのだ。だが海を渡る前からずっと狙われ続けている。どうか守って欲しい」
「…わかった」
誰から狙われているかわからない…この商人は色々と悪どいことにも手をだし不特定多数から恨みを買っているのだろうか。なんとなく見た目からそんな雰囲気を醸し出してはいる。
「うーん」
「刃さん。腕利きの刺客ということでしたら気を付けないとですね」
「ああ…」
危険や不安要素はいくつかあるが取り敢えず任務をこなすことが最優先だ。慎重にいかねばならない。
港の船から荷を馬車に積み、依頼人がこの街で拠点としている店に向かう。
荷物を狙っているのか、商人自体を狙っているのか、それすらもわからない。気を張りながら辺りに視線を張り巡らせる。
「まだ大丈夫そうか?」
「そうですね…時折気配は感じますが、まだ明確な意思は感じません」
「そうか」
ずっと見られているようなそんな気配は刃も風伝いに感じるようになった。守風ほど明確な意思を感じることはまだ出来ないが、それでも以前より格段に戦いやすい。
しかしずっと追ってきているというのがなんとも不気味だ。仕掛けるならさっさと来てくれ。
「とすると荷を下ろすときか」
「かもしれません。意識が警戒から一瞬離れる瞬間。そこを狙っているの可能性はあります」
馬車が店に着く。依頼人とその部下達が荷を下ろし始める。
その瞬間、何も存在しなかった馬車の真正面に影が現れた。
「刃さん!」
声とほぼ同時に反射的に刃は馬車を囲み防御壁を生み出す。
そこにその影ーー恐らくこいつが刺客だろうーーが突っ込んでくる。
そしてそのまま拳を防御壁にぶつけてきた。
「…っ!」
ガキィン!という金属音。風を更に生み出し重ね耐える。
(なんだこいつ…!)
拳で殴りかかってきたのも驚いたが、手足の異常な長さ、表情のない顔、まるで人ではない何か…
力で圧されそうになる直前、刺客の後ろに現れる風。
守風は抜刀からの風を纏った一閃を背後から放つ。しかしそれは高く飛び上がった刺客にかわされた。
長い脚をバネのように高く飛び上がるソレはやはり人とは思えない。守風も同じく飛び上がり追撃する。
空中で神速とも言える速度で打ち合う刺客の拳と守風の刀。素人には全く目で追えない。
一度強い音でキイィン!と打ち合った後距離を置き、屋根の上に着地する。
表情の無い刺客。
対し守風はスッと目を細め右手に刀を持ち、刀身を下ろす。
構えることなくそのまま前傾姿勢から飛び出す。刀の先が屋根にこすれ火花を散らしながら高速で接近し右手のみで下から刀を振るう。刺客はそれを両腕で挟み受け止めた。
だが守風は動きを止めず剣から手を離しそのまま体を回転させる。いつまにか左手に生み出していた風の刀を右手に持ちかえると勢いのまま相手の両腕を断ち切った。
「!?」
初めて刺客は驚いたような表情を見せる。そして腕を失ったことでバランスを崩し落ちる。馬車の方へと。
「刃さん!」
風で布のようなものを幾重にも生み出すと落ちてくる刺客に巻きつけ、地面に落ちたと同時に捕らえた。
「こいつは…」
荒く息を着きつつ改めてその刺客を見ると、切られた腕からは血ではなくコードのような物が飛び出し、火花が散っている。
「人じゃない?」
「いいえ、人です」
軽やかに横に着地した守風が告げる。
「義手のようですね」
「機械の義手…こんな高度な技術は初めて見たな」
「そうですね…」
守風は感情の無い視線を刺客へと落とす。
正直なところこの刺客にも驚いたが守風がなんの躊躇いもなく腕を切り落としたことにも驚いていた。義手とわかって安心したが、たとえそうでなくても守風はやってのけるような気がした。
刃の視線に気付き守風は首をかしげる。
「どうしました?」
「ああ、いや、なんでも。とにかくこれで依頼は完了だな」
「はい、刃さんお疲れ様でした」
任務を終え満面の笑みで告げる守風。その笑顔にはつられる。
「ああ、お疲れさん」
仕事は完了だ。今は答えの出ないことを考えても仕方がない。楽観的なのが自分の唯一の長所だ。
