二、守
「…………」
いや…間違えました?間違いで殺されそうになったのかよ俺。うそだろ。結構殺気半端なかったぞ。
「すみません!こんな砂漠に他に人はいないと思って…その…」
「………」
「あの、お詫びならなんでも…」
「………」
「私にできることなら…あの…」
どんどん小さくなる彼女の声と体にまあいいか、死んでねーしと思う刃。
「まあいいよ、けどな…詫びはきっちりしてもらう」
「は!はい!勿論です…!」
ホッとして顔を上げた彼女は思いの外可愛らしかった。横で二つに結ばれた金色の髪と、大きく開かれた緑色の瞳。先程の鋭い太刀筋が嘘のようなあどけなさがあった。
ただ1つ異質なのは少女には似合わない腰に下げた刀。
「お前強いか?」
「剣の腕なら多少覚えがあります。実家が剣術の道場のようなものでして」
先程の鋭さに合点がいった。異常なまでの殺気もついでに感じた気もしたがまあ別にいいか。
「よし、なら仕事手伝え」
「仕事…ですか?」
「ああ、俺は便利屋みたいなことやってるんだが人手が足りなくてな。丁度依頼が受けられなくて困ってたんだ。一件だけでいい」
自分が弱い。ということあたりは黙っておいた。純粋に人が足りないというていでいく。
「えっと、内容は…?殺しとかですか?」
「いや…、流石に女子どもにそんな仕事はさせねえよ。俺をどんな非道だと思ってる」
「いえ。そうですか」
と少女は何故か苦笑した。
「受注と準備をしておくから仕事は明日から頼む」
「はい、えっとでも、あの私…実は別に仕事をしていて…」
申し訳なさそうに少女が言う。
「あ?ああ、そうか。何も聞いてなかったな。というよりお前もしかして学生か?」
「いえ、学生ではありません。仕事も請け負えます。ただ今の仕事が終わってからでも大丈夫でしょうか?」
何も事情を聞かず押し付けるようなことを言ってしまったことにこちらも申し訳なさを感じる。
「ああ、それは勿論。というか終わってすぐまた仕事ってのもあれだよな。すまん」
「いえ、それは全く問題ありません。疲れはありませんし。今日中には仕事を終えて明日報告だけして終わりますので、そのあとお伺いします」
「わかった、都合が悪くなったらすぐ言ってくれ。あーそうだ名前聞いてなかったな。俺は刃」
「守風です。よろしくお願いします、刃さん」
「ああ、よろしくな守風」
そのまま別れた。刃は街の方へ。そして守風は砂漠の更に先へと。
その先での依頼とは何か…と気にはなったが便利屋稼業では余計なことには首を突っ込まない方が良いことは身をもって知ってる。だから敢えて意識の片隅へと追いやった。
「さて…」
街に戻り朝と同じ店で食事をしながら刃は露李から貰った仕事一覧を広げていた。
護衛関係がいいだろうか、出来るだけ割りのいい仕事を…と探す。
数撃剣を受けただけだがそれでもはっきりわかるほどに守風は強い。
その力を借りれるのだからいつも出来ないようなお偉いさんの護衛でも受けたいところだ。
うーん、と一番額の大きい依頼を眺めていると
「あぁ?にいちゃん随分といい仕事みてんなぁ?」
絡まれた。
めんどくせーのに見つかったなと思いながらもやんわりかわそうとする。
「あーいやこんなのもあるんだなぁって見てただけだ。他意はない」
「そうかあ?熱心に見てたみたいだがよぉ?それはお頭が狙ってる仕事なんだ。間違っても横取りなんざすんなよ」
「はいはい、勿論。天下の厳座様の仕事を横取りするわけないだろ?」
「へっ、どうだかなぁ。だいたいお前前から目障りだったんだよ。ネズミみてーにチョロチョロと」
なんか話がどんどん面倒臭い方向に行く。因みに厳座というのはこの街の傭兵の中でも大きな力を持っている者の一人だ。正直かなり強い。その為こうして手下も複数人いて、たまによくわからない理由で絡まれる。
「ああ、悪かったよ。邪魔ならすぐ出てくから」
金を置いて席を立つ。そして直ぐに店を出たが、
「待て、てめぇ!勝手に話を終わらせんな!気に入らねぇんだよ!」
なんだその理由はと思いながら腕を捕まれそのバカ力でブンっと路地の方へ投げられた。
ゴミ袋の山に突っ込み腰を強かに打ち付ける。
(今日は腰に不運が訪れる日だな…)
そして体勢を直せないまま二発殴られる。三発目は横に転がりなんとかかわす。
「ってぇな」
口の中を切ったらしい。血の味がする。
だがどうするか、このままだとぼこぼこにするまで目の前の奴の気は済まなそうだ。
(俺こいつになんかしたか?)
