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双ツ刃のマガツカゼ  作者: 路折
第一章、出会
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三、成

最終的に仕事は先程絡まれた原因でもある高報酬の護衛にした。


「さっきの厳座(ごんざ)の手下倒しちまったのもあるし、別の意味で危険かもしれないぞ」

「問題ありません。どんな敵が来ても必ず(じん)さんを守ってみせます」


不安げに呟くと守風(しゅか)は強い瞳でそう告げた。今までの戦いから説得力はかなりあるがなんというか男が言うべき台詞だよなと思った。



次の日露李(つゆり)の店の前で守風と待ち合わせる。


「刃さん!」

「おー」


何故か嬉しそうに駆け寄ってくる小動物のような守風を撫でたい衝動に駆られるが堪える。


「よし、行くか」

「はい!」


いつも通りの眠そうな顔ではない目が蘭々とした、何か面白いものを見つけたような顔の露李に詳細を聞く。


「えーなになになに。ついに刃も守りたいもの、出来ちゃった?」


勿論からかわれながら。


「黙れ。黙って仕事しろ」

「黙ったら仕事できんでしょー。いやお姉さんは嬉しいよ。ついにあの刃に」

「だれがお姉さんだよ。ばば…がっ!」


顎下から掌底をくらい大ダメージを受ける。


「刃さん!大丈夫ですか!?あの、お姉さんその辺で」

「大丈夫大丈夫こいつ焼かれても死なないから」


露李は冗談のような何か含みがあるような瞳を守風に向ける。


「え?」

「んーでもかっわいいねー!お名前は?」

「あ、申し遅れました守風です」


と丁寧にお辞儀をする。それだけでもしっかりした家の生まれなのだろうと思わせる。


「そっかそっか守風。こいつのこと、よろしくね」


その瞳はとても優しい。色々ダメージを与えてはいるが刃のことを心配しているようだった。

だから守風は答える。


「勿論です。何があっても刃さんは守ってみせます」

「ふふふ。たのもし」


一通りちゃちゃを入れられながらも依頼内容を聞き、依頼主の元へ向かう。


この街の豪商の一人、囀哩(さえずり)という男の隣街に移動するまでの半日の陸路を護衛する、という内容だった。

自分の利になることにとにかく執着する、そして敵が多い、これが男の前評判。実際会ってみないとわからないがとにかく穏便に終わればいいと刃は思っていた。


のだが…


「昨日はどうもな」

「………」

「………」


無言で目で会話をする刃と守風。


(どういうことでしょう…)

(わからん。ただ確かに昨日この依頼がどうのとか言ってたな)

(えっと…大丈夫ですかね)

(わからん。そしてすまん)


目の前にいたのは昨日絡んできた厳座の手下達だった。複数の傭兵達に同時に依頼をするということは確かにままある。あるのだが、


最悪な組み合わせだな…


とはいえ依頼人を守ることが最優先の為、目立って手を出してはこなかった。

せいぜい足を引っ掛けようとしたり、突然腕を掴んできたり、切りかかってきたり…いやこれは下手したら死ぬな…とにかく小さな邪魔程度だった。しかもそれはことごとく守風が防いでいた為実質被害はゼロ。無駄に疲れているだけだった。アホめ。


そうこうしてるうちに隣街へと着いた。味方のはずの奴ら以外の妨害もなく、報酬のわりには思ったより楽だった。守風のお陰だな、終わったら何か旨いものでも食いに行こうと考えていると、ツンと後ろから服を引かれる。


