二十二、破
夜。
部屋に戻った刃と守風。
「あー疲れた」
どっと疲れが押し寄せ椅子に沈み込む刃。
「お疲れ様でした」
「お前もな」
守風はいたわりの声をかける。
「良かったです。誰も傷つかない決着を迎えられて」
「そうだな。この街はこれからだが、とりあえず俺達側としては罪のない人間の死に立ち会わなくてよかった」
これが正直な気持ちだ。何かを解決できたわけではないが、それでも無駄な血を流すより良かったと思っている。思いたい。
「はい。何かが変わるきっかけにはなったんじゃないかと」
「きっかけ…」
「?」
「いや、きっかけってのは必要なものなんだろうな。たとえそれが荒療治でも」
人を動かすきっかけとなるものが。
「そうですね。一人で決断できる人もいると思いますが、そのきっかけに背中を押されなければ動けない人もいると思います」
再び刃は体を椅子に沈める。
その刃に言葉をかけるか迷いながらも、守風は問う。
「あの…刃さん。わかってたんですか?空破さんが自害しようとしていたこと」
「…ああ。そうだな。少なくとも自分ならそうするかなと思ってた」
「刃さんなら…」
劣等感を持つ刃には空破の気持ちが痛いほどわかった。
「誰にも必要とされないならいっそ…ってな。まあ別に実際するかどうかは置いといて、選択肢の一つとしてその道を上げるかもしれないって話だ」
「すみません。私にはその気持ちはわかりませんでした」
それはそうだろう。これだけの強さを持っているのなら誰かに劣等感など感じたことは無いだろうし、必要とされなかったこともないだろう。
守風の葛藤を知っているからこそ妬む気持ちはない。少なくとも表面上はそのつもりだ。
「お前はそれでいいよ。みんながみんな同じこと考えてたらつまんねー世界になるだろ」
これは本心だ。
「…すみません」
それでも守風はそれを素直に受け取らなかった。
「あー…いやしかし感謝してほしいもんだよな」
なんとか話題を変えようとする。
「俺は風のコントロール苦手だっつーのに、ずっと刀に風纏わせてたんだぞ」
「最初からですか?」
「ああ、っつっても風の声聞いて刀を確認してからだがな。しかし疲れた。こんな集中力使うもんなんだな。もうやらね」
「風の声…以前よりも聞こえるようになってますか?その声というのは」
「ん?ああ。そうだな。自分の操る風限定だが前よりはっきり感じるようにはなったかもな」
「…そう、ですか」
守風の顔が少しだけ曇った。
「なんだよ?」
「いえ。これが劣等感かもしれないと今思ってました」
「?」
「私にはその声は聞こえません。だから刃さんが羨ましいです」
「……」
これは守風なりの励ましなのだろうか。…いや、
「俺の方が何倍もお前を羨ましいと思ってるよ」
守風は一瞬驚いた顔して小さく笑った。
「ふふ…。じゃあ今はおあいこということで」
「ああ。それで」
他人を羨ましいと思う。他人の方が優れている。それはほとんどの人間が思うことだ。
でもきっと自分にも他人から羨ましいと思われる部分があるはず。
そう思うだけでほんの少しでも気持ちが軽くなる気がした。
それはきっと空破も。
翌日。
「さて、帰るか」
「はい」
荷物を整え部屋を後にする。
下の階に降りると白鷺達がいた。
「…面倒をかけた」
「全くな」
守風に軽く小突かれる。
「けどあんた達にはきっかけが必要だったんだとも思う。俺は」
「…そうだな。感謝する」
「これからこの街をどうするかはちゃんと話して決めろよ。で、また争いになったら逃げずに話し合う」
「ああ。情けないな、そんな単純な解決策も自分たちで導けないとは」
「外野の方が色々見えたり、口出しできることもある。今回がそうだったってだけだ。これからは大丈夫だろ。少なくともあんた達や空破が生きてるうちは」
「ああ。生きてるうちだけじゃない。後世までも大丈夫にしてみせるさ」
白鷺はここに来てから初めて口元を緩ませてみせた。
見送りは断り刃と守風は駅に向かった。
そこには一人の男が立っていた。
「空破さん」
「帰るのか?」
「ああ、なんだよ見送りか?律儀な奴だな」
空破はまっすぐに二人を見据える。そして告げた。
「刃、守風。おれも連れて行ってくれ」
「……」
「……」
何を言われたのか理解できなかった。
「…あー、あ?」
「えっと空破さん。今なんて」
「連れていってくれと言った」
聞こえた。確かにそう。
「いやお前。やっと落ち着いたってのにこの街はどうすんだよ」
「ここにはおれは必要ない」
「まだそんなこと言ってんのかよ。昨日あんなに」
「正確に言うなら、自分の意志でこの街を出ようと決めた」
「空破さん」
「おれはずっとこの街には自分が必要なんだと思い込んでいた。そしてそれを理由にこの街にしがみついていた」
思い込みではなく確かに皆から必要とされていたのだろうと思うが、刃は黙って聞いた。
「だがそうではないと知った今。おれがいなくても色の部族との共存の未来が見えた今。たとえ仲間が言葉で必要だと言ってくれたとしても、自分で自分が必要だと思える存在になりたい。その為にこの街を出てもっと色々なものを知りたいと思う」
空破は刃と守風の向こう、街へと視線を向ける。
「そしていつかまたここに戻り、必要とされる、街を守れる存在になりたい」
とことん不器用というか、自分に厳しいというか、意地っ張りというか…。
一度決めたらやり遂げるまで曲げないのだろう。頑固だ。
だがそれが空破の望みだというなら、刃の答えは一つだった。
「それがお前の望みなんだな?」
「ああ。そうだ」
「では私達に止める理由はありません」
守風は一歩前に出て手を差し出す。
「空破さん。よろしくお願いします」
その手を空破は握る。
「ああ」
更に刃が手を乗せーーー
「じゃあ行くか」
と言った。
列車内。
「お前ちゃんと別れは言ったんだろうな?」
刃は空破に問う。
「…ああ」
言ってねーなこいつ。
「空破さん…」
守風も苦笑いをする。
「昨日仲間たちにかけられた言葉。おれにはそれで十分だ。こんなにも温かいものだったのかと思い知った」
ずっと一人で気を張っていたのだろう。
「同時にここに甘えてはいけないとも思った」
すると守風が何かに気づく。
「?空破さん鞄のポケットから何か出てますよ」
空破がそれを引っ張ると、それは布だった。そしてそこには急いで書いたような何人もの筆跡の文章が並んでいた。
「……!」
「ほー」
「ふふ」
きっと仲間たちは気づいていたんだろう。空破が出ていってしまうことに。
そしてそれを止めるべきではないことに。
いくつもの想いが書きなぐられ、そして中央には、
「絶対返ってこい。いつまでも待ってる」
と書かれていた。