「死ねぇ!!」
四発目が飛んでくる。風の力が加わっているらしくとんでもない速さと力だ。
(風使いかよ!くそっ避けられねぇ…!)
衝撃を覚悟するがゴッという鈍い音と「がはぁっ!」という声以外なにもやってこなかった。
代わりに軽やかに自分の前に降り立つ影。
「あ…?」
「助太刀します」
まるで風が舞っているようだった。全く隙のない動きでその影は急所のみを狙い倒していく。絡んできたやつとその仲間らしき奴ら全員に地面をなめさせたところでこちらを向く。
「お怪我はありませんか?刃さん」
そう言って月を背負い逆光の中佇む守風の表情はゾッとするほど冷たく、人ではない何かに見えた。
先程の凍るような殺気とはうってかわって今目の前にいる少女は年相応とも言うべき可愛らしさで夕食を食している。
「すみません、お店案内してもらって」
「いや、こっちも助けて貰ったしな。奢る」
「え!?い、いいんですか?ありがとうございます」
満面の笑みで言う彼女は本当に先程と同一人物だろうか。いかんと思いながらも興味が湧いてくる。それとなく聞いてみる。
「あーそういえばさっきの依頼ってのは終わったのか?明日合流の予定だったろ?」
守風は一瞬手を止めるがすぐに答える。
「あ、はい、滞りなく。明日は報告を手紙で送るだけなのでもう大丈夫です」
「そうか、お疲れさん」
「え…?」
「?仕事終わったらお疲れだろ?なんか変なこと言ったか?」
「い、いえ。はい…。あ!そういえば明日のお仕事はなんでしょうか?」
「ああ、それなんだがちょっと悩んでてな」
言いながら先程見ていた仕事の書類を取り出す。
「まぁ、さっき見られてた通り俺は弱い。だが金が必要なんだ。だからなんだその、巻き込んですまんがなるべく割りのいい仕事を手伝って貰えると助かる」
助けて貰った情けなさから正直に話すことにした。
「弱い?刃さんがですか?」
「ああ、さっき見てたろ」
「それはあの場所では風が出せないからですよね?」
「いや俺は」
「あなたは弱くなんてないはずですよ。それならあの竜巻を動かすことなんてできません」
弱いと自己申告しているにもかかわらず食い下がらない守風。
「竜巻って昼のか」
「はい。車を壊さないように竜巻を操っていましたが、同等の風の力が無ければあんなことはできません。何故嘘を?」
食い下がらないどころか嘘つき呼ばわりまでされる。
「いや、嘘なんてついてねーよ。風は生み出せるが制御が上手くできん」
「制御…風の扱いは誰に習ったんですか?」
「習ってない。そもそも親も居なきゃ昔の記憶もねーからな」
「!それは…すみません」
「いや単なる事実で謝られることでもない」
「いえ、配慮不足でした。風使いは皆親か、師匠のような人から風の扱いを習うのが普通だと思っていたので」
「まあ普通なんじゃねぇの?結局使えりゃなんでもいいさ」
「……」
「……」
別に怒っているわけではない。親や記憶のことも多少不便に思うことはあれど全く気にしてない…のだが言い方がぶっきらぼうだとよく露李に言われるので、しまった、気にするような言い方だったか…と守風を伺う。
「あーだから…」
「あ、あの!私で良ければ」
「ん?」
「お教えしましょうか?風の使い方」
「へ?」
「私もまだまだ未熟者ですが、多少お教えできることもあると思います。なので刃さんがもし良ければ」
「いや申し出はすげー有難いけど、お前いいのか?他に仕事あるんじゃないのか?」
「それは…大丈夫です。次の仕事までは少し期間がありますので」
守風の顔が少し陰る。
仕事の話はしたくないのだろうか。だがこちらには断る理由など全くない。
「お前が良いなら頼む。正直戦えるようになるなら助かる」
「!はい!」
と、理由はわからないがとてつもなく嬉しそうな顔で守風は返事をした。
その顔を見るとなんだか刃も嬉しくなった。