「刃さん。囲まれてますね」

「まじか」


そろそろ何か仕掛けてくるだろうとは思っていたが、全く気付かなかった。

場所は囀哩の店の裏手へと向かう路地。

囀哩本人は通りに面した店の正面で誰かと話しており、荷物を積んだ馬車のみ裏手へと運ぶところだった。

そこを狙われたということは…


「狙いは荷物か」

「そのようです。刃さん。奴らが仕掛けてきたら直ぐに囀哩さんに風で防御壁を作ってください。その間に私が倒します」

「何人くらいだ…?」

「気配だけなら十ほどでしょうか」

「!十って大丈夫かよ」

「数自体は問題ありません。それより刃さん防御、お願いしますね。恐らく囀哩さんは騒ぎを聞いてこちらにやってくると思いますから」

「うーん…正直昨日お前にちょっと習ったくらいでマスターはできてないが…お前の足手まといにはなりたくねーからな。がんばる」

「頼もしいです。でも刃さんなら大丈夫ですよ」


守風は笑いながらそう言って、鋭い視線を路地の上の方へ向けた。


「来ます」


三人が建物の屋上から音も無く飛び出す。厳座の手下どもは気付いていない。

守風は足元に風を生み出すとそれを利用し地面を蹴り高く飛び上がる。

驚いた三人の刺客のうち一人を飛び上がった威力のまま、抜刀していない刀で腹に一撃。

更にそのまま上方を取り、風で作った小刀のようなものを二人に向けて投げる。的確に首の後ろに命中し苦しげな声と共に落ちていく。


ドサッという三人が落ちた音に厳座の手下どももようやく気付き騒ぐ。


「な!なんだぁ!?なにが起こってる!」


それに危惧していた通り囀哩やその部下達もなんだ!とやってくる。


「やっぱきちまうよな」


ぼやきながらも刃は囀哩に駆け寄り叫ぶ。


「来るな!」


その声に驚き立ち止まった場所に風の防御壁を生み出す。大量の風が渦巻き刃を中心にし、囀哩達を足元から路地の上まですっぽりと覆った。


最初の三人を倒したとほぼ同時に建物三階の窓から二人の刺客が飛び出してくる。荷物に一直線に向かおうとするが、守風は風の力で滞空したまま先程同様即座に風の短刀を生み出し首の後ろに命中させた。

二人はそのまま落ちていく。

二階部分に潜んでいた二人が先に守風を倒した方が良いと考えたのか狙いを変え、守風に向け窓から飛び出す。


対する守風はまた足元に風を生み出しその力で下に滑空し上に向かってきた二人の間を抜け高速ですれ違う。すれ違いざま右の敵を刀の腹で攻撃し、そのあと先程倒した落下中の刺客の背を踏み台にして振り向き、風の短刀を左側にいた刺客へと投げた。


