二十七、幼
「あー…、最悪だ」
刃はソファ(守風が以前欲しそうにしていたので買った)に横になり、かったるそうな声を上げた。
「最悪なのはこちらです」
「なんだ、最悪度勝負でもするか?」
「そんなことに時間を費やすほど暇じゃありません」
「逃げるのか」
「それを逃げと言われるのなら私はそれで構いません」
「……」
「……」
今日はこの問答には勝てない。何せ雨が降っているのだ。
「もういーよ。俺が引き下がるよ」
「どこからですか。全く」
焔羅は呆れた顔で刃をみる。
「なんだ?どうしたんだ、刃」
空破が問う。
「聞いてくれ空破」
「聞くだけ時間の無駄です」
「……」
「……」
「えっと…ですね、刃さんは雨の日が苦手でして。いつもこうしてだるんとなるんです」
守風が答える。
「苦手…難儀な体質だな」
「だろ?そうなんだよ。超難儀」
「気合いの問題では?」
「……」
「……」
本日何度目かのにらみ合いを刃と焔羅がした後、いつも通り守風が止めに入る。
「ま、まあ落ち着いて下さい。湿度のせいで皆さん気が立ってますね。焔羅さん。今日は何か依頼はありますか?」
守風に問われ焔羅は睨みをやめ答える。
「そうですね。天気予報でこうなることは予想していたので特に依頼は受けていません。ただ買い物には行って頂けると」
「わかりました。私行ってきますね」
「おれも行こう」
空破も名乗りでる。
「いや、待て。俺。俺が行く」
「え?刃さん大丈夫ですか?」
「無理するな」
「いや、露李んとこ行きたいんだよ。だから守風。ついてきてくれるか?」
守風は不思議そうな顔をしたが「わかりました」と快諾する。
「では行ってきますね」
結局刃と守風二人で行くことになった。
前と同じように一つの傘に二人で入る。
別にこれが目的だったわけではないが、なんだか落ち着くのだ。
「悪いな」
「いえ、露李さんに何か用事ですか?」
「ん?ああ。ちょっとな」
隠すわけではない。だがまだ守風には言わなくいいと思った。
◆◇◆
露李の店に着く。
いつものにやり顔に迎えられた。
「えーなになになに。それ恒例行事みたいになったの?」
一緒に傘に入っていることを例に漏れずからかわれる。
「そのからかいは前やっただろ。他にねーのか」
「えー楽しいから何度だって言っちゃうよ」
「うぜ」
死ぬほど嫌そうな顔をしてみせるが露李はふふふと笑っているだけだ。
「それで?なんの話かな?」
「ああ。すまん守風すぐ終わらせるからちょっと待っててくれ」
「え?あ、はい」
聞かれたくないことを悟ったのか守風は少し離れた場所に歩いていってくれた。
付いてきて貰っといてすまんと心の中で謝る。
「どうしたの?」
「ああ。…あいつ、いつ帰ってくるんだ?」
「お。なに?会いたい?」
「いや、正直なとこ会いたくない。けど、このままじゃいけないとも思ってる」
向き合わなければいけないと思った。空破の一件で。
自分のことをよく知らないのに勝手に劣等感を抱いて、誰にも必要とされないとか言って守風を心配させて…こんなんじゃだめだ。
「そっか。わかった。聞いてみるけど多分いつかって返ってくると思うよ」
「だよな」
露李と刃は笑う。あいつはそういう人間だ。
「でもちゃんと言っておくから。今の刃のこと」
「…ああ。頼む」
「ん。刃。手を」
「?」
言われるがまま手を出す。
その手を握り露李は呟いた。
「大きくなったねえ」
「…ああ。お前らのおかげでな」
「ふふふ」
◆◇◆
刃は露李の店を後にし、守風の元に戻る。
「すまん」
「いえ。用事は終わったんですか?」
「ああ」
「ではあとは買い物ですね」
そして二人は商店街に向かった。
「刃さん、ここで待っていてください」
「いや、大丈夫だ。俺も行くよ」
「いえ。そんなに量も多くないですし。すぐに戻りますから」
と近くにあった屋根付きのベンチに座らされる。
また声をかける間もなく守風は走っていってしまった。
(悪いな…)
守風に感謝しながら刃は待つことにした。
水ではなく雨が嫌なのはあの日、外は晴れていたにもかかわらず大量の水が降っていたからだろう。
(あの日…か)
いや、そこじゃない。思い出さなきゃいけないのはもっと前…
例えば両親。例えば生まれた場所。生活していた場所。
何故あの場所にいたのか。
チカと目の前が光り突然真っ赤になった。
「!?」
そうだ。水だけじゃない。あの日、真っ赤だったんだ…
「ねえ」
「!」
突然声がかかり現実に引き戻される。
「あ?」
声の主はいつの間にかベンチの隣に座っていた少女だった。
「なんかぶつぶつ言ってたけど。不審者?」
「…違ーよ」
「ふーん」
(誰だ?)
