二十八、児
同じ街に住んでいると言ってもこの燈篭は広い。
だから自分の生活圏以外の人間とまた会う可能性はかなり低い。
会えるとしたらそれは故意に会いにきた場合だ。
「あ…?」
「こんにちは」
「こんにちは…」
呼び鈴が鳴り扉を開けるとそこには昨日出会った少女、深姫がいた。
「お前なんで…」
「会いにきたのよ。あんたじゃなくてお姉さんの方に」
「守風?」
「守風っていうの?じゃあその人。合わせて」
「いや。あいつは今…」
「なんです?」
後ろから焔羅の声がかかった。
「?女の子?」
「こんにちは」
「ええ、こんにちは…」
焔羅は驚いた顔で挨拶を返す。
「刃、知り合いですか?」
「知り合いっつーか昨日雨宿り中に会っただけだ」
「はあ…取り合えず立ち話もなんですし中へどうぞ」
焔羅は深姫に中に入るよう促した。
「どうぞ」
未だ困惑の表情を浮かべながら焔羅は茶を出した
「ありがとう」
「で、守風になんの用だよ?」
「昨日なんか知ってる風だったから。教えてもらおうと思って」
そういうことか。まああんな風に言われたら気になるよな。
「あいつは今仕事に出てるんだ、帰ってくるのはもう少し後だな」
「そう…なら待ってるわ」
「……」
刃と焔羅は顔を見合わせた。
どうしたものか、追い出すのも気が引ける。
「そういやお前なんでここがわかったんだ?」
「風を辿ったの」
「え?」
「あんたたち風使いでしょ?だからその風を辿ったのよ」
どういうことだ?守風の話だと雷を操る一族に近しいと。何故風が使える?
「?なに?」
「いや。お前使えるのは風だけか?」
「そうだけど」
「どうしたのですか?刃」
「あーいや」
守風を待つしかないな。刃ではよくわからない。ここで混乱させることを言ってもしょうがない。
ということで守風が戻るまで深姫の話に付き合うことになった。
焔羅は最初こそ一緒に聞いていたが、途中で仕事がありますからと部屋に戻っていった。
つまり刃が一人で深姫の身の上からどうでもいい話まで聞き続けることになった。
北条深姫。
生まれは不明。この街の路地に捨てられていたところを孤児院の院長に拾われたらしい。
名前に関しては拾われた時添えられていた紙に書かれていたらしい。
最愛の娘深姫とーーー
「最愛ねえ。何か理由があって捨てられたってことか?」
「知らない…。あんたは?」
「ん?」
「あたしの話ばっかりしてるんだからあんたもしてよ。疲れた」
身勝手な奴だ。
「俺は特に話すことねーけど」
「生まれは?」
「覚えてない」
「なにそれ記憶喪失?」
「そんなとこだ」
「え…そう…なんだ。ごめんなさい」
急にはっとしたように大人しくなる深姫。
「なんだよ。急にしおらしくなって。俺は過去なんかより今が良ければそれでいい」
「そう…」
その時明るい声が部屋に響いた。
「只今戻りました!」
仕事を終えた守風と空破が戻ってくる。
今日は護衛任務だった。
「あれ?昨日の?」
「こんにちは」
「誰だ?こんにちは」
問いかけながら空破は器用に返事を返す。律儀な奴。
「お姉さんに聞きたいことあって、待ってたの」
「聞きたいことですか?」
「帰ってきたとこすまんが守風、ちょっと知ってること話してやってくれ」
「…はい。わかりました」
守風も事情を察したように頷く。
「報告はおれがやっておく」
「ありがとうございます。空破さん」
空破は奥の部屋へ入っていった。
「それで、聞きたいこととは」
「昨日あたしの名前聞いて何か知ってるみたいだったでしょ?教えて」
守風は刃を見る。刃は黙って頷いた。
「私が知る範囲で良ければ」
そして守風は昨日刃に話したことを深姫に話した。
だがそこには疑問点がある。
「雷?あたしは風しか使えないわ」
「風…」
「そうらしいんだよ。どういうことだ?」
守風は考こむように手を口元に持っていった。
「考えられることは…自然の使い手はその地域の環境の影響を大きく受けます。元々操れる自然の力の量は個人で決まっていて、基本的には生まれ持って決まった一つの自然しか入れられないはずなんです。ですが深姫さんの場合、例えば十の器に三だけ風が入っている…とかそういう状況なのかもしれません」
「まじか。すげーじゃんそれ」