捕らえた刺客の回収は傭兵補佐協会ーーその名の通り人手が足りない、あるいは専門外の仕事を補ってくれるサポート団体ーーに任せ、自分達は礼と報酬を受け取り夕食へと向かった。
最近よく通っている鳥料理専門店へ。
目の前には美味しそうなきつね色の着いた米の上にこちらも美味しそうな焦げ色の着いた鶏肉。コクのある鶏ガラスープで米と鶏肉を一緒に炊いた料理。シンプルながらもにんにくや玉ねぎの薫りがたまらない。そして肉に好みでつける三種類のたれもまたその旨さを際立たせていた。
「やっぱりここのこれは最高だな」
「最高です」
幸せの境地。やはり人生には旨いものは欠かせない。
そして仕事も上手くいっていることもまた満足度に輪をかけているのだろう。とりわけ守風との戦闘での連携も。
「段々息が合ってきたように感じますね」
笑顔で言う守風。同じ事を思ってくれていたようだ。
「まあ基本お前が合わせてくれてるからな」
「いえ、刃さんが確実に風を操れるようになってるんです」
割と何度も繰り返している会話。照れもあり未だにかわしてはいるが、正直自分でも守風との息は合ってきたと思う。
一緒に戦うことに楽しさすら感じる。
守風の教え方も良いのだろう。最近風の声のようなものも聞こえるようになった。
そんな話をすると、
「それは…まさしく伝え聞く神風の特徴ですね…」
「いや…まさか」
他にも聞こえる奴は沢山いるだろう。それに風を操ることに長けた存在というなら自分ではなく間違いなく守風の方だ。
「確かに、特徴としては一反ではあります…」
なにやら難しい顔の守風。
話を変えよう。
「まあなんでもいいだろ。今日は休もう」
「はい」
そして帰路につく。
あれから店の上の階も借り、そこに住んでいる。収入が安定してきたことと、守風に手伝って貰っている間の宿代を払わせるのが申し訳なかったこともある。
元々宿屋だったのもあり改装の必要もなく掃除をすれば良いだけなのは有難かった。
三部屋の内二つをそれぞれの部屋とし、一つは物置にしていた。
一階の店の部分を抜け、今日は疲れたからすぐに休もうということで二階への階段を上がる。
しかし階段を上がりきる前に守風が制止をかける。
「どうした?」
「刃さんすみません」
「?」
守風越しに前を覗き見る。
そこには暗い廊下に佇む一つの影。
緑色の瞳だけが窓からの月明かりを映し光っていた。
鋭い殺気をたたえた侵入者ーー
背筋に冷たいものが走る。
「…っ」
すぐに構えようとするが、守風の言葉に動きは止まる。
「兄様」
「!?」
兄様?言われてみれば似ている気もする。
だが…
兄とよばれた男はこちらに一歩近づくと告げる。
「守風。迎えにきた」
ああ、これは恐れていた事態だ。
「兄様…私は」
「もう充分だろう。傭兵遊びは」
「遊びではありません!私は…」
「お前の使命はこんなことじゃない。帰るぞ」
「兄様!」
男は腕を掴もうとしたが、守風が風でそれを振り払う。
「守風」
「待ってください。話を…聞いてください」
「その必要はない」
「私は…私はもう…」
「風夜様がお怒りだ」
「…っ」
「この意味がわかるな」
知らない名前、兄弟喧嘩というわりには異質な空気、それに圧されていたが守風の辛そうな顔に耐えかねて口をだす。
「おい、少しは話を聞けよ」
「部外者は黙っていろ」
男が手を振ると鋭い刃物のような風が飛んでくる。
「!」
しかしそれは寸でのところで守風が弾く。
「兄様!いくら兄様でも刃さんに手を出そうとするなら容赦はしません」
「…お前の出方次第だ」
「あなたでは私には勝てない。もしまた刃を向けるのなら、私も刀を抜きます」
「……」
「……」
男はちらりと刃の方を向く。そしてまた守風に視線を戻す。
「…わかった。また明日、迎えにくる。それまでに別れを済ませておけ」
「にいさ…」
「守風。わかっているだろう。お前はそいつと同じ世界では生きられない。もう一度よく考えろ」
「……」
男の周りに風が巻き起こり、次の瞬間風と共に消えていた。
「守風」
「刃さんすみません。少し時間をください。明日お話します」
そのまま振り返らず部屋に入っていった。どんな顔をしていたのかもわからなかった。




