二十九、家
人が増えれば賑やかになる。賑やかになれば楽しい。楽しいならそれでいい。
とは勿論ならずそこには現実的な問題も発生する。
例えばーーー
「いいかお前ら。よく聞け。部屋が無え」
本日の依頼は無し。つまり休み。
良い機会だと刃は仲間を集め問題提起をした。
それに前々から考えていたことを実行する良い機会でもあると思った。
反応はまちまちだ。
守風は申し訳なさそうな顔をしているし(恐らく自分が出ていった方がとか考えているのかもしれないがそれは絶対にさせない)、焔羅はこめかみに手を当て悩ましい顔をしているし、空破は考えているのかなんなのかわからない真顔でずっとこちらを見ているし、深姫はココアをちびちび飲んでいた。
真面目に考えてそうなのは自分を入れて三人だけだな…。
現在は一階部分は全て事務所としており、建物自体はそこまで広くないので客が来た時に通す応接室、書類の処理などをする事務室、給湯室とそこと繋がっている休憩室の四部屋のみ。
二階部分は三部屋構成でこちらは元々宿屋だったので均等に部屋が分けられている。
おかげでここを借りる際は大した改装など必要無くとても楽だった。
以前はそのうちの一部屋を倉庫として使用していたが、焔羅が来た際その部屋の荷物は一階部分に持ってきて三部屋を各個人の部屋としていた。
空破が来てからは刃と空破で一部屋、守風は一部屋、焔羅も一部屋、という分け方だったのだが、深姫が住むとなると部屋割りやそもそも部屋足りない問題をなんとかしたい。
「とはいえ刃、解決策など限られているのではありませんか?」
確かにその通りだ。
建物を増築するか、他に部屋を借りるかぐらいしか思いつかない。
それにもっと言えば深姫が増えただけならばただ守風か焔羅のどちらかを二人部屋にすれば良いのではということになるのだが、そこにも問題があった。
守風が先程から申し訳なさそうにしている理由でもある。
守風は礎という暗殺を生業としている一族である。そして一族を抜け出した今、いつ迎えという名の追手がくるかわからない。現に以前守風の兄という男が音もなく侵入したことがあった。
もしまた同じことが起きたら危険、かつ巻き込みたくないという理由で守風は一人部屋を希望していたのだ。
まあ一人部屋にしたところで寝ている間に全員暗殺されてたら意味ないのでは、と恐ろしいことも考えたがそれはそっと頭の隅にしまった。
そして焔羅。
恐らく焔羅自身は大丈夫というだろうがこいつは小さな音でも起きてしまう神経質なところがある。
察するにかつて仕えていた主からの厳しいしつけの末こんな風になってしまったのだろうが、本人の望まぬところでこんな風にされたと思うと、他人と同じ部屋にしていちいち何かの物音で起きてしまい寝不足なんてことにするのはあんまりだ。
よって焔羅も一人部屋にしてやりたかった。
とすると深姫をどうするかーーー
「建物の増築なんて現実的じゃないよなあ。ここ暫く使えなくなっちまうし」
「ええ。そうですね。となると他に部屋を借りるか」
「うーん。だがあんまり遠くとかになったらなあ」
「…しかし仕方無いのでは?」
刃と焔羅が頭を悩ませる。
「…なら地下はどうだ?」
突然空破がそんなことを言いだした。
こいつちゃんと考えてたのか…。
いや、そうじゃない。そこではなく…
「地下!?」
「あるんですか?」
そんな話ここを借りる際にも聞いていない。
「ああ。たまに下からの風を感じると思っていたんだがこの前入口を見つけた」
「はあ!?」
「え!」
「うそ!すごい!」
全員が驚いた顔を空破に向ける。
深姫だけは秘密基地を見つけたように嬉しそうな顔をしていた。
「そんなんどこにあるんだよ?」
「休憩室だ」
「休憩室?」
「ああ。なんなら行ってみればいい」
空破は立ち上がった。その後に皆続く。
◆◇◆
「確かに…」
「入口…ですかね」
1メートル四方の扉と言われれば扉らしきものがそこにはあった。
だが今まで見過ごしていたように一見すると銀の枠に四角く囲われただけにも見える。一応取っ手のようなものもあるがこれは…
「いや入口じゃないだろ」
「入口だ」
空破はかたくなだった。
「開けるぞ」
「え…いや」
「ちょ、空破」
本当に扉だったとしても開けた先に何があるのかわからない。
排水管などがあるだけかもしれないし、虫とかいても嫌だ。
慎重に…と止めようとしたが空破の動きは早かった。
「ふっ!」
取っ手らしき部分を引出し、掴み、持ち上げる。
錆びついているのか何かが詰まっているのかかなり重そうだった。