「はい、かなり稀有な例ですが、私の知っている人にも何人かいます」
「ほー、じゃあダブル自然使いってことか」
「恐らく。雷の力がどのように顕現するのかがわからないのでまた正確なことは言えませんが」
「なにそれ」
深姫が俯く。いきなりのことで頭が混乱してしまっただろうか。
「おい、大丈夫か?」
「すみません。いきなりこんなこと」
「……す」
なんだ?深姫は少し震えている。心配して手を伸ばすが、次の瞬間バっと起き上がった。
「すごいってことよね?あたし」
急に調子に乗り始めた。
「そうですね。特殊な体質といえます」
「そっか!そうなんだ。へーそっか」
「なんだよ」
「ううん。少しだけ自分のことわかって嬉しかったの」
「…そうか」
「深姫さん」
嬉しそうな顔をしているが実際不安だったのだろう。この年頃は特に自分がなんなのかと問いかけたくなる年齢でもある。
自分の親の顔すら知らないとなれば尚のこと…
「まあ、じゃあそろそろ帰…」
「あたしここに住む!」
「は!?」
「え!?」
「いいでしょ?絶対役にたつから!」
「いいわけあるか。帰れ」
「嫌よ」
「嫌じゃない。孤児院でも心配してるだろ」
「してないわ。手紙書いてきたもの。ここを出ますって」
「おま…元々そのつもりだったのかよ」
「うん」
なんとかなだめようとするがなかなか頑固だ。どうするかと考えていると焔羅がやってきた。
「だめです」
話は聞こえていたらしい。もっと言ってやってくれ。
「ここは孤児院ではありません。貴女を育てる余裕もありません」
流石きっぱり言うな。
しゅんとする深姫。
「あ…えと」
「守風、同情は無用です」
「…はい」
「でも…わたし…」
「他に理由があるのではないですか?孤児院を出たい理由が」
「……」
そういうことだったか。ていよく利用されるところだった。
「言わなきゃわかりません。子供の我が儘に付き合っている時間は私達にはないのですから」
俯きながら深姫が小さく呟く。
「…風を」
「?」
その肩は震えているようだった。
「風を使えるからって言われるの。化け物だって」
「…化け物」
守風の目が暗くなったような気がした。
「あ…、あたしだって好きでこんな力持ってるわけじゃない。でも感情が高ぶると勝手に出てきちゃうのよ!どうしたらいいの!」
悲鳴に近い声が室内に響く。何事かと空破もやってきた。
「ねえ!教えてよ!」
まずい。風が集まってくる気配がする。ざわついている。このままでは。
刃はすぐにロッドを組み立てるとトンと床に打ち付けた。
すると薄い風の布のようなものが部屋全体に満ちる。
「刃さん」
「大丈夫だ。抑える」
守風に頷いてみせる。
「どうしたらいいのよ!」
更に叫ぶ深姫。体から大量の風が巻き起こり部屋を揺らす。触れると切れる鋭い風だった。
「あたしだって傷つけたいわけじゃ…」
守風は深姫を抱きしめた。
「!!あ!…は、離れて。傷つけちゃう」
「大丈夫です。刃さんが守ってくれています」
「え…」
「落ち着いてください。あなたは化け物なんかじゃないです。風使いは神様から貰った風と共存し、誰かを守る為に風を使う者です。あなたもこの力は誰かを守る為に使ってください」
「まもる…」
「深呼吸して。わかりますか?風の気配を」
「…うん」
「ではそれを抑えてください」
深姫が発した風はゆっくりと静まっていた。
完全におさまったのを確認すると刃も風を消す。
「ごめん…なさい。いつもこうで…この前も孤児院で…」
「大丈夫です。風の制御方法を覚えればそれは誰かを助ける力になります」
守風は深姫を抱きしめたまま焔羅を見た。
「……」
「……」
焔羅は困ったような顔をしたが、その思いをため息で吐き出す。
「…はあ。わかりました。取り合えず彼女が風を扱えるまでですよ」
「ありがとうございます」
「私というより一応所長である刃の意見はどうなんですか?」
「俺は守風と一緒」
その即答に焔羅はなんとも言えない顔をする。
「わかりました。では孤児院への連絡もしておきます。何か揉めたらその時は刃、お願いします」
「え…」
「所長」
「わかったよ」
こうしてまた一人仲間が増えることとなった。
北条深姫。
素性のわからない者がまた一人。