黒く長い髪に変にとんがった帽子を被っている。
生意気そうな少し吊り上がった目。かなり幼く見える。だが見覚えは無い。
「…なんだよ」
「別に。なんか体調悪そうだったから」
心配で声をかけたということだろうか?なんだいい奴…
「ここで死なれても困るから移動してもらおうと思って」
でもないか。
「…死なねーよ。安心しろ」
「ふーん」
「なんだよ。お前。親でも待ってるのか?暇なのか?」
「淑女に対して失礼ね。親なんていないわよ」
「あ?」
「孤児だもの。捨てられたの」
「…それは…すまん」
「別に。あんたに謝られても」
「…そうだな」
沈黙が落ちる。ここはなんと言ったものか…俺もだぜとか言ったらいいのか。
「あー…で、結局何してんだ?こんな雨の日に。お前みたいな淑女が一人で危ないぞ」
「何も。ただなんとなくあんたも同じなのかなって思ったから、声かけたの」
「同じ?」
「同じでしょ?あたしと」
親がいないというところだろうか。
自分は捨てられたかどうかはわからないので本当に同じとは言えないが。
「なんかオーラ出てたか?」
「まあ、ね。なんか寂しそうだったから」
「……」
「彼女も家族もいないのかなって」
「言い方に気を付けろ」
どことなく焔羅に似た皮肉交じりの言い回しにカチンとくる。
「大人げないわよ」
「大人になんてなりたくねー」
「はは。あはは。なにそれ」
笑うと年相応に可愛げがあった。
「とにかくだな。帰る家はあるのか?あるなら早く帰れ」
「あると思う?」
返答に困る返しを…
「ならいつもどうしてるんだよ」
「わかるでしょ?路地で暮らして、ごみ漁って、お金が無くなったら変態おじさんの相手する」
「!?おま!」
刃は思わず立ち上がった。
「嘘よ」
「嘘か!?」
「うん。嘘」
「本当か!?」
「うん」
取り合えず落ち着こう。いつも以上に体がだるい。刃はまた座った。
「孤児院にいるの。街の北側の」
「そうか」
「うん。あんたは?」
「俺?俺は傭兵だよ。確かに家族はいないが、仲間がいる」
刃は顔を上げる。視線の先には荷物を持って走ってくる守風がいた。濡れるのも構わず屋根から出て守風の元へ行く。
「刃さん!大丈夫ですから、屋根の下にいてください」
「いい、いい。ほら荷物よこせ」
強引に守風から荷物を奪い屋根の元に守風を押す。
「すみません。ありがとうございます」
と、守風はそこにいた少女と目が合った。
「刃さんのお知り合いですか?」
「いや、今会ったばっかの皮肉屋の淑女だ」
「なにそれ。最悪なネーミングセンス」
「だって名前知らねーし」
「深姫よ」
「深姫さん?」
「うん。北条深姫」
「北条…」
守風が驚いた顔をする。
「どうした?」
「あ、いえ。なんでもありません」
「なに?お姉さんなにか知ってるの?」
「いえ」
「知ってるなら教えて!お母さんのこと!」
「え…?」
深姫は守風の服を掴み叫ぶ。突然の剣幕に驚く守風。
「こいつ孤児なんだと」
「あ…それは」
守風は考え込む。
「…いえ、すみません。私が言えることは何もありません」
「……」
その時「深姫ちゃん!」と彼女を呼ぶ声が聞こえた。女性が走ってくる。
「良かった。見つけた。また勝手にどっかいっちゃってもう…心配したんだから」
孤児院の人間だろうか。
「ごめんなさい」
深姫は素直に謝る。このしおらしい態度を自分にもしてほしいと刃は思った。
「すみません。深姫ちゃんを見ててくれたんですか?」
「あーいや。そんなつもりはなかったんだが、単に話し相手になってただけだ」
というかからかわれていたという方が近い。
「まあ保護者がいたんならよかった。じゃあな」
深姫はまだ何か言いたげにしていたが大人しく女性に連れられて行った。
「で?何が引っかかったんだ?」
二人が見えなくなったところで守風に問う。
「はい。北条姓には聞き覚えがあります。私の記憶が正しければ恐らく北条は雷を操る雷破という一族に連なる姓です」
「雷使いってことか?」
「はい」
この世界には様々な自然の使い手が存在する。
地理や環境が力に大きく関係する為、場所によって存在する使い手はまちまちだ。
この地域に生まれた刃や守風は風使い。
他にも炎や氷、雷などを操るものがいるらしい。
会ったことは無いが。
「ほー」
「ただ深姫さんが雷使いかどうかはわかりません。環境の問題もありますし。この地域ではあまり雷が発生しないのでそもそも力が顕現していない可能性もあります」
「なるほど。まあ力のことはちょっと興味あるが…あいつとはもう関わることもないだろ。取りあえず帰ろうぜ」
「…そうですね。はい」
気になることはいくつかある。だがこの雨の中それを考える気にはとてもなれなかった。当初の目的も果たせたのでとにかく帰りたいというのが刃の本音だった。
気にしていた守風には申し訳ないが。
刃と守風はまた一つの傘で雨の中を帰っていった。