「ぐっ!」
歯を食いしばり更に力を加え扉を持ち上げようとする空破。
「ぐあぁっ!」
少し扉が浮いた。すごい馬鹿力だ。
「守風!風を!」
「あ、はい!」
浮いた隙間に守風が風を送り込み更に浮かせる。
そしてついにーーー
「開いたー!」
深姫が嬉しそうに眼を輝かせた。子供は地下とか好きだよな。
その先に見えたのはーーー
「あ?」
「なんだか意外に…」
「部屋?みたいですね」
「すっごーい!」
予想外に部屋だった。多少狭くはあるものの何かの管や土や虫が湧いているわけでもなく、勿論長年放置されていた為埃っぽくはあるが…部屋だ。
「どういうことだ?」
「さあ、大家さんに聞いてみましょうか」
「すっごーい!秘密基地みたい!」
疑問ばかり浮かぶ中深姫だけは嬉しそうにしている。
「何か非常事態が起きた時に隠れる部屋だったのかもしれませんね。私の家にもあります」
しれっと守風が言うが普通の家にはこんなものないんだよと言いたかった。焔羅も気まずそうな顔をしている。
「え?守風の家にもあるの?すごーい!」
深姫は無邪気にはしゃいでいる。素直とは素晴らしい。
確かにこんなものは普通の家にはない。何か理由がある場合は別だが。
考えられるのは前の家主はなかなかにやばい仕事をしていたということか。
「まあなんにせよ掃除すりゃ使えるか?」
「通気口などもありそうですしね。ただここを私達が使用するのは非常時ではなく常時です。流石にこんなに日の光も当たらず閉鎖的なところを部屋とするのは気が引けますね」
「あー…だよな」
俺は嫌だ。
「あたし大丈夫だけど」
深姫が手を上げる。だがそれなら尚駄目だ。成長途中の子供をこんな閉鎖的な空間にいさせたくない。
「駄目だ」
「私も反対です」
「えー」
「えーじゃねえ」
となるとやっぱり選択肢は一つ。
「改修か。結局は」
「そうですね。それしかないかと」
「だが部屋を一つ増やすよりはいいだろう」
空破の言うとおりだ。それに比べれば費用も期間も少なくてすむ。
「では私の知り合いに改修業者がいますので、彼らに相談してみます」
「ナイス焔羅」
「前職でのツテもこういうところで役に立つなら良かったです」
皮肉気に微笑む。
「あー…」
「それでは早速見積もりの依頼を出しておきます」
「…頼む」
その後すぐに部屋を見てもらい改修内容と期間などを相談した。
地下でも光を入れたい、壁の色は明るくしたい、洗面所欲しい、などわりと勝手な希望を出したが嫌な顔せず適度な部分で提案と折り合いをつけてくれた。
期間は一週間と言われたがなんとか無理を言い、難しそうならまた相談するが一旦五日ということにしてもらった。
「相当無茶言ったよな」
「ええ、相当」
「いや、でも助かったよ焔羅」
「いえ、私はただ知っている人に声を掛けただけです」
「それが有難いって言ってんだよ」
照れ隠しなのはわかっている。だから刃は素直に礼を言った。
「それで、改修工事中私達はどうしましょうか?刃さん」
「ああ、実はそれも考えてある」
「?」
「これだ!」
全員に向けて一枚の紙を出す。
「これは…?」
「武道…会?」
「そ!武道会!実は少し前にこの張り紙を露李んとこで見つけてから考えててさ。大会の期間中を工事期間にあてて、ついでに費用も稼ごうって寸法」
「なるほど」
「刃にしては効率の良い方法を考えましたね」
「一言余計なんだよ焔羅」
「それが私です」
「なんとかしろよその私は」
「今のところなんとかする予定はありません」
「……」
「……」
「ま、まあまあお二人とも」
いつも通りの守風の仲裁。
「それで、誰が出るんですか?」
「ん?ああ…、守風すまん。頼んでいいか?空破も出たいかと思ったんだけどさ」
「いや、構わない。確かに腕を試したいというのはあるが、ここは確実性をとるべきだろう」
「悪いな。これ結構出場料とられんだよ」
「私が出ても確実に勝てるとは限りませんが」
苦笑しながら守風が言うが、問題無いだろうと刃は思っていた。
気持ち的には危険なことはさせたくないのだが、この場で一番強いのは紛れもなく守風だ。今は頼るしかない。
「無理にとは言わんが」
「いえ、折角の機会ですから。武人相手にどこまで自分の刀が通用するのか試してみたいです」
思いのほか前向きな返答に安心した。
「すまんな。嫌になったらいつでも言ってくれよ」
「はい。お気遣いありがとうございます。大丈夫です」
こうして刃達は改修工事の間、【鶺鴒】の街で年に一度開催されるという武道会に参加することとなった。