「がは!?」


見事なまでの舞うような動きに見とれつつ、考える。


足りないな。あと三人…


防御壁を維持したまま鋭く周囲の建物を見回す。すると左右の建物の窓から一人ずつ、そして上空から一人飛び出してきた。


これで全員か。


上空の刺客は守風が刀で止める。

残る二人は囀哩の方、つまり刃の方へやってくる。


振りかぶられた二人分の刀を防御壁で受け止める。だが防ぐだけじゃだめだ。なんとか、なんとか倒さないと。


ちらりと守風を見るが今までの刺客よりは手強いらしく刀での打ち合いをしている。


違う、だめだ、頼るな。

二人分の刀の衝撃に耐えながら考える。

どうする…


「刃さん!」

「!」


応戦中だというのに守風が声をかける。なんて余裕だよ、畜生。


「竜巻を上に上げるイメージです!刃さんなら大丈夫です!」

「!竜巻…」


その言葉にイメージと自信を貰う。

そしてすぐさま実践する。


竜巻…竜巻…

集中してとにかくイメージを練る。

同時に目の前に膨大な風を生み出す。

それを…


「……っ!」


上へ。


「おぉぉぉらぁあ!」


巨大な竜巻は二人の刺客を巻き込みながら上へと生み出され続ける。

渦の中の刺客達は既に目を回している。

それを確認しつつ、更に空高く持ち上げたところでフッと竜巻を消す。

重力に従って落ちてくる刺客二人は地面に打ち付けられる。同時に別の方向からも守風の放った一閃により飛ばされてきた刺客が地面に打ち付けられていた。


「はあはあ…あー…」


荒く息をついていると声がかかる。


「失礼。裂守刃(さきもりじん)といったか?」


囀哩だ。


「あ、ああ」

「裂守。助かった。礼を言う。今後も贔屓にさせてもらおう」


それだけ言って去っていった。


「まじか…」

「良かったですね!刃さん」


喜びの声をかけながら軽やかに守風が着地する。


「ああ」


守風へと顔を向ける。改めて思うことは感謝しかない。


「ああ、本当に。本当に感謝してるよ。お前に。ありがとう」

「え?あ、いいえ、私は何も」

「いや、お前がいなかったら俺は何も出来なかった。弱くてすまん」

「刃さん…」

「まあ、お疲れっつーことで今夜は旨いものでも…」

「刃さん」

「ん?」

「私もです。私は…」


一度俯く守風。だがすぐに顔を上げる。気のせいかその目にはうっすら涙のようなものも見える。


「私はこんな風に誰かを守って感謝されたことなんてなかったから、だから今すごく嬉しいです。そしてこんな気持ちをくれた刃さんに感謝で一杯です」

「守風…」


あれだけの力を持っていながら護衛の仕事をしたことがない。それはつまり…

一番悪い予想は頭の外に弾く。今はただ守風の笑顔を見ているだけで良かった。


「あ!それにですね、前も言いましたが刃さんは弱くなんてありません。防御壁を維持しながら竜巻を生み出すなんて、そんなに大量の風を操れる人見たことないです」

「あれはお前が指示してくれたからだろ」

「いいえ、そんなものは関係ありません。実際に出来なければなんの意味もないですから」

「いいや、そんな持ち上げようとしてもわかってるよ。自分のことは自分が一番な」

「いいえ、いいえ、わかってないです。私は…私にはまるで」


少し息を詰まらせる守風。

続きは別の方向から聞こえた。


「神風…か?」


振り向くと厳座の手下どもが四人ほどいた。

完全に存在を忘れていたが、刃と守風が倒した刺客をせっせと縛っていたらしい。


「はあ?そんな噂話信じてんのか?意外にロマンチストだな」


ついでに今までつっかかられたお返しとばかりに挑発してみる。だが手下どもはどこか驚いたような怯えたような、変なものを見る目をしている。


「……」

「いや、おい、なんか反論しろよ」


すると後ろから控えめに守風に服を引かれた。


「刃さん。神風は真実です。実在する力です」

「…ん?」

「刃さんが本当に神風かはわかりませんが…それだけは確かなことです」

「…お前が言うならそうなんだろうな」

「はい」


思わぬ事実を聞き、困惑しながらも再び厳座の手下どもを見る。


「ひ、ひぃぃ」

「化け物…!」


失礼なことを言いながら走り去っていった。

ちゃんと捕らえた刺客を連れていっているあたりちゃんとしているなと感心する。


「まあ、なにはともあれこれから仕事はしやすそうになったな」

「…そのようですね」


厳座の手下を追い払えたこと、そして囀哩からの評価を得たことはとても大きな収穫だった。順調に依頼をこなしていけば借金完済の道のりも遠くない。


刃と守風は街でも評判の良い店で今日の祝杯をあげた。

とはいえ守風は酒は飲めないが。

ずらりと並んだ甘辛だれの肉やら、焼豚が乗った温野菜やら、油が浮くほどの濃厚な鶏のダシが出たスープやらを食べる二人。


「美味しい!美味しいです刃さん!」

「そうかそうか。好きなだけ食え。今日の主役はお前だ」

「いいんでしょうか。なんだか見に余る贅沢です」


そう言いつつも頬を膨らませとてつもなく美味しそうに料理を頬張る守風。それを見ているだけで刃も幸せな気持ちになってくる。


例えいつまで一緒に戦ってくれるかはわからないが、今この時に満足していればいい。そんな風にすら思った。

けれど確認しなければならないことはある。


「守風」

「はい?」

「あーなんだ。その…」

「?」

「お前はいつまでここにいられるんだ?」

「…」

「昨日は次の仕事はもう少し先みたいなこと言ってたけど、取り敢えず確認はしないとと思ってな」


正直な話。いつまででもここにいてほしい。だがあの守風の剣の腕をみればそれは難しいのだろう。


「…はい。そうですね」


守風は俯く。先程までの笑顔は消え、暗い顔で何かを考えているように見える。


「暫くは…」

「暫く…」


それは一体どれくらいなんだ。だがそれが精一杯の返答なのか。

それなら…


「わかった。それでいい。けど出ていく時は三日前には言うこと。いいな」

「え、あ、はい。」


守風は驚いた顔をしている。答えられないのなら仕方ない。逃げているだけかもしれないが。今はもう少しこの時間を続けたかった。


「あの…刃さん」

「ほら、さっさと食え。冷めるだろ」

「はい…その…」

「今はいい。言えるようになったら教えてくれ」

「はい…でも一つだけ。私は…こうやって誰かを守る仕事がしたいです。それが私の願いです。刃さんが良いなら、もう少しお仕事手伝わせてください」

「いや、それは勿論。こっちからお願いしたいくらいだ」


守風は安心したように笑うと、小さく「良かった」と呟いた。


まだ色々と考えなければならないことはある。それでも美味しく食事を終えられた。明日からは早速囀哩からの依頼が入っている。それに集中しよう。



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